第35話

「誤解です」

 雪乃はすぐさま、努めて冷静に言った。

 しかしズボンを履き直した城崎は、ドン引きした顔をくずさない。

「何が誤解だ。俺の息子を勝手にこんにちはさせて、可愛いって愛でてたじゃねえか」

「勝手に息子様をこんにちはさせたのは申し訳ない。ちょっとした出来ごころです」

 そこは素直に謝っておいた。


 城崎は大きな声ため息をついた。

「あのなぁ、いくらで保健体育の教科書で見て興味持ったからって、実物観察はやめておけ」

「そういうわけじゃ……」

「いくら親しい間柄でも、していいことと悪いことがあるぞ」

 丁寧にまともな説教をしてくる城崎に、雪乃は少しムカついてきた。


「……楓だって、おっぱい触ってきたくせに……」

「ああ?」

「楓の方が先に私のおっぱい触ったくせに!」

「触ってねえよ!ガキじゃあるまいし!」

「触ったもん。始めにもみもみして、その後になんかいやらしく触ったもん!」

「は、はぁ!?」

 城崎は素っ頓狂な声を上げ、そして何やら考え込むようにして黙った。


 そして恐る恐るたずねた。

「それは、マジなのか?」

 雪乃はこくんと頷いた。すると城崎は頭を抱え、真っ青になって雪乃の肩を掴んだ。

「どこも、苦しいとかねえか?痛いとか……」

「いや、そんな痛いほどじゃなかったし……。苦しいとかは……まあドキドキして心臓苦しかったかなあ?みたいな?」

「そうか」

 そう言うと、城崎はベットの上で正座した。

「悪かった。酔って寝ぼけてたとはいえ、そんな変態行為をしちまって。それなら復讐に俺の息子丸裸にされても仕方ねえ」

「べ、別に復讐しようとしたわけじゃ……」

 急にシュンとした様子の城崎に、雪乃は急いで言い訳した。

「その、私だけドン引きされてるのが悔しくて言っただけで、そんな触られた事に怒ってるわけじゃないので……」

「いや、怒られても仕方ねえ。むしろ何で今回頭突きしなかったんだ。ちゃんと嫌なことは……いや、テメェを責めるのは筋違いだな。もう二度としねえから」

「に、二度としないのは困ります!」

 雪乃は慌てた。

「し、してもいいです!その、時とタイミングがちゃんとしてれば……」

 雪乃は勇気をだした。


 今がチャンスだ。


「楓、今からセックスしませんか?」


 ドキドキしながら発した雪乃の提案に、城崎は無表情になった。


「俺はそういう趣味はない」

 城崎はキッパリと言い切った。

「俺が寝ぼけてそんな事したから、言ってくれているのかもしれねえけど、本当に、そういう変態行為は嫌なんだ。雪乃も無理するな」

 そう言って、背を向けてしまった。


「無理じゃない!」

 雪乃は城崎の背に投げかけた。

「セックスは変態行為じゃないです。あのページと同じ、命の行為なんです」

「何言ってんだよ。セックスが保健体育の教科書に載るわけねえだろ」

 呆れたように城崎は雪乃の方を向いて言った。

「俺だってな、まだガキだった頃に、同級生と一緒にそういう変態行為が収録されてるDVD見たけどな」

「普通にAVって言ってくださいよ」

 まどろっこしい言い方に、思わず雪乃は突っ込んだ。城崎は無視して続ける。

「あれはどう考えても、女に負担がデケえ行為だろ」

「そんなマニアックなのを見たんですか?」

 雪乃は首をかしげた。もしかして、かなりマニアックなのを見て、トラウマになっているのだろうか。

「セックスの最中、ずっと女は苦しそうな声出すじゃねえか。顔も歪んで、どう考えても辛そうだ。あんな事、どう考えても普通にする行為じゃねえだろ」

 城崎はそう言うと、再度雪乃に背を向けた。

「えっと……なんかSMプレイ的なの見たんですか?」

「んな鬼畜なもんおぞましくて見るわけねえだろ!」

「そ、そうですよね。じゃあ、普通のカップルの普通のAVですか?」

「普通?変態行為だろ」

 城崎は頑なだ。


 雪乃は首を傾げて推理してみた。


 苦しそうな声、辛そうな顔……。マニアックなものを見たのでなければ、それは単に喘ぎ声だったのではないか?


 ちょっと女優さんがおおげさ過ぎた?


 それでもしかして、セックスを女のコをつらい目に合せる変態行為だと思っている?


 女性をつらい目に合せる変態行為=生殖行為だと結び付けられない?


「……そっか、楓はもしかして、すごくアホの子か」

「はあ?」

「……そしてすごく優しい人なんだ」

「はあ?」

 険しい顔でこちらを見た城崎を、思わず雪乃は抱きしめた。

「何だよ」

「そっか。そうか。優しいんですね」

 何度もそう言って、雪乃は城崎をギュウギュウと抱きしめる。なんだか泣きそうだ。


 この人は、女のコを苦しめたくないんだ。だからずっと、セックスを見て見ぬふりしてきた。そのせいでキスで妊娠するんだという誤解のままここまで来てしまったんだ。


「雪乃?」

「あはは。なんだか眠くなってきました」

 不思議そうにしている城崎に、雪乃はそう誤魔化すように言うと、ぱっと腕を離してコロンとベットに転がって寝たふりをした。

 そうしているうちにそのまま眠ってしまった。

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