第15話 『二人への気持ち』

 あれから、一週間が過ぎた。

 あれって言うのは、俺がフローラとフレイアのマッサージに癒されて、何故か本気で泣いてしまった事だけど今思い出しても理由は分からないし本気で恥ずかしいから出来る事なら忘れたい思い出である。


 でも、その出来事があったから変わったこともあったんだ。


「はいナオツグ! あ~ん!」


 朝の十時。

 今日もリビングに集まった俺たちは朝のコーヒーブレイクであるフィーカを楽しんでいた。

 テーブルには透明なコップに入ったアイスコーヒーと伊城山饅頭が並んでいて、異文化コミュニケーションが食からも行われている。


 そして隣にいるフローラは、今日も小さな饅頭を俺に食べさせようとしていた。


「あ、あ~ん……」


 それを口で受け取る、俺。

 口の中に薄皮生地の風味と餡子の甘さが広がるけれど、相変わらず心臓がバクバクで味どころの騒ぎじゃなかった。


 強いて言うなら、心臓の動きは前より酷くなっているかもしれない。


「どうです? 美味しいですか?」

「あ、ああ……今日も美味しいよ、フローラ」

「えへへ~! 良かった~!!」


 あ~んで饅頭を食べさせてくれてしかも満面の笑みを浮かべてくれる金髪碧眼の美少女が俺の隣にいる。

 こんな夢みたいな状況で、気持ちが動かない筈が無かった。


「妬けるわねぇ……アタシのネエサンなんだから取らないでよナオツグ~?」

「れ、レイア!? 別にそんなつもりは無いぞ!?」


 そんなやり取りをしていると、対面に座っていた双子の妹……フレイアがニヤけながら俺をからかってくる。

 しかも目に見えていないけど、机の下で足をのばして俺の足を弄ってくるおまけ付きだ。


「本当かしら? あの日からどんどんネエサンを甘やかしてるようだけど?」

「いやむしろ、甘やかされてるのは俺の方で……」

「あらそう? じゃあアタシも、あーん」

「あ、あーん……」


 そして今度はフレイアも手にお饅頭を取って、俺の口に差し出す。

 また俺は緊張しながら饅頭を食べると、同じ筈なのに違う甘さを感じた。


 双子でも、人によって味が違うのだろうか?

 どちらにしても、胸が張り裂けそうなぐらい俺の心臓は鼓動を鳴らしていた。


「むぅ~……やっぱり、レイアの方が長いですよぉ……」

「いや同じよネエサン。ていうかいつもネエサンが先なんだからちょっとぐらい多めに見ても良いでしょ?」

「だ、駄目です~! れ、レイアはすぐナオツグに触るから駄目です~!!」

「そういうネエサンも腕に抱きついているじゃない」


 するといつものように、フローラが嫉妬して軽い姉妹の口論が始まる。

 どうやらこれはこの二人にとってスキンシップみたいなものらしく、俺が前に心配した事は杞憂だった事を学んだ。


 だけどそれはそれとして、争いの内容が俺なのはどうにかしてほしい。

 フローラは分かりやすく腕に抱きついてきて、俺の腕に大きな胸の柔らかさがこれでもかと伝わってくる。

 フレイアは見えないけど机の下ではずっと自分の足で俺の足を弄って来ていて、とんでもなくムズムズする。


 悪い気はしないっていうか良い気しかしないけど、俺の心臓が常にギリギリな生活を一週間も強いられていたんだ。


「あ、そうだネエサン。アレ、見せないの?」

「あっ!? そうですアレです! ナオツグ、ちょっと待っててくださいね~!」

「え? アレって? 二人とも!?」


 そんなギリギリ空間も、何かを思い出した二人が突然立ち上がってリビングを出ていく事で終わりを告げる。

 おかげで心は助かったけど、急にお預けを食らったみたいでまた別の意味でムズムズしてしまった。

 どうやら俺はとんでもなく二人に毒されているらしい。


 ていうか、この流れ前もあった気がする。

 あの時は俺が自分の部屋に行って待つスタイルだったけど、今度は二人がリビングから部屋に出ていった。


「な、何が来るんだ……?」


 まあ俺が待つ事は変わらないんだけど、緊張はもちろんしまくっている。

 前回がチアダンスとナース服だったので、また何か企んでいるんじゃないかって思うのは必然だった。


 そして少し時間があった後、階段を駆け下りる音がしてすぐにリビングの扉がいきおいよく開かれて――。


「ナオツグ! どうですか~?」

「似合ってるでしょ?」

「お、おぉ……!?」


 ――フローラとフレイアが、制服姿で入って来た。


 俺が通う、伊城高校の見慣れた女子学生服。

 上は胸元に金色の校章が入った濃紺のブレザーと、学年色の赤いリボン。

 下はグレーのチェックスカートに黒のソックスと定番のスタイルだ。


 普段は違った系統の服を好む二人が同じ制服を着るだけで、そっくりな双子という事が強調される。

 でも同じだからこそ、髪質や微妙に違う瞳の形、それと二人の雰囲気の違いがより際立っていたんだ。


「す、凄く似合ってるよ……」


 俺は感動のあまり言葉が出ない。

 そんな見慣れた筈の制服でこんな完璧な物を見せられたら、元から無かった語彙力なんてものは消え去るんだ。


「えへへ~! ナオツグに褒められちゃいました~!!」

「やったわね、ネエサン!」


 双子姉妹が仲睦まじく両手を合わせて喜んでいる。

 本当に仲が良くて、一人でもドキドキなのに二人揃っていると更にドキドキする。


 ――それが、俺の変化であり最大の悩みだった。


「それで、ナオツグ? 正直どう?」

「ど、どうって……?」


 そんな俺の悩みを見透かしたように、フレイアが詰め寄ってくる。


「き、決まってますよ~!」


 それに負けじとフローラも詰め寄ってくる。

 まだ椅子に座ってる俺の両肩に手を置いた二人は、まるで先週の再現みたいで。


「アタシとネエサンの制服姿……」

「ど、どっちが似合ってますか?」


 左右から、囁くように聞いてきた。

 それによって俺の心臓は今日一番の鼓動をかき鳴らし始める。

 緊張で一瞬だけ言葉が詰まるけど、答えはもう決まっていたんだ。


「ふ、二人とも……好き、です……」


 これが、俺の答えである。

 俺は、二人の事を好きになってしまったんだ。

 そっくりな双子だけど、全然違うフローラとフレイアの事を、同時に。

 

 そんな好きになった二人に左右から挟まれてたせいで……ていうか恥ずかしすぎて直接顔を見る事は出来なかったけど、何とか言う事は出来た。


「……! ありがとうございます~!」

「……! な、中々良い答えね……」


 そんな俺の、情けなく曖昧な返答を聞いた二人が喜んでくれて、ホッとする。


「じゃあ~、学校でも~!」

「よろしくね、ナオツグ!」

「ああ、これからも……よろしく」


 笑顔を向けて俺を覗きこむ二人にドキッとして。

 内心で二人を同時に好きになって良いのかと不安になる……普通に、最低だし。

 だけどフローラとフレイアの二人と出会って、一緒に暮らし始めて、好きになってしまったのは変えようがなくて。

 二人は俺に何か隠しているようだけど、俺もこの恋心を隠しているのも事実だ。


 そんな隠し事だらけな中で、何故か献身的に接して癒してくれるフローラとフレイアに、俺も何かお返し……いや恩返しをしたい。


 子供の時、溺れた俺を助けてくれた人にもお礼を出来てない情けない俺だけど。

 目の前の二人に恩返しをして、ちゃんと気持ちを伝えたい……そう、思ったんだ。

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