第42話
馴れ初めに一華を登場させることなく、嬉々として語る二人は幸せそのものだった。
何度も見舞いに行くと心が通じて恋人同士になった。
そんな青春ストーリーを、好きな人がこれ以上ない笑顔で語る。耳を塞ぎたかった。
二人の甘い空気に吐き気がする。体がこれ以上は耐えられないと拒絶している。
そんな一華を察し、さすがにどうにかせねばと流星は傍の停車ボタンを押した。
「流星、降りるのか?最寄りはもう少し先だろ?」
「ここタイヤの真上だからか腰が痛いんだよ。一華ちゃんも痛いでしょ?」
流星が何の話をしているのか聞いていなかったので分からないが、取り敢えず頷いておく。
「俺たち先に降りてゆっくり歩いて帰るわ」
「あ、じゃあ俺らも降りようぜ」
「二人はこのまま座ってろよ。体は大丈夫だろ?」
「いいって。折角四人でいるんだから、もう少し一緒にいようぜ」
バスが停車し、一華を連れて降りようとしたが二人も降りると言い張り、結局四人で下車をした。
思い通りにならない流星は苛つく。
明らかに様子がおかしい一華を早く家に送り届けたかったのに、道中に根源二人が居ては一層おかしくなってしまう。
「そうだ一華、後で流星の家に行って宿題写させてもらおうぜ」
冬休みの宿題は一応やっている。
いつまでも流星に甘えてはいけないと、手話の勉強をしつつ宿題は終わらせていた。
「そっか、宿題。一華ちゃんはまだ終わってないの?」
『もう終わったよ』
「俺も」
覚えた手話を使い、流星と会話すると翔真たちは目を輝かせた。
「すげえ、手話じゃん!俺できねえ!」
「わたしも!流星も分かるの凄い!」
凄い凄いと褒められ、良い気はしなかった。
自分はこれが喋る手段である。覚えなければスムーズに会話ができない。それを特技のように褒められても嬉しくはない。
「じゃああとで宿題持って流星の家に行くか」
「そうしよう!」
本当に恋人だ。友達ではない距離感。
麗奈に裏切られた気分だ。そんなことはないのに。麗奈は悪くない。
一度だって麗奈に、翔真のことが好きだと打ち明けたことはなかった。知らなかったのだから、裏切りではない。
もしも、麗奈に打ち明けていたら違う未来になっていたか。麗奈ではなく、自分が翔真の隣で笑っていたのか。仮定の話が膨らんでいく。
「一華、映画いつ行く?」
事故が起きる前の続きだとすぐに分かった。
翔真と一緒に麗奈も振り返り、一華の返答を待っている。
スマートフォンを取り出して入力する気力はない。
『行かない』
「行かない、って」
『麗奈と二人で行って』
「麗奈と二人で行きなよ、って」
流星が翻訳機の代わりをする。
本当は二人で行きたい。麗奈と付き合っていなければ、そうした。
恋人がいる男と二人で出掛けることは良いことではない。いくら幼馴染とはいえ、麗奈からすると嫌に違いない。
こういうことが増えていくんだ。二人の時間はなくなり、麗奈に気を遣い、麗奈に譲り、麗奈の背中を押す。
惨めだった。
自分のせいで怪我をした翔真を治そうと思い、失声までして帰ってきたら、恋人ができていた。
何が直接会って言いたいことがある、だ。早く言ってほしかった。そうしたら。そうしたら、なんだ。早く付き合っていることを教えてくれていれば、声を失わずに済んだのか。翔真に恋人がいたら、足を諦めようとしていたのか。
浮彫になっていく醜い自分が嫌で、何も考えないように頭の中を真っ白にしたいが、一つ出てくると後を追うように次から次へと出てくる。
流星はどう思っているだろう。
声を失った自分のことを、可哀想だと、哀れだと、惨めだと、そう思っているのか。
怖くて恥ずかしくて流星の顔を見ることができない。
こっちを見ないで。
可哀想じゃないから。幼馴染を助けたいと思うのは当然のことだから。間違ってないし、翔真と付き合うために村まで行ったわけでもない。
「じゃあ俺は麗奈と一緒に宿題持って流星の家行くから」
「おう」
「先に麗奈の家に寄ろうぜ。道はこっちだったよな。流星と一華はそっちの道か?」
「あぁ、じゃあな」
別れ道に差し掛かり、翔真と麗奈は左へ、流星と一華は右へ行く。
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