第3話

 放課後、翔真は校庭で友人たちとサッカーをしていた。

 一華たち三人は教室から無邪気に遊んでいる翔真を眺める。


 放課後の校庭では部活動が盛んに行われているが、遊ぶ生徒も多い。

 田舎寄りの学校なので、無駄に広い校庭は活発な生徒から人気がある。

 サッカー部が敷地外でマラソンの如く走り込んでいる日に、翔真は友人たちとサッカーをする。それが終われば四人で帰宅する、というルーティンができていた。


 体操服に着替えればいいものの、制服で遊ぶ翔真に一華はため息を吐いた。


 本当にあれが同じ高校生なのだろうか。子どもにしか見えない。

 友人たちと喋りながらボールを蹴り、屈託なく笑う翔真に、不本意ながらも胸が高鳴る。

 絶対に言いたくはないが、恰好いいし可愛い。

 特に、今のように無邪気に笑っているところが一番好きだと感じる。


 麗奈と流星はサッカーをする翔真を見ながら会話をしている。

 翔真に熱っぽい視線を送らない麗奈に、心の隅で良かったと思う。


「ねえ一華、聞いた?」

「え、何?」


 一人黙って翔真を見つめていると、麗奈と流星が話に入れてくれる。

 二人からすると仲間外れのように見えていたのかもしれない。

 放っておいてくれたらずっと翔真を見ていたのだが、気を遣ってくれてのことなので笑顔を作って話に入れてもらう。


「翔真くん、三組の林さんに告白されたらしいよ」

「そういうことを広めるのはよくないよ」

「もう、流星は黙っててよ。翔真くんは断ったらしいんだけど、信じられる?あの林さんからの告白だよ」


 三組の林さんは美人で有名だ。

 本人と話したことはないので詳しくは知らないが、読者モデルをやっていると聞いたことがある。

 あの美人を断った話なら、誰よりも先に情報を仕入れた。

 翔真と二人きりのときに聞いてみたら、美人だけど怖そうだからと振ったようだった。

 美人を断るなんて他に好きな人がいるのではと勘繰ったが、翔真は可愛い系がタイプであるため、美人系の林さんは好みではない。

 ここ最近で一番安堵した。

 もし二人が付き合ったなら、登校拒否にでもなりそうだった。


「翔真くん、子どもみたいで可愛いからモテるよね」

「あいつ昔から何故かモテるんだよね」


 麗奈が翔真に惚れている感じはなく、流星と良い雰囲気だと一華は思うことが多い。

 二人が付き合って、自分は翔真と付き合う。そうするとダブルデートができたりして、楽しそうだ。


「一華ちゃんは浮いた話がないよね」


 流星のこの一言で、話題は一華の恋愛話になった。

 自分の恋愛話を他人にしたことはなく、する気もないため自分の話題になりギクリとした。


「そ、そうかな」


 浮いた話がないのは二人も一緒だが、麗奈は一華の恋バナを聞きたいようで興味津々だった。

 元から大きな瞳を更に大きくして、一華の方に身を乗り出す。

 一華より長くふわっと軽そうな髪が揺れて一華の耳を掠めると、甘いお菓子のような匂いがした。


「一華はどんな人がタイプなの?わたしたち、あんまりこういう話してこなかったから、すごく気になるなぁ」

「タイプなんて分かんないよ」

「えー、優しい人とか面白い人とかあるじゃない」

「じゃあ優しくて面白い人」

「もう、真似しないでよ!本当は?」

「だから優しくて面白い人だってば」


 恋バナをする気がない一華を見て麗奈は拗ねたが、それも少しの間だけで、またすぐに一華の恋バナに食らいつく。


「じゃあ好きな人とかいないの?」

「いないよ」

「本当に?幼馴染の翔真くんと恋に落ちたりしないの?」

「それを言うなら麗奈こそ、幼馴染の流星と恋に落ちたりしないの?」

「流星は家族みたいなもんだよー。何年も一緒にいるんだから、今更恋愛に発展するわけないもん」

「だよね」


 恋バナに関して鉄壁な一華に対し、流星は申し訳なく思っていた。

 もしかしたら苦手な話題を振ってしまったかもしれない。思い返せば一華が自分の恋愛について話したことはなかった。

 目を輝かせて一華から恋バナを引き出そうとする麗奈の肩を掴み、流星は校庭を指した。


「ほら、翔真たち終わったみたいだよ」


 一華と麗奈が校庭を見下ろすと、翔真が二人に気付きピースサインを送った。

 麗奈は笑顔で手を振り、一華は目を逸らした。

 顔が熱い。気づかれていないだろうか。

 片手で頬を触り、熱が冷めるのを待った。


 翔真が教室に戻ってくると、鞄を手渡し、教室から出た。

 校門を通り抜けると一華の隣で翔真が歩き、麗奈の横で流星が歩く。

 定位置はないが、今日は幼馴染ペアで横に並んだ。


 動き回って汗をかいている翔真は制服のシャツにしみをつくり、髪は少し濡れている。

 そんな翔真が一華の隣に来ると、一華は嫌そうに顔を顰めて「くっさ」と言い放つ。

 本当は汗の匂いなんてしないが、こういう態度をとるのはいつものことだった。

 翔真は一華の態度を見て、自分についた汗を擦りつけるように一華に引っ付く。


「汚いからやめて」

「俺の汗は神聖な水だぞ」


 冗談を言い合うこの時間が、一華は好きだった。

 誰にも言ったことはないが、四人での下校時間が密かに楽しみだった。


「あ、そうだ。明日他校の奴等とサッカーするんだけど、観に来ねえ?」


 翔真が思い出したように三人に言う。

 明日は土曜日で、学校は休みだ。部活動に入っていない三人に予定はない。

 翔真はサッカーが好きだが、他の三人は興味があるわけではない。

 こういう誘いはよくあり、翔真がサッカーする姿を見ながら三人で談笑する。終わったら四人で帰る。

 そんな時間を今までも過ごしてきた。


「いつもの広場でやるんだ。お前等予定ないだろ」

「いやいや、忙しいかもしれないだろ。俺の予定ぎっしり詰まってるかも」

「なんだよ、予定あんのか?」

「ないけども」

「ほらみろ。二人も暇だろ?」


 暇だと決めつけられて一華は眉間にしわを寄せたが、予定がないのは事実である。

 麗奈も特にすることはなく、二人が観に行くなら行こうかなと考えていた。

 黙り込む二人を見て「午後からだから来いよ」と笑う。

 三人に明日の予定が書きこまれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る