第2話 私達は出会ってしまう

 高校一年生になった私は、友達が欲しかった。

 この学校には中学の知り合いは少なく、友達といった関係の子は1人もいなかった。

 クラス1番の人気者、勉強が出来る、運動が出来る、話が面白い。なんて、そんな大層なスキルは持ち合わせてはいない。


 平凡な生徒。自分で言うのも変かもしれないけど、可もなく不可もなくといった存在だと思う。


 トイレの鏡の前で気合を入れてから教室へ戻る。自分の席へ向かう途中、私の視界に入ったのは読書中の女の子。



 覗いたわけではなく、たまたま後ろから見えてしまった文庫本の挿絵。

 可愛らしい女の子2人が抱き合ってるシーン。

 確か、百合ってやつだ。


「あ、それって」

 つい口に出してしまったが、もちろん彼女の耳には届いていた。


「これ、知ってるの?」

 彼女は本を閉じては振り返り、真っ直ぐに私の目を見つめて来た。


「あー……うん」

 初対面の人だからか、それとも、その真っ直ぐな目に対してなのか。私は咄嗟に嘘をついてしまった。

 その本のジャンルを知っているってだけで、そのような本は買ったことも読んだこともない。


「そう……じゃあ、仲間、だね?」


 仲間?何の?

 長くて綺麗な黒髪をなびかせながら、彼女は席を立ちあがり、私の手を取って言った。


「名前は?」

実咲みさきりんです」

「実咲さんね。私は狐辻こつじです」


 狐辻こつじ、珍しい苗字だ。でも下の名前は?教えてくれないの?


「よろしく、狐辻さん……」


 モヤモヤした気持ちと、人見知りが合わさって、私の挨拶はぎこちなくなってしまう。


「よろしくね。凛」


 10秒前までは敬語で、敬称もあったのに、どこかへ行ってしまった。

 もちろんツッコめる度胸はない。嫌な気持ちもない。

 ただこんなに簡単に友達になれてしまうのかと、不思議に思うだけだった。


「あ、あのね、実は――」

「私ね。嘘が嫌いなの。だから凛は、私に嘘、つかないでね?」

「……うん。分かった」


 こういう時はきっと「友達なんだから当たり前じゃん」とか言って笑い合うんだろうな。


 出会って1分で友達になったのに、嘘が嫌いな友達には既に1つ嘘をついてしまった。

 いや2つか。


 彼女が読んでいた本を知っている嘘と、嘘をつかない嘘。



「じゃあ早速なんだけど、付き合ってもらっていいかな?」

「ふぇ!?えっあ、あのっ私そういうのは経験なくて……」

「違う違う。お付き合いしようって意味じゃなくて、んー……実験かな?」


 勝手に勘違いして、1人で慌ててしまった。少しホッして、私はすぐに気持ちを落ち着かせてから、狐辻さんに質問した。

「……実験って、何か授業であったっけ?」


「関係ないよ。これは私がしたい実験。初めて仲間が見つかったら試したかったんだよね。――百合実験」


「ゆっ――!?」

 狐辻さんの人差し指は私の唇に当てて、私が声を上げそうになるのを止めた。

 ゆっくりと指が離れると、そのまま先ほどまで読んでいた文庫本を指差した。


「だって、知ってるんでしょ?知ってるってことは、ねぇ?」


 意地悪そうにニコニコと笑う彼女に「嘘です知りません」なんて言えなかった。


 こんな嘘は小さい嘘だと思う。嘘にすら該当しないんじゃないかってくらい。

 でも些細な嘘をついたといえ、狐辻さんにとっては初めて趣味が合う人が見つかったってことで……私は彼女をガッカリさせたくはなかった。


 出来たばかりの友達にそんなこと。


「因みに、どういう実験をするの?」


「簡単だよ。例えば、この挿絵があるでしょ?これの真似をするの」

 適当にパラパラと捲ったページには、女の子同士が手を繋ぐシーンが描かれていた。


「……それだけ?」

「うん。これだけ」

「他にはないの?」

「ん~、コレとかコレかな?」

 追加で見せてもらった挿絵には、髪を結んであげている。一緒にお菓子作りをしている。

 挿絵の中の女の子達は、楽しそうにしていた。至って普通の仲のいい友達。

 正直このくらいかって思った。

 最初に見たのも抱き合っているだけだったし、狐辻さんの読む百合は結構優しめなのかもしれない。


 このくらいなら狐辻さんとすぐに仲が良くなれるし、メリットしか感じられない。


「それで実験って、これを真似して成功ってあるの?」


「私はこういった本の女の子達が好き。だからこれと同じことをして、私に変化が起きたら成功かな?」


「変化って、どんな変化?」


「それは、私にも分からない。どんな変化が起きて、どんな風に変わるのか、ただそれが気になるだけ。この本の登場人物のようになってしまうのか、或いは逆に嫌いになるのかもしれない」


 狐辻さんは創作物の百合が好きであって、現実の女の子が好きって訳ではなさそうだった。


 私は少し考える。


 真似する内容はあまり大したことがないし、狐辻さんとの仲が良くなるし、変化と言ってもそんな簡単に人間が変わる訳でもない。

 登場人物のようになったとしても、挿絵を見た感じだけど、親友?くらいに仲が良くなるだけでは?


「うん。私でよければ、いいよ」

「ほんと!?やっぱり分かってくれるねー!ありがとっ凛!」

「う、うん……よろしくね」




 そして狐辻さんの百合実験が始まった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る