第4話
土曜日の午後、翔真に誘われた三人は広場に来ていた。
今日の予報では夕方から雪が降るとのことだったので、体を守るための装備としてコートとマフラーを三人とも着用している。
その上、一華は厚着をしており、普段よりも膨らんだ見た目に、麗奈はお腹を抱えて笑った。
既に翔真と仲間は揃っており、その中の一人が声を上げると試合が始まった。
試合といっても、ただサッカーが好きな者たちが集まり、交流をするための遊びであるため、審判は用意していない。
三人は観戦するため石段に座り、翔真を見守る。
「今日は寒いね。予報だと夕方から雪が降るみたいだけど、その前に帰れたらいいね」
「ちょっと流星、来て早々帰りたいなんて失礼でしょ。翔真くん頑張ってるのに」
「私も早く帰って炬燵の中に入りたい」
「もう、二人とも応援する気ないじゃない」
両手をコートのポケットに入れ、マフラーに顔を埋めている二人を見て麗奈は翔真に「頑張れー!」とエールを送った。
気づいた翔真は親指を立てて麗奈に向けた。
その光景を見て、一華は羨ましくなった。
大声で応援なんてしたことがない。まず応援をしたことがない。
いつも不愛想な顔で、突き放すようなことばかりを翔真に言ってきた。そんな自分が応援なんて、気恥ずかしくてできない。
揶揄われるのが目に見えている。
隣に座っている麗奈を見ると、瞼が茶色をベースにキラキラと光っていた。
よく見ると、睫毛もいつも以上に長く、太く、上を向いている。
クラスの中でも顔立ちが綺麗で良い匂いのする麗奈は学校で化粧をしていないけれど、休日はクラスの誰よりも可愛くなる。
「麗奈、翔真だけじゃなくて他の人の応援もしてあげなよ」
「え、えぇ?だって知らない人ばかりだよ」
「麗奈が応援すれば皆嬉しいはずだから」
「一華が応援すればいいじゃない」
「私は寒いから声が出ないの。私の分も応援してよ」
「無理だよぉ、恥ずかしいもん」
翔真の友人として来ていた三人だが、他に観戦している人はいない。
ただ翔真の応援だけをした麗奈は急に恥ずかしくなり、翔真の応援は最初の一回で終了した。
一華は笑いながら転げたりボールを奪われまいと奮闘する翔真を眺めながら、頬を緩めた。マフラーに埋めた口元は誰にも見られることはない。
何年経っても変わらない少年のような笑顔は、一華の宝物だった。
「翔真くん、そんなにサッカー好きならサッカー部に入ればいいのに」
「翔真はただサッカーが好きなだけで、サッカー部で活動したいわけじゃないんだよ。私も前に同じような事を言ってみたけど、友達とわいわい騒ぎながら遊ぶのが楽しいんだって」
「へえ。翔真くんがサッカー部に入ったら四人でいる時間も減るし、わたしは今のままがいいなぁ」
「サッカー部に入ればいいのに、って今言ってたじゃん」
「一華は意地悪だなぁ、言葉の綾だよ」
麗奈を突いて遊んでいると、流星が「あ」と声を漏らした。
どこを見ているのかと流星の視線の先を追うと、空に広がる灰色の雲だった。
「雪が降りそうだね」
流星が言うとおり、まだ夕方まで時間はあるが今にも雪が降りそうだった。
翔真を見ると、天候には気づかないようで無邪気にボールを追いかけている。
「灰色の雲って雨も降りそうな感じするよね」
「一華凄いね、予報士みたい。つまり一華予報士によると雨と雪が降るってこと?」
「予報じゃないんだけど。というか、雨と雪が同時に振ることなんてあるの?雨みたいな雪が降るんじゃない?」
天気についてよく分からない二人は流星を見る。
流星も天気のことはよく分からないので、凝視されても困る。
眉を八の字にして何を言おうか悩んでいると、白い塊が宙を舞っていた。
三人が空を見上げると、雪が重力に負けてゆっくりと落ちてくる。
「普通の雪じゃん」
一華が呟くと、広場から騒がしい声が聞こえた。
サッカーを中断し、空を見上げた数人が「今日はこのくらいにしとこうぜ」と話をしている。
解散を悟った一華が立ち上がると、それに気づいた翔真が仲間に手を振って一華の元へ走った。
犬みたいだと思いながら、駆け寄ってくる翔真に胸が熱くなる。
息は上がり、頬や鼻を真っ赤にしながら「へへ」と笑う幼馴染の耳を引っ張ってみる。
「いった!」
「あ、つい」
「ついってなんだよ、俺はぬいぐるみじゃねえぞ」
「耳まで真っ赤じゃん」
「頑張った証だろ!褒めろよ!」
「はいはい頑張りまちたねー」
「うっぜえ」
一華と翔真の言い合いを眺めながら、麗奈と流星も立ち上がり預かっていた翔真のコートとマフラーを手渡す。
「さんきゅ。帰ろうぜー」
一華が腕時計を見ると午後三時過ぎだった。
天気予報は大体当たっていたようだ。
翔真がコートとマフラーを着用したことを確認し、体を守りながら三人はまだ雪が積もっていない地面を歩き、広場を後にした。
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