第22話 『オネエチャン枕』
「同衾を、キボウします」
「……はい?」
始業式の日の夜。
未だに気まずさや恥ずかしさはあったけど、フレイアが作ってくれたカナダ風アレンジの晩御飯が美味しくて会話が弾みいつもの調子に戻った。
そして風呂にも入りようやく落ち着けた頃、ゆったりとしたワンピースタイプの部屋着を着たフローラが俺の部屋を訪れたんだ。
普段から見慣れてる薄着も、今日の事があったせいでかなり意識してしまう。
いやそれよりも……その言葉の意味に俺は固まってしまったんだ。
「同衾を! キボウします!!」
「フローラさん!?」
そしてその隙に、胸元に自分の枕を抱いたフローラは俺の部屋にカチコミもとい、突撃をしてきた。
チアダンスをずっとやってるって言ってたけどその俊敏な動きはむしろ応援される側のアメフト選手並みに素早く、あっという間に俺の横を抜けてそのままベッドにダイブしてしまった。
「な、なにしてぇ……っ!?」
思わず声が裏返る俺。
何故なら、フローラがベッドにダイブした反動でスカート部分がめくれ上がり、中に履いていた白いフリルの下着……パンツが見えてしまったからだ。
忘れる筈ない、チアダンスの衣装を着ていた時にも履いていた、フローラお気に入りの白フリルだった。
「レイアが言っていました! こういうのはちゃんとしてないとボロが出るから、ちゃんとキセイジジツを作った方が良いって!!」
「絶対意味わかってないよなフローラ!? ていうか何言ってんだフレイアは!?」
ネエサンとは本気にして良いって言ってたけど、いきなりここまでする奴があるだろうか。
しかもその言いぶりだと完全に意味を理解してないフローラはただ一緒に寝に来ただけだしいやただ一緒に寝るだけって言うのもそれはそれでマズいんだけど……。
「ナオツグは、ワタシと一緒に寝たくありませんかぁ……?」
「うぐっ……」
マズいんだけど……。
「でも、ナオツグ……スキって……」
「そ、それは……」
マズい……。
「けど、ナオツグが嫌って言うならワタシ……我慢しますっ……!」
「寝まぁすっ!!」
俺は負けた。
いや無理だろ誰が勝てるんだよこんなの。
好きな女の子が俺のベッドに寝転がって、一緒に寝ようって言ってくれてるのに断る馬鹿はいないだろ。
「エヘヘ~、よろしくお願いしますっ!」
すると、悲しそうな顔をしていたフローラは途端に嬉しそうにはにかんだ。
その柔らかい笑顔に、俺の顔も熱くなるのを感じる。
え、いや、マジで良いんだろうか……?
「い、嫌だったらいつでも言って良いんだからな?」
「ほぇ? 嫌じゃありませんよ~?」
キョトンとするフローラ。
何だ、女神か……?
駄目だ駄目だ、どんどん好きになっていってる。
いや、駄目じゃないのか……?
「ナオツグとぉ、もっとこうしたいって思ってたんです……」
「あ、ありがとう……?」
こういう時に口数が少なくなる俺を、どうか許してほしい。
何故か分からないけど好意むき出しのフローラに導かれるまま、俺は自分のベッドに横になる。
いつもは俺しか入らない大きな掛け布団も、今日は二人になったせいか少しだけ狭い。けれど春先の夜の肌寒さをしのぐには、とても暖かかった。
「……ナオツグ」
「な、何でしょう?」
「……もっと、近くに行っても……良いですか?」
「も、もう近いけど」
「エヘヘ、もっとです~」
「うあぁ……!」
思わず、変な声が出た。
元から見つめ合うぐらいに近かったのに、フローラはもっと距離を詰めてくる。
俺の首筋をフローラの吐息がくすぐり、身体と身体はピッタリとくっついた。スタイル抜群な彼女の柔らかさと温かさが、これでもかと伝わってくる。
「これで、キセイジジツですよ~」
「そ、ソデスネ……」
グリグリと顔を俺の胸元に埋めてくるフローラの仕草が可愛すぎて俺は固まる。
近すぎないか? 距離感、近すぎないか!?
いや俺が好きって言ったけど、急すぎないか!?
なし崩し的な告白になって、まだ返事を貰ってないけど、海外だとこういうものなのか!?
「ナオツグも~、もっとワタシに寄りかかって良いんですよ?」
「も、もっと!?」
「ハイ、オネエチャン枕……レイアも大好きなんですよ~?」
「オネエチャン枕っ!?」
何だそれは。
そんな素晴らしい日本語が存在してたのか?
もしかしたら英語かもしれない。ワールドワイド。異文化コミュニケーション。
いや、何言ってんだろ俺……。
「今日はナオツグダケの、オネエチャン枕です~」
「おぁぉ……」
双子姉妹が抱き合って寝ている姿を想像してしまった。
何て素晴らしい光景なのだろうか。
でも今はむしろ体格差から俺の方が枕もとい抱き枕になっている気がする。
いや俺も抱きしめて良いんだろうか、良いよな、だってオネエチャン枕だし、同級生で好きな人だし、こうして抱きしめられてるし、俺も抱きしめたって……。
「じゃ、じゃあ俺もお言葉に甘えて……」
「すぅ……すぅ……」
「フローラさん!?」
寝てた。
この一瞬でオネエチャン枕がスヤスヤとスリープモードに入っていた。
俺に抱きついたまま、しっかりとホールドして、極上の柔らかさと温かさを与えながら気持ちよさそうに、無防備に眠ってしまっていたんだ。
「…………」
マジか、と思った。
どうしよう、とも思ったけど起こすのはかわいそうだとも思った。
「……留学、初日だもんなぁ」
色々あったけど、フローラも疲れているんだと思う。
そんな中で、こうして俺の部屋で、俺のベッドの上で、俺の胸の中でこんなに安らかに眠っていてくれるならそれで良いんじゃないだろうか。
少なくても俺の気持ちは伝えたし、これからもっと頑張ろうって思えた。
「レイアは、フレイアは何考えてんだ……?」
そしてこの状況を作り出した双子の妹の事を考える。
多分今は隣の部屋で一人眠っていると思う。
こんな状況で何を言ってるんだと思われるかもしれないけど、俺は同じぐらい妹のフレイアの事も好きになってしまっている。
だから可能なら、彼女の力にも慣れたらなと思ってしまうんだ。
同じ双子なら、きっとフレイアの方も何か抱えていると、何となくそう思うから。
そうじゃなきゃ、俺もこんな事にはなっていないと思うんだ。
それも、何となくだけど……。
「……ナオツグぅ」
「っ!?」
そんな事を考えていると、フローラが寝言で俺の名前を呟いた。
思わずビクッとしたけれど、いったいどんな夢を見ているんだろうか?
まあ、寝言だし、明日には忘れてるだろうから俺も寝ないと……。
「……エヘ~……だい、すき……ですぅ……」
「っぁ!?」
悲鳴を上げそうになった。
だって、今、好きって、大好きって、寝言だけど、好きって、寝言だけど、え!?
「……マジか?」
小声で問いかけても、フローラは寝てしまっているので答えない。
「マジ、かぁ……」
でもそれでも。
例え寝言だとしてもこうして好きと言ってもらえたのはとても嬉しくて。
だけど当然。
俺がこの日、一睡も出来なかったのは言うまでも無いだろう。
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