第九話「再生怪人リサイクル・リベンジャー」




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 再生怪人リサイクル・リベンジャーは悩んでいた。最近妙に忙しいと。

 少し前はまったく芽の出ない弱小怪人でしかなかったのに、バージョン2の仕様が判明してから、そして実際にシステムがリリースされてからは更に、他の怪人から声をかけられる事が多くなっている。

 彼自身が特別強くなったわけではなく、システム変更に伴って有用性が認められただけの事なのだが、まさかここまで環境が変わるとは思っていなかった。


 彼の能力は怪人の再生である。死亡した怪人を復活させ、手駒として戦わせる事ができるというモノだ。

 それだけ聞くと強そうだが、その怪人が死亡した場所の近くでないと使えないし、死亡時の損傷具合によっては復活に時間がかかってしまう。しかも、どれだけ時間をかけても元の劣化版でしかない。

 ヒーローが出撃してくる前に準備を始め、上手く時間を稼ぎつつ復活させて手駒とし、時には肉壁にしてなんとか切り抜ける。それがこれまでの彼の戦術だったのだ。

 実はまだヒーローを撃破した事はなく、撃退した事すらない。再生した怪人を使ってもだ。


 それがバージョン2になってどう変わったのか。復活させた怪人を連れ帰る事ができるように、そして再出撃させる事ができるようになったのだ。その場合の扱いは怪人でなく戦闘員である。

 極限まで劣化しているとはいえ元は怪人だ。ただの戦闘員イーよりは強く、状態にもよるが生前の必殺技や能力も一応使える。となれば、自分も連れて行きたいと考える怪人も出てくる。文字通り死活問題だからみんな必死なのだ。

 そんな事が許されるのか。彼の能力で再生した怪人を譲渡などできるのか。……結論としては、譲渡まではできずとも貸与はできてしまった。変にシステムの穴を突いたと判定され、ペナルティを受けるかもしれないと問い合わせしても、回答は『仕様の範疇です』の一言だ。怪人対応に良くある極めて簡素な対応である。

 そして、それは怪人勢力における再生怪人リサイクル・リベンジャーの価値が暴騰した瞬間だった。


 とはいえ、能力を使うためには怪人が死亡した場所を選択して彼自身が出撃する必要がある。そういった場所は当然ヒーローが出撃した履歴があるわけで、上手くそれを躱さないといけない。

 何度か失敗しつつも怪人を復活させ持ち帰る事に成功。危険な戦場に潜り込みドッグタグを回収するかのような地獄を潜り抜け、ゴミのような再生怪人を治療しつつ手駒を増やしていく。

 無事、修復して手駒化しても制御の問題が残る。自我がほとんど残っておらず、生前の強い感情に囚われている場合がほとんどな再生怪人をコントロールする事は難しく、暴走しがちだ。元々の出自が強い情念である怪人は、たとえ劣化したとしても……いや、むしろ自我を失った再生怪人はより直情的に行動してしまう。特に自分を殺したヒーローに対する怨念はすさまじく、リサイクル・リベンジャーの固有能力で縛っても限界がある。一時の囮として使うならまだしも、連れ帰って手駒にするのは困難を極める。何度、帰還直前で再生怪人が破壊された事か。それでもノウハウを積み、出現場所を選び極力リスクを回避する事で、次第に人数も微増していった。

 うめき声が木霊する野戦病院のようになってしまった彼の拠点は、苦情が来たために引っ越す事になった。怪人長屋の六畳間から廃ビルのフロアへのステップアップである。広いが、半分以上天井がない拠点にリサイクル・リベンジャーは涙した。


 怪人に再生怪人を貸し出し、対価で事業を拡大していく。怪人ポイントの直接受け渡しはできないのがネックだが、間接的に利益を受け取る形で取引を可能とした。

 再生用のゴミ……怪人回収のため、同伴出撃に応じてくれる怪人も増えてきた。デメリットばかりで実用性がないと言われていた同時出撃システムだが、用途を限定すれば使えない事もない。

 それに合わせて近隣エリアに陽動出撃してくれる怪人もいる。リサイクル・リベンジャーとしては果たしてこんなゴミにそこまでの価値があるのか疑問なのだが、役には立っているらしい。


 こうして、再生工房カイジン・リサイクラーは、バージョン2リリースからわずかな期間にも関わらず怪人勢力の中で台頭していく。

 それがヒーローにとって、人間社会にとって、近い内に大きな障害となる事は約束されてるようなモノだった。




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『最近、各国で妙な報告が上がっています』


 その話題が出たのは、定例ともいえるミナミの報告の中でだった。去年に比べてただでさえ増えている連絡事項の中の話だから、ただ聞くのでも気分が重くなる。とはいえ、聞かないという選択肢はない。

 もっとも、気が重いのは俺だけでなく世界全体での話で、年明けを迎えてもどこか沈んだ空気がまとわり付いている。各メディアは大々的な明るい話題で盛り上げようとしているが、それも空回り気味だ。


「今の世の中でニュースになるようなのは、だいたい妙な話題なんだが」

『その中でも奇妙な報告ですね。はっきり言って都市伝説のような……』


 すでに都市伝説みたいな存在が現実で大手を振って歩いているのに、その中で更に都市伝説みたいな話なのか。怪しさが相乗効果を生んで信憑性が霞のように消えてしまいそうだ。


『最初は噂話の類でしかないと思われていました。元々の情報源があやふやだったので動画も特定できず、噂のまま拡散した形になります』

「どんな噂よ」

『詳細は未だに分からないままなんですが、過去に倒されたはずの怪人を見たと』

「似てる怪人が多いなんて今更じゃね?」


 俺だって王墓怪人チタン・カーメンと、その後継者を名乗るチタン・カーメン ザ・ファラオの二人と戦った事はある。ファラオのほうと会話した感じでは二人は別の存在で、面識すらなさそうだった。

 詳しく調べてみれば、シリーズのような扱いで姿形や名前が似た怪人の例は多く、世界で散見されているらしい。アトランティスで戦ったアンチ・ヒーローズだって同型が何体もいたし、エレベーター手前で戦ったロボットもどきも同型で揃えられていた。爆弾怪人も似たようなモノかもしれないが、アレは分身であって元は一人なのだとか。

 とにかく、似ているというだけだったらほとんど見分けのつかないレベルで存在しているのである。当然そんな事は他のヒーローも知っているわけで、噂するような事ではないだろう。


「というか、怪人として出現してるなら、履歴を見れば一発で正体が分かるだろ」

『それがどうも履歴に載っていないんですよね。判明が遅れたのもそれが原因の一部でして……』

「システムの不具合とか?」

『問い合わせしても、該当する問題は発生しておりませんと』


 それなら実際に発生してないんだろうなと思う。運営は裏をかいたり、卑怯な事をしたり、悪意のある拡大解釈したり、ミスリードを誘ったり、重要な情報を公開しなかったりするが、提示した情報が嘘だった事はないからだ。

 もちろん、ずっとそうである保証はないし、俺も有り得ないと思ってる。ただ、それはここぞという時に使うもので、こんなどうでも良さそうな場面で使うものではない。


『それで独自に色々調べてみたところ、それっぽい情報に辿りついたわけですね。ご報告もその件でして……』


 ミナミも似たような結論に至ってるらしく、それを前提に動いている。頭がいいだけではこうはいかない。

 凶悪なサイコパスなのに思考が性善説を信じてる善人っぽいムーブをするから混乱するが、本格的にミナミを騙したり裏をかいたりするのは至難の業だろう。勘もいいし、騙そうとして騙せる相手ではない。

 だからこそ、こうしてある程度結果が出た報告は安心して聞ける。


『まず、それらしき存在が動画に映っているのは複数件確認できました』

「それなら、とりあえず勘違いって線は消えるな。少なくとも妄想の類じゃないと。同じコンセプトで発生した他人の空似って可能性は?」

『そこは分かりません。映っていたそっくりさん怪人の情報がないので』


 なるほど。それが都市伝説化した原因ってわけだな。


『この件、おそらく怪人が怪人として出現してません』

「何かそれを可能にする穴があるって事か? パッと思いつくのは、アトランティスや南スーダンから直接出張ってきた件だが」

『いえ、それでもどこか担当ヒーローが所属するエリアに侵入した時点で履歴には残ります。それにこのそっくりさん、怪人と一緒に出現してるんですよね』

「複数体の怪人が同時に出現したケースはいくつもあるが、当然正体不明って事はないよな」

『はい。偽装のケースはありますが、存在そのものを隠蔽するのは不可能な仕様なので』


 基本的に怪人は複数体で一緒に出撃してくる事は稀だ。マスカレイド・轢殺祭りになったTHE・マーのような例もあるにはあるが、過去の例を見ても容易に集計できる程度だろう。

 普通に考えるなら個別に戦うよりも人数が多いほうが強いのは明白なのに、それをしないのはなにかしらデメリットがあるからだと睨んでいる。前例が一件もないならともかく、わずかでも例が存在するのがまた怪しい。

 もし、今回の件がそのデメリットを打ち消す手段となるなら、ちょっと問題だ。


「その怪人の能力って可能性は?」

『実は、確認できたケースではほとんどが別の怪人で、なおかつ怪人のステータスにそれらしき必殺技や能力は記載されてませんでした』

「なら別の怪人が裏にいるな」

『私もおそらくそうだと睨んでますが、裏にいるのが怪人だと思ったのはなんでですか? 運営とか、怪人の幹部とか』

「あからさまにシステムに干渉してると思うような現象なのに、運営が問題ないと判断してるからな。イベントで顔出ししてる幹部の可能性もなくはないが、それならイベント絡みになるはずだ」


 二年かけて行われた誘拐事件だって、誘拐そのものは怪人の能力によって行われている。なら、今回もそれを可能にする怪人が出てきたと考えるべきだ。


『私も同意します。なので、怪しい怪人がいないか調べてみたのがこの一覧表になります』

「仕事早いな」


 いつもの如く、なんの前触れもなくデスクトップに表示される画像。そこには怪人の名前と簡易情報が並んでいる。タイトルに「怪しい怪人リスト」とあるが、二つの「怪」の字が強調されているのはダジャレのつもりなのか。


『私としては、この再生怪人リサイクル・リベンジャーが怪しいかと。必殺技や能力も完璧に合致しますし』

「ほとんど答えじゃねーか」


 その再生怪人リサイクル・リベンジャーのプロフィールを見れば、正に今回問題視していた現象を可能にするものだった。


『日本語だとなんちゃら怪人って付くから特徴を判別し易いですよね』

「せやな」


 多分、世界屈指で検索し易い言語だろうとは思う。他言語だとなんちゃら怪人部分がなかったりするし。


「……なるほど、再生怪人。劣化してる状態なら戦闘員枠で出撃させられるわけか。まさか、完全に戦闘員と同じ扱いじゃねーよな」

『確認した限りでは、再生された怪人が出現している場合、戦闘員の数は少ないか、あるいはゼロです。同じ怪人が出撃した例も見ましたが、過去に上限いっぱい戦闘員を活用している怪人もいたので、そこにコスト的な制限があるかと』

「つまり、強い戦闘員として使われているってわけだな。戦闘員イーの上にディーやシーはいるはずが、そいつらとはまた別方向で」

『情報が足りないので確定とはいきませんが、多分そうじゃないかと』

「また厄介な……厄介か、これ?」

『あ、やっぱりそう思います?』


 なんかそれほど問題でもないんじゃないかって思えてしまう。いや、問題は問題なのだが、それはどちらかというとシステムの穴を突いてきたっぽい行動そのもので、結果自体はさほど警戒するほどのものではないような気が……。

 これがたとえば怪人の総数に限りがあるのに補充されているのなら話は別だが、あいつらは強い情念で勝手に増える仕様らしいし、最初からほとんど無制限だ。


「こいつら、戦闘員イーよりは強いとして、ディーやシーと比べた場合はどうなん?」

『上位の戦闘員は推測スペックでしか評価できないので比較し辛いところですが……やっぱり評価しづらいですね。そもそもこの再生怪人、ここまで確認できた個体を見ると能力がバラバラなんですよ。死ぬ前が強かった怪人は強い傾向にありますが、それすら一定せず、なんなら同じ個体でも出撃する度に強さが違うような』

「不安定なのは兵隊として戦力するには微妙だな。ひょっとしたら、上位戦闘員のほうが強い可能性があるとか?」

『必殺技を使う個体はいるようですし、そこまではどうでしょう?』

「じゃあ、怪人から離れて行動したりは? 戦闘員は怪人からあまり離れられないだろ?」

『それも、これまでの情報を見る分には戦闘員と同じ扱いのようです』


 び、微妙だ。戦闘員がイーしか確認できていない現状、それに混じって再生怪人が現れるのは警戒すべき案件だろうが、今後上位の戦闘員が出てくるならそれと大差ない。もしも戦闘員が強化されるような仕組みがあるならもっとだ。

 これが怪人から独立して行動されると対処に人手が必要になる分、一気に脅威となるのだが、それがなければほとんど戦闘員の亜種では?

 どの程度生前の能力を行使できるのかで評価は変わってきそうだが、それでコストが増えたりしたら更に微妙な扱いになりそう。


「まあ、警戒はしておこう。各所に情報共有しておくのと、再生怪人リサイクル・リベンジャー……いや、この際再生怪人なんちゃらが出たら優先的に撃破するって方向で」

『それで気になったんですが、この怪人しばらく出現履歴に載ってないんですよね。多分、怪人には出撃ノルマとかあると思うんですが』

「詳しい事は分からんが、怪人の占拠エリアを使って回避したりしてるんだろうな。特殊性癖四天王の残り二人だって出現履歴はないし」

「そっちもないですねぇ」


 やりそうな事だし、ありそうな抜け道とは思う。さすがにまったくのノーリスクで回避できるとは思えないが、リスクを許容するならどうにかする手段はあってもおかしくはない。

 なんせ、こいつは他の怪人に戦力提供している節がある。それならそういった形で優先的に協力を受けていてもおかしくはない。

 協力者がいなそうな特殊性癖四天王の場合は良く分からないが……過去の貯金食い潰したりしてるんじゃないかな。怪人ポイントとかあるらしいし。


「あんまりナメてかかるのは良くないだろうが、再生怪人ってやられ役のイメージしかないんだよな」

『特撮あるあるですけど、確かに』


 中盤以降にちょっと強い雑魚枠で扱われたりするのだ。これは日本だけか? でも、アメコミとかクローンだらけだったりするよな。どれがオリジナルだったか分からなくなるくらいに。


『まあ、日本に限った話なら再生怪人が成立する気がしませんしね』

「そいつの必殺技だと、再生するために現地まで出撃する必要あるみたいだしな。だが、あくまでそのプロフィールは履歴で判明した情報だけしか載ってないわけだし、別の能力を手に入れてたりする可能性も……」


 出撃が確認されていないという事は、その必殺技だって使う機会がないという事になる。

 ありそうな可能性としてはアトランティスのバベル跡地でアンチ・ヒーローズを再生してたり、俺が支配権を持っていない南スーダンのエリアから轢殺した怪人を再生してたりするケースだが……。


『その可能性も否定できませんが、日本でマスカレイドさんに殺された怪人って再生の余地があるのかなと』

「そりゃ大抵は粉々にしてるが」

『再生してやるって言われても拒否しそうな気がしませんか?』


 この手の必殺技なら多分強制だろうけどな。

 ……実際どうだろう。俺が再生される側なら、こんな化け物と何度も戦いたいとは思わんけど。生前の記憶が残ってたら恐怖で動けなそう。




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 知名度こそ上がってきたものの、再生工房カイジン・リサイクラーはあくまで廃ビルのフロアで活動する再生怪人リサイクル・リベンジャーの個人活動であり、正式な事業化も行ってない。

 そんな再生工房カイジン・リサイクラーに、何故か従業員が増えた。再生怪人リサイクル・リペアラーを名乗る新人は、どうやらリベンジャーと同じコンセプトのシリーズ怪人らしく、それだけでなんとなく親近感が湧く。

 中国出身なリベンジャーに対し、リペアラーはインド出身であり、お互いの発生国家におけるゴミ処理問題について熱く語る事も多かった。ゴミ問題以外だとディスり合いになった挙げ句、どちらの国のほうがひどいかの言い争いになるのが問題だ。

 その際に挙がるのは同国の住人が聞けば頭を抱えるか目を逸らすしかないような問題であり、毎回どっちもどっちだなという結果に落ち着くのがオチだ。


 そんな仲が良いのか悪いのか分からない二人だったが、能力的な相性は抜群だった。

 使い潰されて使用に耐えなくなった怪人を材料として武器などに変換するリサイクル・リペアラーの能力はリベンジャーの能力と相乗効果を生む。


 一応、メインの能力は怪人の治療らしいが、それが有効に働く事は少ない。

 帰還した怪人は自動で治療するし、ポイントを払えば専用の治療施設もある。同じ現場に出撃すればリアルタイムの治療も可能だが、そんな場面はほとんどない。

 対象となるのはほとんど自分だけ。それも他の自己治癒能力と比べれば劣化版でしかない。バージョン1時点ではほとんど死に技能であり、ここまで彼が生き残れたのも奇跡に等しいといえる。


 この工房で与えられた仕事も、当初は重症を負った再生怪人の治療がメインだった。あくまでリベンジャーが行っている作業の補助が主な役目だったのだ。

 しかし、再生怪人は基本的に劣化するばかりで繰り返し使い続けるのには限界がある。ならばと、その後を有効活用してやろうという彼の思惑が発揮されるのは当然の事ともいえた。

 使い潰され、廃棄寸前となった再生怪人の武器化。それが、現在の工房におけるリペアラーの主な仕事だ。再生怪人とは別に怪人を素材に使った武器を他の怪人に貸し出しているわけだ。


 情念は力だ。怪人にとっては特別その傾向が強い。再生怪人のヒーローに対する怨念を形に変えた武器は、それを扱う怪人にとって大きな力となる。

 とはいえ、完全に磨り減った状態では情念すらも磨り減ってしまう。変換するタイミングは慎重に選ぶ必要があった。嫌がる再生怪人には、お前が武器に改造されるのはすべてヒーローのせいだと洗脳するのがポイントだ。死亡時の記録は残っているのだからいくらでもトラウマを刺激できる。それだけで性能アップするのだから、やらない手はない。


 正に悪魔の所業とも呼べるリペアラーのやり口にリベンジャーは引いた。しかしリペアラーにとっては、死んだ怪人を墓場から掘り起こしてくるリベンジャーこそ諸悪の根源だろうと内心慄いていた。

 でも、最終的には怪人だから悪行はむしろイメージアップだよねという形に落ち着いた。なんだかんだで二人は仲良しだった。




-2-




『それはそうと、クリスさんとの面談の件ですが』

「あーうん、そうな」


 年が明けてしまったので、少し気が乗らないその件についてもスケジュールが近付いてきている。

 あちらさんは俺がどんなスケジュールで動いているのかなど知らないからここまで引き延ばせたわけだが、さすがに一度設定した日程をずらすのは理由が必要だろう。

 なんなら言えない事情で会えなくなりましたって手は使えなくもないが、それはそれでただ先伸ばしにしただけともいえる。お互いの立ち位置を考えるなら一回は顔を合わせておくべきというのも確かなのだ。実に面倒な関係になってしまった。


『なんか会話でボロ出す事を懸念してるんですか? マスカレイドさんって、事前に準備できればその手の演技は得意な気がしますし、なんなら突発的事態でも上手く誤魔化せますよね?』

「完璧じゃないけどな」


 確かに事前準備ができれば物事への対応力が高い自信はある。一方で細かいミスも結構している自覚がある。長谷川さんに対してミナミの名前を出したりとか。

 俺が得意なのは、ある程度のミスならカバーできる対策を検討し、実行する事なのだ。普通なら致命的なミスをした事も多く、マスカレイドのパワーでガバプレイをカバーしている。

 そして、苦手なのは予想がつかない相手。突拍子もない事をやらかす相手は天敵に近い。俺自身がそうじゃないかと言われる事も多いが、ある程度は理屈で動いているのだ。天然のそれとはまた違う。

 ……クリスは間違いなく天然で、本人ですら制御が怪しい存在なのだ。バベルの塔で自力で逃げ出した上に、軌道衛星まで移動するなんて奴を予想できるはずがない。


「ただ、あいつ勘がいいんだよな。しばらく会ってなかった上に、再会はあのドタバタだからどう変わったかなんて分からないが、幼児時代はそうだった」

『マスカレイドさんが面談でポカをしても、さすがに今判明している情報で穴熊英雄に辿り着くのは無理があると思いますけど』

「そりゃそうだが……気付くのが完全な回答でなくてもちょっと困る」

『あー、そうですね。明日香さんみたいなパターンって事ですか』


 そう、疑問を持つと変に嗅ぎ回ってしまう。少しでも興味があるなら尚更だ。そうやって、調べる事の危険性を正確に把握できないからデッドラインすら引けない。

 以前、明日香が偶然ここに辿り着いてしまった際、早々に白旗を上げたのは、そういった危険を考慮しての損切りなのだ。単にあの場だけ誤魔化せばいいだけならどうにでもできた。


「それに加えて、あいつの場合は普通より敏感に対処する必要がある。立場が立場だし」


 すでにある程度近い位置にいるから、ヒーローの情報に触れる可能性は高い。多少機密事項に触れていようが、そりゃ普通よりは知ってるよなって立場だから、その分危険性は低いだろう。だから、表に出ない立場……それこそ避難所で普通に過ごす分にはそれでも良かった。

 しかし、あいつは日本におけるヒーロー関連の情報窓口を一手に引き受ける窓口になるわけで、それは対外的な広報役も含んでいる。そういうところから小さな情報漏れを出さないようにするには、最初から必要な情報以外与えないのが一番楽だ。そんな立場で、わずかでも疑念を懐き、とっさに口に出してしまったらと考えてしまう。その手の訓練はしているらしいが、根本的なところまで変えられるものじゃないからな。


『それなら、いっそ全部明かすという手もなくはないですけど』

「確かにそうなんだが、俺はあいつのポンコツぶりを信頼している」

『素直に明かすには不安って事ですね。分かります』


 大人しくしてろと言われて、本人も大人しくしてるつもりなのに、いつの間にかいなくなってるのが美濃クリスなのだ。

 そんな幼少期のイメージが改善されているのかと明日香に聞いてみれば、本質的には変わってないと返答される始末。無意識に失言するには十分な才能を秘めている。

 広報担当にそんな奴を置くなよと言われそうだが、立場的に最適なのは認めざるを得ず、本人もやる気十分で、ここまで彼女の教育を担当した人物からはすべて及第点が出ている。なんなら明日香さえそう評価している。

 評価を読む限りだと別人のようで、明日香的には元があったそういう部分が表面化しているとの事だが、想像がつかない。確認した断片的な映像くらいでは真面目にやってるなーくらいにしか感じないのだ。

 俺にとっては再生怪人がどうとか懸念するよりもはるかに重大な問題である。


「明日香の件じゃないが、あいつ以上に損切りのラインを下げる必要はあるだろうな。兆候すら感じとれないかもしれないのが厄介なんだが」

『私がモニタリングして、何か兆候が見られた時点でマスカレイドさんが中座できるように連絡をつけるとか』

「それだと遅いんだよな」


 疑念を抱かれる時点で問題なのだ。その時点で逃げ出してもまったく意味がない。それならそここそが損切りのラインだ。


「……一番制御が上手そうな奴に相談するか」


 というわけで、ある意味最強の美濃クリスブリーダーであるウチの妹を呼んでみた。最初は少し渋ったが、お年玉をネタにすれば一発だ。


「お前が上手く躾けられたりしない?」

「犬じゃないんだから」


 そうかもしれんが、お前らを見てると似たようなイメージを持つのは仕方ない気がするんだが。


「まあでも、懸念は分かるよ。クリスだし」

『ウチの妹ミナミくらい器用なら、ある程度安心できるんですが』

「ミナミさんほど器用な子はレアだと思うけど」


 究極にレアなのは姉のほうだが、妹のほうも大概だからな。会ってみて感じたが、普通と違う何かを感じずにはいられない。そういう類の存在感がある。何をやらせても大成しそうな、いっそ真っ当なカリスマ性というか。

 無能な上司や同僚を受け入れられなそうだから、環境次第ではその才能もスポイルされそうだが。ああいうタイプは企業の立ち上げや不安定な時期に頭角を表し易いと思う。


「ちなみにお前的にはどうよ。クリスは俺と会って少しでも疑念を持つと思う?」

「分かんない」


 一番の理解者からスッパリ言われたぞ、クリス。


「ここ最近、現場体験も兼ねてクリスと一緒にいる事が多いんだけど、キレキレの状態があそこまで続いた事なんてないし。長くてもせいぜい受験の時くらい?」

「それも良く分からんのよな。なんであいつ、あそこまで頑張ってるん?」


 国や世界の平和のためって線はない。そういうキャラではない。だから、危ないところを助けられた恩返しの可能性が高いとは思う。

 しかし、俺というかマスカレイドというか、とにかく恩返しのために頑張るのは分かるが、それにしたって少し過剰な気もする。強い感情で一時的に頑張る事はできても、普通こうも長くその状態を維持などできない。

 今のあいつは育成シミュレーションゲームで常に最高かそれに近い結果を出し続けているような状態だけど、上振れし過ぎて再現性がないと言われるレベルだ。引き籠もりとしては絶対に真似したくないスケジュールで方向性すら定まっていない勉強やらレッスンをこなしている。

 目の前のこいつがいい見本だ。俺の身内であり、物事の重要性が分かり、友人のためという理由もあってモチベーションは高いものの、クリスに比べれば無難にこなしているという程度でしかない。それだって大したものなのだが、どうしたって見劣りする。それくらい今のクリスは高パフォーマンス状態を維持し続けている。

 正直、俺としてはありがたいしメリットしかないわけだが、それ故に疑問は残る。


「えーと、それは……分からない?」


 ……分かってるな、コレは。最低でも自分なりの回答は見つかってる。その上で言いたくないとアピールしているのだ。どうしても必要な事なら判断のつかない奴じゃないのが分かってるから無理に言えとも言いづらい。

 ヒントは……ミナミのほうをチラチラ見てる事だろうか。当の本人は無反応だけど。なんだコレは。


「元々、変なところで勘が鋭かったりするから、何がきっかけで疑問を持つかなんて分からない。ただ、万が一って可能性なら、自力で馬鹿兄貴の存在にすら辿り着くような気もする」

「マジかよって感じなんだが……なんか根拠があるのか?」

「私」


 ああ、なるほど。どちらにも近いこいつの態度は表面的には無難なものでも、すべてにおいて隠蔽できているはずがない。漠然と見ていれば気付かないような些細な情報でも、正解に辿り着く細い糸にはなりうると。

 ……あんまり想定してなかったが、確かにあるな。しかも、ここのところ一緒にいる時間は多いわけで……小さなヒントが転がる可能性はいくらでもある。いくら明日香が気をつけていても、どうしようもないだろう。

 でもそうか……こいつの判断でもその可能性が捨て切れない程度に、今のクリスはハイスペックなわけだ。


『決定的な正体バレを防ぐために、さりげなく穴熊英雄は普通に生活しているアピールするのはどうでしょう? 明日香さんを雇う見返りとして、引き籠もりを避難所に預かってもらう予定だとか』

「逆効果かな」

「そうだな」

『ありゃ』


 むしろ、存在が目につく事で情報の繋がりが生まれるのが懸念される。ほとんど、創作における伏線と変わりないだろう。

 でも、その設定はどこかで使えないだろうか。手間のかかる引き籠もりを一人預かってもらう代わりに明日香がクリスの指名を受けたっていうのはそこまで不自然じゃない。具体的なメリットは思いつかないが、ナシではないな。……母ちゃん対策とか?


 その後、三人であーだこーだ話し合いはしたものの、どう足掻いても可能性は捨て切れないという結果に終わった。

 ただ、その一方で、面談をしなくてもこのままだとどこかで疑念を懐きそうという問題もはっきりした。どの道、直接会う事は避けられない以上、判断材料を得るためにも会ったほうがいいだろうと。




-3-




「お、お、お久しぶりです」

「お、おう」


 そうして、久しぶりに会ったクリスは事前の高評価をすべて無にするくらいテンパって登場した。緊張しているのか、目の焦点が合っていない。

 むしろ、俺としてはクリスに施された化粧のレベルが見事過ぎて、ウチの妹結構やるもんだなと別のところに感心してしまったくらいだ。自分の化粧はほとんど気を使わないくせに。


「こ、こここれ、良かったらどうぞ」

「あ、はい。……菓子折り?」

「好みとか分からなかったのですが、他に何も思いつかず」


 あんま馬鹿正直に言うものではないが、俺に関してはまあいいだろう。今のクリスなら駄目なところも自分で気付いて反省しそうだし。

 菓子は持ち帰って適当に食うとして、今は面談を始めよう。


「こ、この度はわたくしなどのご要望に応えて頂きまして恐悦至極……」

「落ち着け」


 ただお礼と顔合わせだけが目的の場なのに、それすらスムーズに行きそうにない。


「政府関係者相手の場では無難にこなしてるって聞いてるんだが」

「ま、マスカレイドさんを相手にするとまた違うといいますか、マスコミ相手に喧嘩したほうがマシというか……」


 一瞬、マスカレイドが持つ存在感云々の話かと思ったが、どうやら存在そのものに緊張しているだけらしい。それはそれで過剰な気もするんだが。

 クリスに任せていると一行に話が進まなそうなので、こちらから話を振ってみる事にした。


「実は、この一年あまり、君の動向に関しては報告を受けているんだ。こちらの都合でしかない思いつきのような話に乗ってもらえて感謝してる」

「そそ、そんな事はありません! こちらはどれだけ助けられているか。私だけじゃなく両親とか……そもそも日本とか。そう、そんな人相手なら緊張してもしょうがない!」


 開き直りやがった。それはどうかとも思うが、何かのスイッチが入ったのか、急にクリスの態度が落ち着いたように見えた。……気のせいではない。


「すいません、ちょっと気が動転してて……忘れて頂けると助かります」

「それはいいんだが」


 ……ふむ。なるほど、コレか。始める前は軽く探りを入れてみようと思っていたんだが……危険だな。


「こちらもただ要望を挙げているだけじゃなく現場からのフィードバックも欲しいと思ってるんだ。定期的に報告は上げてると思うけど、書き難い事とか言うまでもないような細かい感想とか聞かせてもらえると嬉しいな。オフレコで」

「お、オフレコですか」


 この場をミナミに監視させているのに何言ってんだって感じだが、それはそれだ。別に何を言ったって、それでどうにかしようとは思っていないから結果は同じ。


「漠然として言いづらいなら、そうだな……近い関係者の印象とか聞かせてもらえる?」

「えーと、それなら……最近印象深かったのは内閣府の……」


 取っ掛かりだけ用意して、相手が話すように仕向ける。そうして口が滑らかになれば、こちらも観察し易くなるわけだ。

 俺は専門家でもなんでもないが、何も分からないなら分からないでいい。結局判断が後回しになるのだとしても材料自体は……いや、なんかちょっと変だ。

 何か、妙な所作があった。一瞬だけ何かを考えて不意に動きが止まったような……確か、明日香の話題に入る瞬間。


「あ、あれ、どうしました? って、そういえばすいません、私ばっかり喋っちゃって」

「いや、問題ない。それより、君のマネージャーだっけ? 確か指名して着任してもらったとかいう……ん?」


 話題が話題だけに少し迷ったが、踏み込む事を決断したところで連絡が入った。……携帯端末など持ち込んではいない。これはミナミからの緊急連絡だ。

 なんだ? 打ち合わせの途中段階では離席するための連絡を入れるなんて話もあったが、結局意味がないという事でモニタリングに留めるという話にしたはずだ。


「……はい、どうした?」

「???」


 突然虚空に向かって話し始めたようにも見える俺に対し、クリスは不思議なものを見るような目を向けていたが、ジェスチャーでそれを留める。それだけで理解したのか、黙ってくれた。

 当然、ミナミからの応答も俺にだけ聞こえる仕様だ。


『すいません、緊急の案件です』

「怪人……じゃないな、こっちでは感知してない」

『正直、どうにも判断のつかない状況だったんですが、放っておくわけにもいかず』


 どっちにしても、この場に留まるような内容ではないらしい。


「……分かった。悪い、ちょっと急用が入った」

「あ、はいっ!! 大丈夫ですから、怪人とかそういうのなら急いだほうが……」


 一旦、ミナミとの通話を切ってクリスへ断りを入れるが、その雰囲気はすでに先ほどのモノとは違い、俺の知る普通のクリスのものに見えた。

 ……こっちもどうするか。予定が変わってしまったのはこの際仕方ないとして、このまま再面談なしで終わらせる? それは意味があるのか? ……駄目だ、いっそ中断して考える時間ができたと割り切ろう。

 急ぎ、応接室を退出。転送可能な施設へと急ぐ。


「退出した。状況説明をくれ。何があった?」

『そのままガレージに転移してミラージュで出撃をお願いします。かみさまからの許可は取りました!』

「ミラージュ?」


 なんだ、どうなってる? 怪人でもないのにミラージュが必要って、それ以上の異常事態なのか。大陸浮上や怪人幹部の例があるから判断できない。

 短い移動中もミナミの説明は続く。


『それが確認されたのは茨城県の高速道。現在も高速で移動中。怪人反応はないのに、過去にマスカレイドさんが倒した暴走怪人夜露死苦に酷似しています』

「それって、俺が《 マスカレイド・オーガンバースト 》で倒した……」

『《 マスカレイド・ボーンバースト 》のほうですね』


 いや、中身はどっちも《 マスカレイド・インプロージョン 》だから違いはないんだが。お前が即訂正できるくらい覚えてるのにびっくりだよ。


「それってあの暴走族を魔改造したような怪人だろ? コスプレなんじゃね?」

『あきらかに三〇〇キロオーバーで激走しているので、さすがに無理があるかと』


 そりゃ無理だ。単車で三〇〇キロ出せないとは言わないが、普通ではない。


「って事は、例の再生怪人の可能性があるな。……着いたぞ、いつでも出撃できる。座標をくれ」


 ガレージに到着した。急いでミラージュに跨り起動。いつもの出撃ボタンは表示されない。

 怪人出現に合わせた出撃転送ではない場合、自動の座標調整はされず、手動で転送先を指定する必要がある。かみさまの許可が必要なのも合わせて、結構面倒なのだ。


『送りました。再生怪人どころか怪人反応自体がないので、とりあえずは暴走怪人もどきを捕捉して下さい』

「了解」


 転送先は高速道路の直上。フライトモードでもないのにいきなり空中に飛ばされて少しビビったが、確かに稼働中の高速道路に直接乗り付けるのは悪手だ。普通に混乱するし、事故を誘発しかねない。

 とっさに意識を切り替えてミラージュをモードチェンジ。フライトモードに変形し、空から周囲を確認すると問題の発生源が特定できた。余裕を持って転送したのかかなり遠いが、こちらに向かって激走する派手な巨大バイクが見える。

 ……確かに奴だ。あの派手な姿と改造バイクはコスプレで用意できるものじゃない。

 この速度なら下手に近付くより、徐々に速度を合わせて並走状態に持ち込んだほうがいいだろう。接触して奴が死ぬのは構わんが、周りの被害が気になる。


「目標を目視した。このまま並走して止める」

『はい、お願いし……ます?』

「どうした?」

『え、いえ、怪人が別の車両に接触したんですが……』


 は? まずいだろ。そんなスピードで接触したら、相手は事故死一直線だぞ。って、ここから見ている限りそんな事故は……。


「なんだありゃ」

『……すり抜けてますね』


 暴走怪人は、立体映像か何かのように接触したトラックをすり抜けつつ追い越し、そのまま直線を続けている。どういう事だ? 少なくとも前に戦った時はあんな能力は……そもそも、アレは能力なのか?


『え、消え……た?』


 その直後、暴走怪人の姿が消えた。俺が見失っただけかと思ったが、ミナミのほうでもロストしたらしい。

 なんだコレは、どうなってる?


『元々反応はありませんでしたが、映像でも確認できません』

「……そもそも、最初から存在してなかったってケースは?」

『ロスト直前まで映像は残ってます。それが、フッと消えるように……怪人の転送演出も確認できませんでした』


 ますます以て意味不明な現象だった。怪人反応はなく、被害が出たわけでもない。再生怪人案件かと思えば、別の怪人反応は結局なしで、色々とチグハグだ。

 何かのブラフか仕込みを疑って、しばらく上空で待機しても結局何も起きないままだった。コレが単に俺たちを混乱させる事が目的だったら成功してる。完全敗北だ。

 不幸中の幸いは、被害の類はまったく出ていない事。再生怪人だったとしたら被害を出そうとするはずだから、むしろ良かったのか? 混乱する。


 解析は継続して行うとして、突発性も含めて不完全燃焼極まる出撃となった。




-R-




「このように、怪人の記憶を呼び覚ます能力を持っております」

「…………」


 再生工房カイジン・リサイクラーの面接会場。事業化に際し、一定数の従業員採用実績が必要という事で実施している面接で、応募者の中に同じコンセプト怪人がいた。

 彼の名は再生怪人リサイクル・リメンバー。つい最近発生した怪人であり、バージョン2の申し子とも呼べる存在である。とはいえ、その能力がこの工房の役に立つかは甚だ疑問だった。

 その能力は死亡した怪人の記憶を想起させる事。怪人の記憶・怨念・無念、そういったモノを呼び起こし、亡霊のように再生する事ができる。呼び起こした亡霊に実体はなく、意思もない。ただなんとなく生前の行動を繰り返すだけの存在である。再生怪人リサイクル・リメンバーは出現した現地にてこの力を使い、己に憑依させ、必殺技や能力を借りる事で戦うのだ。


 しかし、現地に赴かずとも怪人の亡霊を再現する手段がある。リサイクル・リペアラーが再生怪人から回収した残り滓のようなアイテムを使う事により、指定したエリアの亡霊を呼び起こせるのだ。

 この専用必殺技を会得したのはつい最近で、行使したのもつい先ほどが初めてだが、解説文を見るだけでも用途は思いつく。

 人間にとって天敵ともいえる怪人であれば、被害がなくともただそこに出現しただけで恐怖を励起し、存在を印象付けるだろう。恐怖が噂となり、伝染する事で怪人の存在感は増していく。

 直接的な戦果などないが、住人の意思が支配率に直結するバージョン2では、亡霊を人目に触れさせる事でそこが怪人の支配域だと主張し、誤認させる事ができるかもしれない。

 埃のような微細な効果でも、安全域から遠隔で怪人支配に繋がる効果を得られるなら、無意味ではないはずだ。


「いや、それは分かるんだが……」


 果たしてそれがこの工房になんの意味があるのか。

 確かにリペアラーが能力を行使した結果生まれる副産物< 怨念の焔 >に有益な利用方法は見つかっていない。それを利用できる工房に所属する事はリメンバーにとって意味があるだろう。

 しかし、工房側はただ持ち出しされるだけで利益がない。怪人全体で見れば多少の意味がありそうなのは分かるが、そこから繋がるモノが見えない。


 あの怪人にとって絶死の地である日本でも亡霊を呼び起こせるのはすごいと思うが、すごいだけで意味はないのだ。

 今回呼び出した亡霊だって、高速道路を爆走して走り続けただけだ。一応マスカレイドは出撃したので、労力を使わせたという意味はなくもないか……。

 無差別に使えるならともかく、今後使い道が出てくるかもしれないモノを継続して消費するとなると……。


 有用性はまったく見い出せないが、ちょっと優柔不断なところがある再生怪人リサイクル・リベンジャーは、結局リメンバーを新入社員として受け入れる事にした。

 同じコンセプト怪人であるが故の、ほとんど縁故採用のようなものだが、ひょっとしたら将来的に価値が出てくる可能性だってなくはないだろう。そう思いたい。




-4-




 なんか妙な現象によって面談を中断させる事になってしまったが、それぞれは別件で個別に対処する必要がある。暴走怪人の件は当然調査を続けるとして、クリスについてもどう埋め合わせするかは難しいところだ。

 直に会って話した感触は、放っておいても九割くらいは大丈夫って感じだ。……つまり、割と危険域。ちょっとした疑念ならすでに持っているだろう。


「駄目だな、コレは……」

『やっぱりそうなりますよねー』


 結論は出た。十中八九大丈夫でも、一を許容できないのなら博打を打つつもりはない。それが許されるのは、負けても取り返しがつく場合だ。

 許容できないなら、せめてこちらで制御可能な範囲に留めるのが正解。……この場合は範囲を広げるだろうか。どっちでもいいが。


「悪い、待たせたみたいで」

「い、いえ、こちらが勝手に待ってただけなので」


 一通りやる事を済ませた上で戻ってみれば、面談室にはまだクリスが残っていた。一応、再セッティングするから戻ってもいいと連絡はしたのだが、ひょっとしたら戻ってくるかもと留まったらしい。


「それでその……大丈夫でしたか? ま、マスカレイドさんなら大丈夫ですよね」

「ちょっと前に倒した暴走怪人って奴とそっくりな何かが茨城の高速を爆走してた。怪人反応はなく、正体は不明。幻か何かのように消えたから、ちょっと困っている」

「は? えーと、それって聞いて大丈夫な話だったんでしょうか。私の権限から少し逸脱してるような……」

「構わない」


 確かに広報窓口の美濃クリスに伝えるには問題のある情報だ。実際、コレが公開可能になる情報になるまで結構かかるだろうし、調査段階で耳に入れるようなモノでもない。

 何より問題なのは、マスカレイドが対処できていないという一点だ。元々少ない弱みは可能な限り隠蔽する必要がある。


「ちょっとお前と話してみて決めた事がある」

「お、お前……!? いえ、いいです、びっくりしただけで。全然、お前でいいです」

「実は俺、穴熊英雄っていうんだ」

「へっ?」


 部屋の空気が止まった。わずかな時間、静寂が支配する空間で、反応を予想していた俺はすでに冷めた紅茶を飲む。


「もう一度言うが、俺は穴熊英雄だ。マスカレイドは世を忍ぶ仮の姿なのさ」

「…………」


 オーバーアクション気味にぶちまけてみたが、反応がない。

 想像以上に爆弾だったのか。多少おかしいとは思ってても、そこのラインは繋がってなかっただろうから無理もないといえばないが。


「勝手に進めるが、お前の知るところの穴熊英雄本人で間違いない。穴熊明日香の兄貴で、何度もお前と会った事がある」

「……う、あ……」


 誤魔化せないよう、抜け穴を事前に塞ぐ。ここに至って畳みかける必要などないが、なんとなく脱線するような雰囲気でもないからだ。


「表向き引き籠もりだし、実際今も引き籠もってるんだが、何故かこんな姿になって怪人と戦っている状況なわけだ」

「ちょ……ちょっと待って、くだ……えぇ……」

「見た目がまったく違うから結びつかないのは確かだが、事実だ。なんなら明日香の部屋経由で俺の部屋に来てみれば普通にこの格好の俺がいる」

「ど、どういう事なのかさっぱり……」

「こういう事だ。受け入れろ、クリス」


 クリスの顔に浮かぶのは、ただただ強烈な驚愕。混乱はしているだろうが、ここまで明かしてやっぱり違いますと言うつもりもなかった。

 俺の想定ではびっくりして大声を上げるくらいはすると思っていたのだが、あまりに衝撃的だったのか脳が受け付け切れていないらしい。


「ご、ごめんなさい。全然気付いてなかったんですけど……え、冗談じゃないですよね?」

「冗談じゃないです」


 あきらかに狼狽するクリス。反応に嘘はなく、これを見るだけなら本当に欠片も疑ってなどいなかったように見えなくもない。実際、持っていた疑念は欠片には満たなかったかもしれない。


「だけどお前、多分どこかで勘付いてただろ。こうして回答を教えられてみて、改めてピースを並べてみたら、現時点でさえ正答に辿り着く可能性がある」

「ど、どうでしょう? 正直、自信は……ええ……」


 それは、実際に思い返してみて初めて分かる事だ。あとになれば自ずと導き出せる事で、冷静でない今出せる類の答えじゃない。


「お互いこのあとの予定はないはずだから、飲み込むのに時間をかけるのは構わないぞ」

「は、はい……」


 そういうクリスはほとんど放心状態で、普通に受け答えできるかなと思うくらいになるまで結構な時間を必要とした。俺は紅茶片手にそれを眺めていたわけだが、ここをモニタリングしているミナミは趣味が悪いとか思ってそうだ。


「すいません……今でも信じられないんですが、本当に?」

「別に信じなくてもいいが、信じさせる方法はいくらでもあるな。お前がクソガキだった頃の鼻タレエピソードとか。鼻かんでやった事も何回かあるだろ」

「えっ!? 最後に会った頃には忘れてそうな感じでしたけど。えーと、確か中学の時で……」

「割と忘れてたが、最近思い出した」

「そ、それっぽい……」


 具体的にはアトランティスイベント前でバタバタしてた時。今思うとアレは予感のような何かだったのかもしれないと思う。こんなインパクトのある奴忘れるなよと言われそうだけど、俺の引き籠もりライフの予定の中には組み込まれていなかったのだから仕方ないだろう。


「まあ、明日香が言うみたいに変身解いてみせろっていうのは無理だけどな」

「でも、それって変身とかそういうモノじゃないんですよね?」


 ……おや、それは確かにそうだが、こいつに情報を流した覚えはないぞ。長谷川さんだって、明確には把握してないはずだ。


「そうだな。だから、戻るにしても手間とコストがかかる。具合的にはポイント」

「あー」


 限定的だが、クリスもポイントがどういうものかは知っている。公になっている支配エリアのカタログのほうではなく、ヒーローポイントについてもだ。

 俺の場合はどういう形で戻るか、方向性の策定が定まっていないのが問題だが、この言い方だと必要ポイントが高くて戻れないみたいな誤認をするかもしれない。でも説明する気はまだない。


「あれ、という事はひょっとして……明日香も知ってるとか?」

「結構前から知ってるぞ。ついでに言うと妹ミナミこと、南奈美も知ってる。あいつの姉が俺の専属オペレーターやってるし。で、お前が四人目と」

「はぁっ!?」


 その反応は、俺の正体を明かした時以上のものだ。話題が身近なところまで降りてきた事で実感し易くなったのかもしれない。

 しかし、こうして口にすると、正体明かしてるのってなんか女の子ばっかりだな。しかも、十代ばっかり。


「えーと、長谷川さんとかは……」

「結構踏み込んだところまで知ってるが、正体までは知らない。あの人の場合は情報がどういうモノか理解してるから、必要な情報を渡していれば深くは突っ込んでこないし」


 むしろ、不要なら知りたくないとまで思ってそうだ。そして、そのスタンスはおそらく正解。


「私は違うって事ですか? ひょっとして、広報役になるからとか」

「それもあるが、根本的な理由はお前がどこかでポカしそうだったからって懸念?」

「ひ、ひどい……でも言い訳できない」


 バラした以上は歯に衣着せる必要はない。この姿で言われる側は困惑するだろうが。こうして反応を見る限り、多少は砕けてきたみたいだし。


「でも、こうして知られると、それはそれでまた情報漏洩の危険が増えるような気も」

「それが分かるのは成長の証拠だな。だが、それも加味しての判断だ。正直なところを言うと、直前までどうしようか悩んでた。……でもお前、最初の面談の時なんか違和感を感じてただろ?」

「……そこまではっきりとしたものじゃ」

「でも否定はしないと。こちらとしては、その不確定要素のほうが怖いと判断した」


 こんな状態から疑問を持つようなら、いつかは真相に近付いていく。そうなってからでも遅くはないが、タイミングが調整できるものではないし、俺たちもその判断はつかない可能性が高い。なら最初からというわけだ。


「絶対にバラすなよ。当然、ここだけの話だけどってのも論外だし、相手が明日香や妹ミナミでも相当に注意しろ。お前の場合、自分からは絶対に口にしないくらいでちょうどいい」

「は、はい、もちろ……ん?」


 なんか、どういう意味だって批難されているような目をしているが、そこで言ってくるほどには受け入れてないって事か。


「バレた場合にどうなるかは……色々勉強した今のお前なら分かるだろ? 下手すると、地球規模の問題に発展するからな」

「は、はい。……そうなんですよね」


 マスカレイドの立ち位置や重要性はすでにいやってほど認識してるはずだ。そうでなければ広報窓口として立つのに許可が出たりしない。俺が穴熊英雄でなくともそれは同じだ。


「正直飲み込めたとは言えないですけど、数日の間には整理をつけます」


 ……うん、やっぱりそうだ。目つきで分かる。これが明日香が言うところの、高パフォーマンスな美濃クリスなのだと。口にした言葉を実行してくるだろうという確信に近いモノを相手に抱かせる。


「それはそれとして、こうして正体を明かしてもらったという事は、解禁される情報も増えたり?」

「ん? ああ、もちろん全部じゃないが、大体明日香と同じ程度には?」


 人や立場によっても違うから厳密に明日香たちと同じとは言えないが、明かせる重要度に大した差はないだろう。具体的には、ミナミと話し合って決める事になると思う。


「なんか疑問でもあるのか? そりゃあるよなって感じだが、内容によってはこの場でも答えるけど」

「……姉ミナミさんってどんな人ですか?」

「ミナミ? なんでミナミ?」

「え、えーと、ほら、色々話は聞いてるのにまだ会った事なくて、気になっちゃって」


 まあ、色々人付手に話聞かされてたらどんな奴だよって事にはなるか。最初に聞くような話かなとも思ったが、ジャブみたいなものならおかしくはない。


 ミナミに関しては特に問題のある情報は避け、あいつが如何に変な奴かって事を中心に人物像を説明した。あくまで俺から見たイメージでしかないが、クリスはそれでいいというので問題なさそうだ。

 その後、他の当たり障りのない情報を明かしたり、久しぶりの雑談を話したが、終わりの頃には随分と砕けた態度になっていたと思う。

 ただ、確かに印象は違う。幼い頃や人工衛星で会った時とも違う。ある意味、美濃クリスの本質が露出しているのが今の状態なのだろうと感じた。


 あと、やっぱり年齢の違いはあるな。あのクソガキ時代と比べたら、どう見たって女性としての成長は感じる。もちろん、ぶら下げている凶悪な塊の事でなく、内面的な意味での事だ。


 さて、この判断が吉と出るか凶と出るか。凶にするわけにはいかないので、その場合でも無理やり小吉くらいには捻じ曲げるつもりだが、どう影響するのか。

 ……正直不安で仕方ない。



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