智頭宿へ
武蔵の里の北隣ぐらいが大原宿になる。
「あの橋を渡ったら左に入ります」
大原宿って書いてあるな。ここが江戸時代からの因幡街道になるのだろうけど、この辺はなんとなく昭和チックな気もするな。へぇ、ここから石畳になってるじゃないか。保存地区に入ったはずだけど、うだつがある家もあるし、こっちはなんか妙に風格がある家だな。この辺からかな。これはなかなかだぞ。どこかにバイクを停めて歩いて見てみたいけど、
「この辺に停めさせてもらいましょう」
ここが本陣なのか。これは立派なものだし、よくこれだけ残ってるものだ。見学は出来ないのかな。
「一週間前に予約して五人以上になっています」
なら仕方ない。石畳の両脇に溝があって水が流れているところなんて、
「これで鯉が泳いでいたら津和野です」
そこまではどうかだけど、これはこれで見に来た価値は十分ある。こっちは脇本陣か。どちらも残ってる宿場は珍しいのじゃないのかな。とはいえ因幡街道を通るのは鳥取藩だけのはずだけど、
「本陣が殿様用で、脇本陣が家老用となっています」
鳥取藩ぐらいになると殿様用と家老用が別にあるのか。リッチなものだ。そうなるとそれ以下は他の旅籠だったんだろうな。美玖も楽しそうに見てるけど、
「こんな良いところなのに空いてます」
それは同感だ。まず観光地なら付き物として良いお土産屋さんとか、観光客相手の飲食店が目に付かなかった。
「智頭急行の大原駅も物産館になっていたそうですが既に閉鎖されています」
大原駅はスーパーはくとも、スーパーいなばも停車する駅だから出来た頃は観光客が来るのを期待していたはずなんだ。でもこの有様では閉鎖されるだろうな。大原駅の物産館でもそうなったから、後は推して知るべしなんだろう。
「篠山との差は?」
距離と時間だろ。篠山は京阪神からの日帰りのお出かけなら適当な距離と時間で行けるところだ。それに比べると大原宿は遠いよ。
「京阪神から日帰りは可能ですが交通費が距離に比例します」
結果論になってしまうけど、観光客が集まらないから観光客向けの店が出来ず、滞留型の観光開発が行われていないから、
「来て見るべき価値は余裕でありますが、通り抜ければ終わってしまいます」
ドライに言えばそうなってしまう。もっともバイク乗りなら好きだと思うよ。大原宿からは国道三七三号の旅に戻る。大原宿の次はあわくら温泉だけど、
「鎌倉時代に狸が傷を癒していたから見つかった話はユニークなのですが、泊りとなると・・・」
歴史ある秘湯にはなるのだろうけど、泊まれる宿に気が向かなかったのは美玖に同意だ。悪いとは言わないのだけど、なんていうか、あの、その、
「アウトドア志向の健康的すぎる宿です」
秘湯の宿って雰囲気じゃないんだよな。地理的に鳥取道もあるから悪いとは言えない気もするけど、
「そういう趣味を楽しみたい人の宿で良いかと考えます」
つうことでパスした。粟倉温泉を過ぎると難所の志戸波峠トンネルに挑戦だ。
「坂根宿もパスにさせてもらいます」
大原宿の次は坂根宿なんだけど、今は何も残っていないで良さそうなんだ。そろそろトンネルに近づいてるはずだけど、
「あの辺りが坂根宿になるはずです」
あの辺かな。さてここからだと思うけど、えっと、えっと、
「ここを右折のはずです」
わぉ、もうちょっとアプローチロードがあるかと思ってたけど、いきなりって感じで鳥取道に合流してすぐにトンネルだ。なになに標高四三一メートルで、長さが一六三〇メートルなのか。とにかく一気に走り抜けよう。
なるほど左側に歩道があるな。自転車はあっちを走るのかな。この路側帯を自転車で走れば恐怖だぞ。モンキーでも余裕に怖い。
「モンキーの弱点が出ます」
モンキーと言うより小型バイクだろ。モンキーはとくにのところがあるのは認める。とにかく小さいから、原チャリだと思って強引に抜きにかかるクルマが出て来るんだよな。原付二種も原チャリの一種みたいなものだけど、こんな狭苦しいところで追い抜かれるのは堪忍して欲しいよ。
やっとトンネルが終わってくれた。えっ、もう出ろってことか。ここから自動車専用道路ってなってるから、ここから下りろってことだよな。ホントに無理やりって感じで原付を走らせてるのが良くわかる。早く二本目を掘ってくれないかな。
トンネルを出て少し下ったところが駒帰宿になるのか。たしかに宿場町らしく道の両側に家が並んでるな。あっ、これで終わりか。今はこんなものだけど、江戸時代は坂根宿も駒帰宿も栄えていたそうなんだ。
それにしても二つの宿場の距離が近いな。これはトンネルが出来たのもあるだろうけど、江戸時代だって三十二丁となってるんだよ。一丁ってどれぐらいだけど六十間だから三・五キロぐらいになるはず。一里もないから一時間ぐらいが目安にはなるはずだけど、
「よほど険しかったのでしょう。坂根宿も駒帰宿も標高は四百メートルを越えています。さらにこの二つの宿までの道はなだらかと言って良いと思います」
そうなるんだよな。二つの宿場の間にある志戸坂峠は標高差にして二百メートルもないはずなんだけど、ここに三十三か所のヘアピンカーブがあったってどんだけの険しさだ。上り下りに同じぐらいあったとしても十五か所以上だぞ。
「それもとくに険しいとされた九丁の間にあったとも考えられます」
戸倉峠もトンネルがない頃は難所だったはずだけど、志戸坂峠だって標高こそ負けてるけど難所と言うのに相応しいで良いと思う。ところで雪の影響は、
「因幡志には『難所ニテ、大雪ニ牛馬通ラズ』となっていますが、これは見方を変えれば大雪で無ければ通れたとも言えそうです」
そうかもな。戸倉峠はスキー場があるぐらいの豪雪地帯だから、冬ともなれば完全に通行止めだった気がする。志戸坂峠だって雪の影響はあったけど、長期間の道路閉鎖までには至らなかったはずだよな。
「そうのはずです。ですから鳥取藩は佐用経由の因幡街道を参勤交代ルートにしたはずです」
鳥取藩は鳥取城から二つ目の宿場の用瀬宿で昼食を取り智頭宿に泊まり、翌日は駒帰宿、坂根宿でお茶休憩を取って大原宿で泊まるスケジュールだったそうだ。
「二つの宿場は難所である志戸坂峠を越えるためのものもありましたが、国境の宿場の意味もあったはずです。とくに駒帰宿は関所としても機能していたとなっています」
駒帰宿からだらだらと下りながら智頭宿に向かっているのだけど、佐用経由の因幡街道も志戸坂峠だけがネックの気がした。山崎経由の戸倉峠みたいなものだ。どちらも難所ではあるけど、その前後は歩きやそうだもの。
「鳥取藩がこちらの因幡街道を選んだのは、雪の有無と言うより雪の程度で結論して良さそうです」
ただどちらの因幡街道も鳥取道に完全に取って代われてるんだよな。そうなってくれてるからバイク乗りにとって楽しい道になってくれてるけど、
「恋山形駅に寄ります」
美玖も好きだな。おっとここを左に曲がって橋を渡るのか。えっとこっちとなってるけど、
「街灯を見ればわかります」
ピンクの街灯か。それにしても狭い道だな。なるほど智頭急行の高架を潜ると、あははは、道にまでペイントしてある。駅舎もピンクに塗りたくられて派手だ。美玖はバイクを停めて待合室に入り、
「絵馬をかけます」
絵馬の自動販売機があるのか。それは良いけどもう恋は叶ったぞ。
「恋人の形態の一つが夫婦です。ですが夫婦になったからと言って恋が終わったわけではありません。夫婦としての恋を叶える必要があります」
なるほど。ものは言い様だな・・・おいおい、それを絵馬に書くのかよ。
『美玖の一穴を剛紀がいつまでも恋しますように』
するよ、これだけは胸を張って言える。美玖以外は誰も愛せない。
「さて行きましょう」
千代川のリバーサイドロードを走り抜けていくと、智頭宿まで1キロが出て来たぞ。へぇ、こんなところに温水プールなんてあるんだ。そろそろのはずだけどあの信号を左みたいだ。こうやって見ると智頭はかなり都会だ。
「ここから歩きましょう」
石谷家住宅・智頭宿無料駐車場となってるから、ちょうどよさそうだ。なるほど智頭町観光協会のアンテナショップがあるのか。ガイドマップをもらってGOだ。
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