第20話
村を抜け、山へ入ると流星は登山の最中に子どもたちが山の中にいたことを思い出す。あれはきっと魔女の森で遊んでいた子どもたちだったのだろう。
魔女の森までの道のりはきちんと整備され、子どもが通りやすいように山の中でも道が出来上がっていた。親切に魔女の森まで看板が立ち、分かりやすいように案内の役をしてくれている。
公園と聞いたので山に入ればすぐ着くのだと信じていた一華は、想像以上に歩く道のりに息を切らしていた。
前を歩いていた流星は立ち止まり、撮影を始める。
一華はそれに応じる余裕はなく、歯を食いしばって前を向く。
「見えたよ」
流星が一足先に公園に到着したようで、後ろをのろのろ歩く一華に大声で伝える。
両膝に手をついて地面を睨んでいる一華の元へ駆けより、背中に手を添えて前に進む手伝いをする。
「ほらほら、あとちょっとだよ」
「はぁ、きっつい」
「明日は筋肉痛かな」
「実は今日筋肉痛なの…明日はもっと筋肉痛ってこと?」
絶望に顔を歪ませる一華の後ろにまわり、背中を押してやる。
「もっと押してー」
「はいはい」
流星の手の力で前に進もうとして、身体の力を抜く。
突如重くなった一華の身体に苦笑しながら、一華に触れている手に力を込める。
まるで恋人同士だなと内心浮かれながら、一華と共に公園へ入った。
木々の中にある公園は太陽の光がそれほど当たらないため、暗く湿った空気が漂っていた。魔女の森というネーミングは間違っていないようだ。
広い公園だが遊具は少なく、ボール遊びや追いかけっこをする子供たちが目立つ。
大人の姿はないため、二人は子どもたちから注目を浴びた。
流星と一華を気にしながら遊びに戻る子どもに、二人は気まずさを感じた。
「何かあるかなとちょっと期待してたんだけど、何もないね。私の足が震えるだけの結果になったよ」
「近くに魔女の家があるとか…ないね」
公園の周辺を見渡すが、裸の木が立ち並ぶだけで他には何もない。
魔女の家らしきものも、人影も、何もない。
流星はほっとした自分をどう受け止めればいいか分からなかった。
何にほっとしたのか、深くは考えないようにした。
「はぁ、いつになったら手がかりが見つかるんだろ」
疲れた一華は視界の端にあるベンチまで行くことを面倒がり、その場にしゃがみこんだ。
流星もそれに倣い、一華と同じ体勢になる。
「なんかさ、変な感じだよね。流星と二人でここにいることが」
ちらちらとこちらを意識しながら子どもたちが走り回る。
流星は子どもたちに手を振りながら微笑みかける。
「そうだね、一華ちゃん俺のこと苦手だったし」
「その話はもういいじゃん」
「俺、今まで辛かったなー。嫌われてるかもしれない、って思いながら四人で仲良くしてさー」
「だからごめんって」
「翔真と三人でいるときが一番困ったよ。俺、いない方がいいんだろうなって」
「いつから私が翔真のこと好きって知ってたの?」
「四人でいるようになってすぐかな」
ほぼ最初からではないか。
もしかして麗奈も知っているのだろうか。麗奈とは小学生の頃からの仲だが、翔真が好きだと伝えたことはない。麗奈も翔真も鈍いところがあるから、きっと知らないだろうと思っている。
「翔真のどこが好きなの?」
「うーん、どこって言われてもな。好きになったきっかけも覚えてないし。でも、サッカーしてる時が一番好きかもしれない。あと、子どもっぽいところがあるけど優しいところとか」
「そっか」
流星相手だと、素直になれるなと一華は新たな発見をした。
翔真と話すときは素直になれず憎まれ口ばかり言ってしまうし、麗奈に恋愛の話をするのは照れくさくて避けてしまう。
流星と話すときが一番自然体だ。
「一華ちゃんと翔真の絆は深そうだよね。その中に俺と麗奈は入れないな」
「何言ってんの、二人の絆も深そうじゃん。良い雰囲気だし、もしかして流星って麗奈のこと…」
「物心ついた頃から一緒にいるし、妹って感じなんだよ。そういうことよく言われるんだけど、全然違うから。お互いタイプからかけ離れてるし」
「へえ、流星のタイプってどんな子?」
一華にそう聞かれ、それまでの自分のタイプを思い返す。
今までも同じ質問を幾度かされてきたが、その都度「優しくて勉強ができる子」と答えていた気がする。一華と比較するとどうだろう。一華は勉強ができるとは言えないができないとも言えない、平均だ。優しさは否定しないが、目立って優しいというわけでもない。
今の好みのタイプを挙げるとするならば、何だろうか。
一華をじっと観察し、答える。
「素直じゃないようで素直な子、かな。それと、黒髪ショートが好きみたい」
「他人事じゃん」
「最近自覚したんだ」
「ふうん、流星が見た目を重視するとは思わなかったよ」
「見た目、っていうか髪型かな。白い肌に黒髪ってよく映えるんだよ」
「うわ、変態」
「心外なんだけど」
自分のことだと微塵も勘づくことなく笑い声を上げる一華に、気づいてほしいようなほしくないような、どちらともいえない気持ちを抱えて一緒に笑った。
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