第11話 100億と泥水
思わず急いでいた足が止まり彼女を見続けてしまう。
「あの。何か?」
彼女の問いに答えられずにただただ見てしまう。
「用がないのならもう良いですか?」
「あ、」
「なんですか?」
なんて言おうか。急いで頭を働かせるも答えは一向に出てこなさそうだった。
「お前の名前は?」
必死に絞り出した答えがこれだった。我ながら悪手すぎると思う。
「はぁ?なんで教えなきゃいけないんですか?」
「昔の知り合いと同じ雰囲気というか、魔法の流れを感じて...」
「人違いですね。さようなら」
人違いなんかじゃない。彼女は、彼女は絶対にあの勇者と繋がる何かを持っている。
「待ってくれ。俺はウル・フリッシュ。クラスは1Aだ。」
「本当に何なんですか?いきなり自己紹介して。ナンパですか?」
「ナンパじゃない。ただお前の方が知りたい」
「気持ちが悪い。」
言い方をミスってしまった。なんてことを言ってしまったのだろう。今まで読んだ小説でもここまでキモイ人物はいなかった。
「私、あなたみたいにキモいし弱そうな男性に興味ないんで」
「俺が弱そうに見えるのか?」
「ええ。とっても」
彼女は自分自身のことを高く見積もっているのか。それとも本当に実力があるからこそ湧いてくる自身なのか。
「お前は見る目がないようだな」
「じゃあ証明したらどう?今ここで」
「やってもいいぞ。やるか?」
30パーセントの力で火炎魔法を放ってやっても良い。本当にあの勇者と繋がりがあるなら防げるはずだ。
「良いですよ。先にどうぞ」
「遠慮なく行くぞ」
俺は腰に据えていた杖を取り、小声で呪文を唱える。
(ここでわざと呪文を間違えて力を抑えよう)
「しっかりと防げよ。フラア!」
槍のように鋭くなった炎が彼女の心臓目掛けて風を切りながら突き進んでいく。
さぁ、彼女は防げるのか。
「はっ」
笑った?今彼女は笑っている。
「バミーア!」
彼女は片手で魔法盾を作り出し、軽々と防いでしまう。
「それがあなたの実力ですか?」
「流石だな。では次は威力をあげようか。」
夢中になっていたせいで周りが見えていなかったせいであの人の不意の声に驚いてしまう。
「そこまでだ。お前たち。この学校内で決闘は禁止だ。」
俺たちの間を塞ぐように担任であるレミ先生は立ち止まり警告をする。
「本来ならば...大事になるが私は別に忙しくなりたいわけじゃない。あーつまり目を瞑ってやると言っている。わかるよな」
「邪魔しないでくれませんか?この人とはまだ」
「もう一度言う。私は忙しくなりたくない」
やはりな。周囲の魔法の流れが乱れている。彼女も相当な実力者らしい。
「さっさと各々の行くべき場所に戻れ。それとウル。お前は私の生徒だったな。これからも面倒ごとは起こすなよ」
俺も担任とやり合うつもりはない。ここは一旦手を引こう。
「最後に彼に話したいことがあるのでそれは良いですか?」
「構わん。」
彼女は近づき、俺の耳元で
「あなたが1Aだということは分かったから。私は1B。これからある『クラス対抗魔法合宿』で私達に勝てれば認める。なんでも答える。もし負けたら罰を受けて。ここで勝敗をつけましょ」
「良いだろう。悪いがお前が思ってるより俺は汚れていない。俺には---そうその高そうな服よりも値打ちがある。」
「これがいくらだか分かってるの?作り手がいないから1億はくだらないわ」
「悪いが俺には100億の価値がある」
彼女はその言葉をきっかけに少しだけ頬をあげる。
「面白いじゃない」
なんとか店はまだやっていて暴れトマトは買えた。本当に最近は落ち着ける状況はないな。入学前のあの魔導書やら小説やらを読みふける時間が欲しい。なんならそれらを読むためにこの学校に入学したのに。
さっき言っていた『クラス対抗魔法合宿』とは何のことだろうか。担任は何も言っていなかった。ま、明日説明があるのだろう。今は帰ってあいつにもご飯を作って急いで寝よう。そもそも無事に寝れるのか心配だ。
「パオオオオオオン」
真夜中だというのに部屋中にゾウの鳴き声が響き渡る。悪い予感は当たっていた。
「うるさすぎる!今夜中なのに何考えてんだよ!なんでゾウの鳴き声が聞こえるんだよ!」
「いや〜目覚ましにどうかなって☆」
「終わってる。まじで。起こさなくて良いのに起こすの意味不明だから」
「え〜じゃあもっと面白い鳴き声に...」
もう嫌だ。こんな変なペット買うんじゃなかった。
「どうした?顔色悪すぎるぞ」
隣の席のレイからは想像つかないような優しい言葉が投げかけられる。いかつい顔して優しいんだよな。
「ちょっと寝れなかった。」
「だからって遅刻してくる?三日坊主にもほどがあるわよ」
もう片方の隣の席のアルネから厳しいお声がかかる。
「まじで俺の部屋で寝て欲しい。あれ地獄だから」
「あのペットが暴れてるの?」
「暴れてる?いや俺を破壊してくる」
俺の身代わりがいるならばそいつの年収は100億はくだらないだろう。
担任がいつも通り気怠そうな足取りで教室に入ってくる。少しこちらをチラ見したような気もしない。
「朝の挨拶の前にお前らに言い忘れてたことがある。明日から魔法合宿行くから。用意しとけ。あ、用意するもんも言ってないのか。今から言うからメモしろよー」
様々な場所から愚痴が飛び交う。隣も例外ではなかった。
「ほんっと。この人は担任として相応しいのかしら。」
「魔術の第一前線で活躍する人としては相応しいと思うぞ。」
「ああ。この人は何か奥底にあるな」
俺は実際に担任の実力が測れるような場面に出会ったからこそ言えるが、彼は既に見るだけで只者じゃないことを見抜けている。
「一週間止まるからなー。じゃあ---必要だと思うものはパジャマ3日分、かなり人気のないところに行くから連絡手段として手紙とペンを持ってゆくのもありだ。」
誰かが手を挙げ、皆が疑問に思ったことを投げかける。
「杖や魔導書は要らないんですか?」
彼女ははっきりと、力強く、間違いがないと言い切るように言った。
「ああ。別段必要ない。必要なのは才能と命、そして頭脳だけだ」
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