第32話
「心配してくれてありがとう。でも私は翔真が、その、好きだから」
「知ってる」
翔真が好きだと、自分を好きでいてくれている流星に面と向かって伝えるのは気が引けたが、そもそも大好きな翔真のために魔女探しをしていた。それを流星は、どんな気持ちで手伝ってくれていたのか。自分が流星の立場なら堪えられないかもしれない。
「怖くないの?」
「声が出なくなることが?」
「一生声が出ないまま生活することになるだろ。先のこと考えてるのか?」
「現実味がないから何とも言えないけど、まったく怖くないわけじゃないよ」
眉を下げて笑顔を浮かべる一華は深く考えていないのだろう。
流星は中学生の時、クラスメイトだったとある女子を色濃く覚えている。
仲が良かったわけではない。ただのクラスメイトだったが、その女子は耳が悪く話すこともできなかった。本当に話せなかったのかは、分からない。話さなかっただけかもしれない。流星は一度も女子の声を聞いたことはなかった。
女子はクラスに溶け込めなかった。話せないと知っているから、誰も話しかけようと思わない。会話の手段は手話と筆談のみ。手話ができるクラスメイトは、本人以外にいなかった。残された手段の筆談は、最初こそ気を遣った女子グループが行っていたが、いつからかしなくなっていた。筆談がなくなった理由は、面倒だから。自分でさえ察していたのだから、女子も察していたことだろう。
誰にも話しかけられず、自分から話しかけることもできず、毎日教室でぽつんと座っていた。寂しそうな後ろ姿を見ては、声をかけようか迷った。急に話しかけても、気を遣っての行為だと気づかれるだろう。
空気のように扱われ、変な気を遣われ、自然と輪から遠のく。
話せないことでこれからたくさんの厚い壁にぶつかるだろう。
あの女子の姿と一華が重なる。
「私もう決めたから、何を言われても引き下がらないよ」
一華は頑固だった。
自分の言葉なんて、その意志を揺るがせるほどの重みはない。
翔真のために決意を固めた一華は真っ直ぐと流星を射抜いた。
翔真が憎い。
一華に想われ、一華の声を奪おうとする翔真が憎い。
絶対に自分の方が一華を大事にできるし、想いの重さだって負けていない。
足なんて自分でどうにかしろよ。女に代償を払わせて治そうとするなよ。人智を越える力でしか治せないなら、治らなくてもいいじゃないか。それが人間の限界なんだから。
どうしようもない感情を刃にし、翔真を刺す。
心の奥底にしまいこんで鍵をかけていたはずなのに、いつの間にか開錠され、あふれ出す感情に蝕まれる。
開錠されても絶対に口には出さない、出せない。
「そっか、仕方ないね」
嘘、仕方なくない。
なんで自分ではなく翔真を好きなのか。自分の何が劣っているのか。
自分を好きになってくれれば、何も失わずに済んだのに。
翔真が嫌い、憎い、恨めしい、羨ましい。
好きになった子は、片想い中の男のために声を失う。辛い。
もう二度と聞けないかもしれない声。
どうして自分じゃなかったんだ。
どうして今更好きになったんだ。
「流星…?」
涙が一筋流れ落ちた。
悲しいのか悔しいのか、ぐちゃぐちゃになった感情が一筋となって流れ出た。
今泣きたいのは自分ではなく一華である。それを思い、指で拭った。
「はぁ、今日はやめておこう。明日もう一度行こう」
瞳を潤ませている流星は一華の心を痛めた。
二人の間に流れる空気を一掃するように、一華はツナマヨのおにぎりを流星の前に置いた。
「はい食べて。好きでしょ、ツナマヨ」
「嫌いだけど」
「えっ」
知った風に差し出されたツナマヨを他所へ置き、梅の文字が見えたおにぎりを手に取る。
びりびりと開封しながら、サラダを食べようとしている一華をちらっと盗み見る。
一華の選択を受け入れるしかなかった。
もし、一華が喋れなくなったら、終わりが来るまでずっと隣にいよう。
そう心に決めた。
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