愛情温度

 夕食を終えて部屋の戻ると布団が敷いてあった。さすがにすぐ寝るには早いから縁側のテーブルのところに座って、さっきの話の続きをする事にした。まずだけどボクが惚れた女を溺れ込む様に愛する事は否定しない。


「そんな剛紀に選んでもらえたから美玖はこんなに幸せに・・・」


 さっきボクが愛した女は幸せになると美玖はしたが、そうなっていない。もっと言えば幸せになっているのは美玖だけだ。ボクだって美玖と結婚してやっとわかったようなものだけど、美玖だからボクもこんなに幸せなんだ。


 男と女を繋ぐのは愛情になる。二人の間に愛情があるから交際が始まる。その愛情には温度があり、二人の愛情温度がある基準に達すれば手を繋ぎ、ハグをし、キスをし、結ばれる。さらに高まれば、


「同棲になり結婚する」


 この二人の愛情温度だけど必ずしも同じじゃない。交際開始時点なんかそうだと思う。蓋を開けたら両想いも良いとこなんてケースもあるだろうけど、


「告白された方は、とりあえず付き合ってみるかのケースも少なくないはずです」


 告白した方が熱くて、された方は種火程度なのは珍しくないと思う。そこから二人の愛情温度を高めて行くのだけど、交際途中でも二人の愛情温度の差は生じることはしばしばある。


「それって剛紀の学生時代の初彼女」


 あの時のボクは結婚しか頭にないぐらい愛情温度は高かった。だがあの彼女の愛情温度が醒めて行っていた。あれなんだけど、二人の愛情温度の差があり過ぎると、低い方がより冷える現象が起こると思ってる。


 他で例えると、テンションが高いやつがいるとする。テンションも低いのより高い方が好まれるけど、あまりに高すぎると周囲に引かれてしまう事が起こるだろ。


「そ、それは・・・わかります」


 ボクの愛情温度は惚れたとなると高くなり過ぎるんだよ。これは美玖と結婚して日々実感してる。美玖の夢は永遠の新婚って前に言ってたけど、新婚状態も二人の愛情温度で説明できてしまう。


 例外を言い出せばキリがないけど、夫婦の愛情温度の頂点は結婚式になる。その愛情温度のままで突入するのが新婚だ。だが時間が経てば二人の愛情温度は醒めて行く。この醒め方だけど普通はあるラインで下げ止まるイメージかな。


「そのまま下がり続ければ離婚です」


 他に道は無いものな。離婚まで愛情温度が下がる話はさておき、下がっても高目の水準に留まるのがラブラブ夫婦で良いはずだ。愛情温度が高く留まる要因はあれこれあるだろうけど、その一つにどちらかが旦那ラブもしくは嫁さんラブなのはあると思う。


 旦那ラブ、嫁さんラブと言っても必要条件に過ぎず、これも度が過ぎれば愛情の温度差になり逆効果になる時もあるはずだ。だからラブラブ夫婦の愛情温度を保つには相手もそれなりに旦那ラブ、嫁さんラブの要素が必要になる。


 もう美玖にはわかるだろ。ボクの嫁さんラブは明らかに度を越している。ここまで来れば異常であり、ある種の特異体質の領域に達しているとさえ自覚している。


「そこまで愛してもらえているからこんなに幸せに・・・」


 そうならないのは説明したじゃないか。ここまで嫁さんラブになれば普通は引かれるんだよ。だけど、そうなっていないじゃないか。


「それは美玖もまた旦那ラブになっているからで・・・」


 その通りだ。それも半端な旦那ラブじゃない。ボクの嫁さんラブに勝るとも劣らないぐらいの愛情温度だ。さらにだ、互いの愛情温度は近ければ近いほど二人の愛情温度を高めあう。美玖もそう感じているはずだ。


「言われてみれば・・・初めて結ばれた時、同棲した時、結婚式を挙げた時に較べても今の方が剛紀を愛しています」


 美玖もまた惚れたら溺れ込む様に男を愛してしまう特異体質だってことだ。だから結婚詐欺師に騙されたんだ。


「一生の不覚でした」


 これも他人の事をボクも言えない。物の見事に由衣には騙されていたからな。ここから言えることはボクも美玖も恋愛に不器用すぎるって事だ。ボクや美玖のような恋愛体質の男や女だっているはずなんだ。


 そういう連中も嫁さんラブや旦那ラブに熱中するだろうけど、おそらくだけど度をわきまえるはずなんだ。やり過ぎると逆効果なのを恋愛技術で制御してるぐらいのはず。そういう制御技術はボクも美玖も不器用すぎる。美玖はしばらく考え込んでから、


「もう夫婦になっています。どれほど旦那ラブ、嫁さんラブに熱中しようが何の問題もありません。ただこのまま無制御に熱中して行けば、二人の愛情温度は相互作用により高まるだけになるのではないでしょうか」


 こればっかりは二人で夫婦として経験してみないとわからない。どこかで限界が来て醒める方向に転じる可能性だってある。それでも醒めたレベルでも美玖の夢である永遠の新婚レベルになる可能性はあると思うぞ。さらに考え込んだ美玖だったけど、


「剛紀は感じてませんか。美玖は処女どころか、偽りだったとはいえ真実の愛を見れるようなってしまっている女です。剛紀との夜の営みもあれほど重ねています。なのに、なのに今夜だって今からかと思うとドキドキが止まりません。このドキドキは二人の初夜を迎えた時よりも強くなっています」


 美玖もそうだったのか。ボクもそうだ。これって、


「恋をすれば経験が積み重なります。これは実らぬ恋でもそうです。美玖にも剛紀にもそんな経験が牡蠣殻のように付いているはずです。これは剛紀と結ばれてからも牡蠣殻は付き続けていたはずなのです。それがある時期から剥がれ落ちて行くように感じています」


 そんな実感はボクにもあるけど、


「どう言えば良いのかわかりませんが、剛紀の言う二人の愛情温度が新たなステージに入ったのでは無いでしょうか」


 新たなステージと言われればそんな気がするけど、このまま進めばどうなるんだ。


「わからないです。ですが感触としては初体験に戻っていくとしか思えません。そこまで戻る事が出来れば・・・」


 美玖は無垢の処女に戻る。


「それはあり得ません。美玖の体は剛紀を含めて二人の男を知り、あまつさえ真実の愛の喜びも刻まれています。体はどうしようもありませんが剛紀に捧げたかったもの甦るかもしれません」


 恋愛経験の牡蠣殻がすべて剥がれた無垢の心か。


「そうとも言えますが純情です」


 それって青い時代に初めて異性を好きになった愛ってことか。


「どうなるかは剛紀の言う通りこれから二人が経験する事です。さっき話したのは美玖の叶わぬ夢ですから」

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