Alice

寝々川透

第一章

へんてこな蛇

 自分がへんてこな蛇になっている事に気が付いたのは、もちろんその視線の低さを理解したのが発端であるけど、その時はまだ混乱を極め、落ち葉を掻き分けながら右往左往している状態だったため、その時の現状を正しく理解したのは、それから半刻経ったあと、偶然に見つけた湖の水面に写った、天使の頭上に輝くを備えた、これまたの姿があった時のことだ。


 半刻も経ったものだから、幾分かは冷静であったものの、蛇が首を傾げる姿は、その神秘的な容姿も相まって滑稽だった。


 私はもちろん現状を理解していなかったけど(私は断じて蛇ではなかった)、その筋書きの整合性を確認しようとして、再び混乱に陥ることとなった。私は断じて蛇ではないけど、しかし、何者であったかなどは全く思い出せないのである。分かるのは人間であったことだけだ。


 そして女だった。


 名前はアリスだったような気がする。その辺りの情報になると既に茫洋ぼうようとしていて掴みどころがなく、まるで水面の魚のようにスルリと逃げていくような、届きそうで届かない、じれったい感覚だけがうごめいている。


 少なくとも本当に蛇として生きてきたのに、突然私は蛇ではないと騒ぎ立てているわけではないと思うのだ。然るに、この思考回路こそが人間たる証左しょうさではないかと、そう一人思う訳である。


 私が混乱を極めるときは、その思考回路に拍車をかける。事件解決を目前とした敏腕の探偵のような仕草をしながら(蓄えた髭を撫でるなどして)まるで冷静を保っているようなそぶりをするのだ。


 そうすると、やがて本当に冷静とは言わずとも平静くらいにはなれる。脳を使うことで物事を無理やり明瞭にしていく。


 その過程において問題があるとすれば、判断材料となる情報が少なすぎることである。情報を平静に精査した結果、分かったことは自分がへんてこな蛇になっているということだ。


 ああ、そういうことだ、つまるところ、なんもかんも分からないのである。


 私の数多い美点の一つとして、あきらめが早いというのがある。


 考えた結果分からないのであれば、それはどうしようもないことだ。考えはしたのだから、もう後のことは成り行きに任せようと、そういうわけだ。私は木の幹を這いずるように登りながら、ぼうっと自然を眺めていた。


 更に一刻ほど過ぎると、まるで長年付き添ってきた相棒のような感覚で身体を動かすことが出来るようになった。


 意外と速く動ける。結構図体が大きいから、というのもあるだろうけど、色々試しながら、空も飛べた時は、無性に感動した。なんとなく空を飛ぶことに憧れがあったのかもしれない。精巧な人形についているような、非現実的な天使の翼は問題なく身体の一部だった。

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