第8話 腐っても元
逃走用の車を走らせながら俺は彼女にこの後の予定について聞いてみる。
「逃げ道は確保した。それでどうやって杖を盗む?」
「そうね。彼にはアイデアがあるらしいけど。まぁ覚悟はしといた方がいいわね。どちらにしろ」
「覚悟?」
「私と彼はこういうのに慣れてるけど貴方は慣れていないでしょ?」
彼女は遠回しに伝えてきているのか。
だが俺も元魔王だ。誰にも前世は伝えていないがな。
汚れ仕事ぐらいやってみせる。
車を会場の近くに止め、彼が来るのを待つ。
10.15分程度待っていると外からノックする音が聞こえ、彼が顔を出す。
「さぁ行こうか。これを着ろ」
渡されたのは綺麗で高そうなスーツ一式で、胸元には変なバッジがついている。
「これは?」
「これがなきゃ入れない。どうやって手に入れたかは聞くなよ」
もう理解した。
会場に入ると多くの人でごった返していた。
「席に座るのか?」
「いや。俺とお前は作業部屋に行く。アルネがここに居座るんだ。」
「じゃ、またあとで」
俺は彼と人通りから外れて赤いカーテンをくぐり抜け、従業員スペースに出る。
「こんなとこにこの格好でいたらバレるだろ。」
「だからまずは着替え部屋を探すんだ。」
そんなことを話していると右の角から一人の作業員が現れ、目を合わせてしまう。
「お客様、こちら従業員専用になっておりま」
「バン」
彼は速やかに何の躊躇もなく頭を撃ち抜く。
「血は...落とせるな。これで一着手に入ったぞ」
彼の前世で刑務所に入れられてた理由が分かる。魔法を使わず、銃で終わらせる。
いやこれも一種の魔法なのかもしれない。
「血には慣れているのか?」
「まぁな」
慣れているわけではない。だいぶ前に見ていたものだ。慣れると言うよりかは...拒むのを諦めたものだ。
作業着を手に入れ、作業部屋に入る。ついでに黒いロープで顔を見えないようにしておく。
そんな用意をしたものの運が良いことに誰もおらず照明の操作なども簡単に出来そうだった。
「なんでもう少しで始まるような大事な時間に誰も裏方にいないんだ?」
「アルネが引き寄せてんのさ。クレーマーみたいに。席の位置が悪いやら何やらで。」
なんやかんやそれも汚れ仕事の気もする。
「で、どうしたらいい?」
「俺の合図で照明を落とせ。そうしたらそこの窓から照明にぶら下がっているロープを伝って降りろ。そうすれば目の前にお目当てのものがある」
「そこから急いで逃げろって感じか?」
「ああ。」
そうしているとオークションはまだ始まっていないのにも関わらず、目玉商品である杖が入っていると思われる赤い籠がステージに運ばれていく。
「裏方の奴らが時間に気づいて戻ってくる。今だ。落とせ」
俺は言われた通りにスイッチをオフにし、暗闇にあるロープを伝って降りて行く。
観客のざわめきがこだまし合い、誰もが状況を飲み込めていないようだ。
明かりがないせいで自分までもがどこにいるのか分からないが、先ほど見て記憶した位置を元に赤い籠に触れる。
俺はそれを手に取り、後は脱出の方向だけを向いた時だった。
上から明かりが漏れ出し、周囲に光を届ける。
あれは...火炎魔法で作られた証明か?
「おい!誰だあれは!」
一人の声で一斉に視線がこちらに寄せられてくる。万事休すか。
次の瞬間、右耳のあたりを何かが通り過ぎる。
手で確認すると血が出ていた。
(何の魔法だ?)
人が多いせいでどこから飛んできているのか分からない。目が追いつかない。
大きな何かが身体にぶつかり、籠もろともステージの後方部へ飛ばされてしまう。
籠から二つの杖が飛び出ていた。
「取り押さえろ!」
何人かがこちらに登ってこようとしている。そして斜め奥からはレイが銃を構えているのが見える。だが発砲すればここは血の海になるだろう。
俺は意を決して片方の黒い杖を握る。
「使いたくはなかったんだがな...」
そして...あの時、地獄で学んだ魔法を唱え、杖を目の前にいる奴らに向ける。
「地獄へ道連れ」
赤い光が周囲を照らし、禍々しいそれは前方向に向かって喰らいつくように覆い被さる。
次の瞬間にはほとんどの生き物は気絶し、倒れていた。
彼と彼女を除いて。
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