第22話

一華は名残惜しさを感じながら魔女の森から下山し、子どもたちから聞いた駄菓子屋に向かった。

 駄菓子屋の話を一華と子どもたちがしている最中、流星は翔真と一華の幼い頃を想像していた。一華たちと知り合ったのは高校からであるため、昔の二人を知らない。一華が翔真の手を引き、駄菓子屋へ行く。そこで翔真はたくさんの菓子を選び一華に怒られる。そんな図がすぐに浮かんだ。

 考えないようにしているが、どうしても考えてしまう。

 今は自分が一華と一緒にいるのだから、翔真のことを考えても仕方がない。

 頭の中から翔真を追い出すように、後頭部を軽く叩いた。


「この村の駄菓子って近所の駄菓子と品物一緒かな?」

「さぁ、どうだろう。この村だけで売ってるものがあるといいね」

「そうだよね。麗奈、駄菓子好きかな?」

「嫌いではないと思うよ。昔よく食べてたから」

「じゃあ麗奈にも買って帰ろう」

「…翔真には?」

「翔真にも、買って帰ろう」


 流星と一緒に会いに行く。

 ただ心配なのは、自分たちだけが楽しんだと思われないだろうかということだった。土産なんて買って、俺は足が動かないのに二人だけで楽しんで来たんだと、嫌味に受け取られないだろうか。怪我を負った翔真とまだ一言も話していないが、病室の外で話を聞く限りそんなことは思わないだろう。けれど、翔真だって人間だ。本当は嫌かもしれない。

 けれど、一応買って帰ろう。渡すか渡さないかはその時に考えよう。


 甲斐丁村へ来る前と比べ、ほんの少しずつ前向きになっていると自分で感じる。きっと流星が一緒にいてくれたからだ。

 一華を責めることなく、隣に寄り添ってくれる流星は、一華の中で麗奈と同じくらい大切な人になっていた。


「この辺なんだけどな。似た建物が多くて迷うな」


 流星はスマートフォンを片手に持ち、子どもが描いた地図と景色を見比べながら歩を進めるが、立ち並ぶ建物が似ており、どの建物なのか迷っていた。

 子どもは「なんかでかい屋根の家だから、すぐ分かるよ。お店って感じじゃなくて普通の家だから、屋根で見分けるんだよ」と言っていた。しかし、そんな建物は見当たらない。道を間違えたのか。


「どれどれ」


 一華は流星のスマートフォンを覗き込もうとするが、身長差により一華からは見えない。

 流星はきょろきょろと「でかい屋根の家」を探しているため、一華の行動は視界に入っていなかった。

 顔を忙しなく動かしている流星の邪魔をしないよう、スマートフォンを持つ片手を一華の両手が掴み、見える位置まで流星の片手を下げる。

 流星は突然下がった腕の方へ上半身もつられて傾く。


「うわっ」


 まさか流星の体が動くとは思わなかった一華は、一瞬にして近くなった流星に驚く。

 流星も一華が触れてくるとは思わなかったので、このまま腕をまわせば抱きしめることができる程の距離に慌てる。


「一華ちゃん、どうしたの」


 一瞬で縮まった距離は一瞬で元に戻った。

 心臓がばくばくと音を立て、首と耳がむずむずと熱い。悟られないよう至って普通を装って一華に問う。


「わ、私も地図が見たかったから。ごめん」

「いや、いいよ。一緒に見よう」


 もしかしたら流星は、人との距離を一定に保っていたいタイプなのかもしれない。パーソナルスペースは人それぞれだ。偏見だが、流星は潔癖のようなイメージがある。あまり距離は詰めない方がいいのではないか。一華はそう結論を出した。


 流星は必死に心音を戻すため、旅行前に予習したこの村の歴史を呪文のように心の中で唱える。

 落ち着きを取り戻した頃、一華はうろうろと行ったり来たりを繰り返し、「でかい屋根の家」を見つけようと動いていた。

 自分も一緒に動かなければと、一華の後を急ぎ足で追う。


「ねぇ、見つけたかもしれない」

「え?」

「あの屋根のことじゃない?」


 一華が指す数軒先の家を見上げると、確かに他の建物と比べて屋根は大きく見えるが、「でかい屋根の家」と言う程ではない。

 本当だ、と返すことができず流星が黙り込むと、一華はその家の前まで行き、流星を呼びつけた。


「やっぱりここだよ、扉に書いてあるもん」


 一軒家の引き戸に「だがしや」と書かれた紙が貼ってある。どうやら正解のようだが、流星は腑に落ちない。あの子どもは誇張しすぎやしないか。

 一華は戸を引き、中へと入る。

 近所にある駄菓子屋と似ており、手前には駄菓子売り場があって奥には畳の部屋が見える。

 戸が開いたことで奥から私服の女性が現れた。


「いらっしゃい。あら、観光で来られた方?」

「はい。子どもたちに教えてもらったので、来ました」

「あらあら、ゆっくりして行ってね」


 黒縁眼鏡をかけ、髪をすべて後ろで結んでいる五十代くらいの女性だった。

 女性は二人から見える位置に座り、内職なのか紙を折り始めた。


「一華ちゃん、これに入れようよ」


 流星は戸の横に積み上げられていたプラスチックの小さな籠を持ち、怪獣の形をしたグミを一つ入れた。


「でかい流星が小さい籠を持ってるの、なんか笑える」

「僕子どもだからわかんない」

「あはは」


 童心に返り、一華も小さな籠を持って流星の後に続いた。

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