第9話 『フローラの応援』

 フローラとフレイアの二人に部屋で待っててと言われた俺は、自分の部屋に戻ってベッドの上に座っていた。

 いや別に、ベッドの上に深い意味は無い。

 学習机と本棚、それと専用の台座に置かれた昔のトロフィーや賞状ぐらいしか置かれていない殺風景な男の部屋じゃ、ろくに待つ場所が無かったのである。


「二人が、俺の部屋に来るのか……」


 大きな溜息を、一回。

 いや別に、変な期待はしていない。

 ただ最初に俺の家にやってきた時に、軽く外から俺の部屋だと説明しただけで中に入れるのは初めてだったなと思っただけだ。

 まあ俺は二人の部屋に……それも着替え中に入ってしまったので、今さら俺の部屋にだけ入らないでくれなんて言うつもりは決してない。


 でも女の子を自分の部屋に入れるって緊張するよな、うん……。


『……ナオツグ、いますか~?』

「あ、ああ、いるよ!?」


 コンコンと。

 律儀に部屋の扉をノックしたフローラの声が向こう側から聞こえて、俺は思わず声が裏返ってしまった。


 そう言えば二人と同居生活をしていて面白いと思ったのが、このノックだ。

 部屋を訪ねる時はノックをするんだけど、トイレとかにはその習慣が無いらしい。


 トイレのドアが閉まっている=誰かが入っているという認識らしく、ホームステイ初日では妙にソワソワしている二人の姿があったから、俺がどうかしたのかと聞いてみたら『ずっとトイレを我慢しているけど誰か入ってるの?』と恥ずかしそうに言っていた。

 

 だからカナダだと、使っていない時は家のトイレや浴室の扉を開けておくらしい。

 日本では……ていうか俺の家なら使ってるか使ってないかはドアノブの鍵の色で分かるよと説明したけれど、そこは根付いた習慣がまだ抜けないみたいでたまにトイレの扉が開いている時がある。


 深い意味は無いんだけど、扉が開いているとその前に双子のどちらかが入っていたんだよなと変な意識をしてしまう。

 ホームステイ以前に、女の子との同居生活は慣れない事ばかりだ。


「オ、オジャマしま~す……」

「ああ、いらっしゃ……いっ!?」


 そんな現実逃避のようにこの三日間の出来事を思い出していると、俺の部屋の扉がゆっくりと開く。

 そこにはフローラの姿があって、フレイアの姿は無い。

 フローラ一人で俺の部屋に入って来たんだ。


 はからずも、俺の部屋で、フローラと二人きり。

 でも問題はそこじゃなくて、フローラの恰好に問題があった。


「ど、どうですか……?」

「――――」


 俺は思わず言葉を失う。

 単刀直入に言おう、フローラが、めちゃくちゃ可愛かったからだ。


 白地に青のラインが入ったセパレートタイプの衣装は、丈が短くてお腹とおへそがバッチリと露出していた。スカートもとても短くて、ゆったりとした服装を好んで着ていたフローラからは考えられないレベルの露出度である。そして極めつけは両手に着けた銀色のポンポンとくればもう一目瞭然で――。


――フローラが、チアガールの恰好をして俺の部屋にやって来たんだ。


「な、ナオツグ……そのぉ……」

「ご、ごめん……! えっと、フローラが、凄く、か、可愛くて……」

「あ、あうぅ……」


 ヤバい本当に可愛い。

 思わず俺が漏らした本音に、フローラが赤くした顔をポンポンで隠している。

 普段より露出が格段に増えてセクシーなのに、喜怒哀楽がハッキリしているフローラの純粋さが合わさって、凄く凄く凄く凄く……可愛かった。


「……で、でも、どうしたの……その、服っていうか、衣装……」

「あ、あっちで着ていたもので……ナオツグがランニングに行った後に国際便で届いて……着替えてたらナオツグが、帰って来て……」

「そ、そうなんだ……」

「は、はい……」

「…………」

「…………」


 ヤバい、会話が続かない。

 可愛すぎて、会話が続かない!

 今までもフローラの距離感の近さから俺の心が動かされる事はあったけど、今が今までで一番動揺している。


 俺は、相手の服装が変わるだけでこんなに揺れる単純な男だったのだろうか?


 いや違う。

 フローラの衣装が、チアガールの恰好が似合いすぎるのがイケないんだ。


「……ナ、ナオツグ!」

「は、はいっ!」


 そんな何とも言えない沈黙にまた現実逃避をしていると、意を決したようにフローラが俺の名前を呼んできた。

 呼ばれた俺は、つい背筋を伸ばして返事をしてしまう。


 心臓が、とてつもない勢いで鼓動を刻んでいた。


「ナオツグは今、スポーツの服装をしています!」

「ら、ランニングして来たからね……」

「わ、ワタシは今……チアの衣装を着ています!」

「そ、そうだね……」

「だから、今からワタシがナオツグを応援します!」

「お、応援される事してないけど……」

「ス、スクワットしながらワタシを見てください!!」

「スクワット!?」


 途中までは予想できてしまったけど、最後のは完全に予想外だった。

 つまりこういう事だろうか?


 俺の部屋で。

 二人きりのまま。

 見つめ合いながら。

 俺がスクワットをして。

 フローラが俺を応援する。


 そういう事、だろうか……?

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