第60話 勇者の異母姉その4 惨劇
遠目にも、炎を纏った大剣が振り抜かれるのが解った。
(なんで!?どうしてっ!?)
私の制止の呼びかけは間に合わなかった。いや、聴こえていても止められたか解らない。
あの少年は即死だろう。ランスロットの火の魔法剣は岩をも溶断する殺傷力を誇る。生身の人間が耐えられる攻撃ではない。
(お願いしますっ!)
私は神か悪魔に祈ってしまう。
あの少年が万一にでも助かる事をではない。あのエルフを抱いていた少年が、実は極悪非道の悪党である事を願ってしまった。ランスロットが殺した人間は悪党であり、ランスロットが善人である確証が欲しかった。
殺しは殺し。
命の尊さは変わらない等とも言う。それでも身分や立ち位置や主観で、命の価値は変わっていく。
だからと言って、悪者なら問答無用で殺して良い訳でもない。
それでもせめて、ランスロットがこれ以上重荷を背負わないで良い相手であって欲しかった。
「―――え?」
しかし私の身勝手な願いは、違う形で叶えられた。先程の祈りは神ではなく、悪魔に届いてしまった様だった。
(避け―――?)
並の人間…いや、訓練した騎士ですら反応出来ないランスロットの一撃を―――あの少年は難無く躱して見せたのだ。
そして、躱せば当然…
ズガァァァァァァァァァンッ!
「ぎゃああああああああああああっ!?」
炎が上がり、何人もの通行人が吹き飛ぶのを、私の目は捉えたのだった。
「う、そ…」
(嘘でしょ?)
ランスロットが殺してきたのが全員悪党だったとは言わない。
特にキャナビスタ王国でのクーデター鎮圧の際、民主派貴族に付き従うしかない騎士達には、彼等なりの正義や誇りがあった。
クーデターの事など知らず、戦意が無い者は捕虜にした。弱い者は手加減をして生け捕りに出来た。
しかし、それなりの覚悟を以て向かって来た実力者は殺さざるを得なかった。
結局生き残れた捕虜達も、あの女王と姫に全員処刑されたのだけれど。
「なんで貴方はそんなに簡単に人を殺せ――――――あれ?」
無意識にランスロットを責める自分自身に対して、そこではたと気付く。
「………私、人を殺した事、無かった?」
私の得物はハンマーだ。
人間の頭にでも当たれば即死させてしまう。
実際モンスターの頭を粉砕して倒してきた。
人間相手だと、相手との実力差があれば腕や足を狙って手加減も出来る。
しかし、もしも実力差があまり無かったり、そもそも格上相手に対して、不殺の精神で挑んで勝てるだろうか?
逆に負けて殺されてしまうかも知れない。
私は今まで、キャナビスタの騎士達はおろか、野盗相手の戦闘でも人を、殺していない。
(ボス格の相手は…ランスロットがいつも引き受けてくれていたから―――)
強者が二人居た場合はランスロットとクリーガーが請け負っていた。私は前衛とは名ばかりの―――
(足手まとい?)
野盗達もだいたい引き渡せば縛り首になるが、直接人を殺めた事が、私は無い。
何故なら私は冒険者だから。
モンスターを倒して人間を守る冒険者に憧れたのだから。私も、ランスロットも―――
「人殺し」
変わってしまったのがランスロットなのではない。
変わらずに甘いままなのが私だった。そう今気付いた。
ランスロットが率先して人を殺していたから、私は己の手を汚さずに済んでいたのだ。
(そんな事に今更っ!こんな時に気付くなんてっ!)
安全圏で守られていたのは私だった。
彼の気持ちにも気付かずに―――
(ごめんなさい、ランスロット)
これからは私も戦う。私も殺すから―――
「貴方の背負うもの、私も背負うから―――」
ランスロットを前のめりな行動に駆り立てているのは間違い無くキャナビスタ王国での処刑劇だ。
私は目を背けて逃げてしまったが、ランスロットは逃げず、目を逸らさず、あの惨劇を見続けていたらしい。
クーデターの首謀者一族。国家転覆を目論む極悪人。しかし彼等にも家族や愛する者は居た。
それらが罪を裁く名目で残虐に殺された。赤ん坊にすら恩赦は出なかった。高位貴族ですら服毒による安らかな死は認められず、磔にされ、首を斬られ、火で焼かれ、死体は野晒しにされたのだ。
そしてそれを眺めていた民衆達は歓声と拍手喝采を送っていた。
(ランスロットはどんな気持ちでそれらを見ていたのだろう?)
民の為に立ち上がったはずの民主派貴族達は全て処刑されて土地は国に召し上げられた。
そしてその財の一部が国民に還元されたらしい。
その後に待つ重税と比べれば微々たる物であるが、今日生きるか死ぬかの人間達は目先の餌に飛びつき、喜んだ。
私があの時感じた遣る瀬無さを、ランスロットはきっと何倍も強く感じたはずなのだ。
私は王政派でも民主派でもないけれど、あの時にキャナビスタの民主派は死んだと思った。
ランスロットは今、自己の正義を全うした事により起こった結末を消化し切れていないのだ。
自身の正しさを証明する為に戦っている。
(あの少年が悪党だからランスロットが斬ったんじゃない―――)
「ランスロットが斬ったから、悪党なんだ」
事実そうなる。彼はもう勇者なのだから。勇者は何をしても許される。
(それは強いから)
魔王を倒せる程の存在を裁く法を人間は持たない。
私は、腹を括る。
今のランスロットが背負う罪や重責を帳消しに出来る手段はそれしかない。
(ランスロットを勇者にするっ!)
あのワガママお姫様じゃない、私が彼を勇者にするんだ。妹として、家族として―――
「エクレーラっ!グレイスっ!クリーガーっ!」
私は走りながら命令を出す。覚悟は決まった。後はやるだけだ。冷静になればランスロットの行動にも説明がつく。ランスロットは腕っぷしだけの馬鹿じゃない。そんな彼が先制攻撃に踏み切ったのだ。あの少年も只者ではないはずだ。悪だ。悪党なのだ。
「ランスロットの援護をっ!」
やる事は二つ。
敵の速やかな抹殺と、被害拡大を抑える事だ。
あの少年が非道な悪党だったとしても、巻き添えでこの街の住人に被害を出してしまえば、私達もまた悪になる。
(まだ死人は出ていないっ!)
火達磨になっている人間は居るがまだ死んでいない。今ならグレイスの回復魔法で治療が可能だろう。
「まだっ!まだ間に合う―――」
フォボス街の住人達は他の地域の人間達より荒事慣れしているが、それでもほとんどが一般人だ。
パニックになり逃げ出す通行人達でごった返し、私達はなかなかランスロットの元に辿り着けない。
「ランスロットっ!それ以上はだめぇっ!」
私は押し寄せる群衆の向こうで、炎が上がるのを何度も見る。その度に響き渡る悲鳴が耳を貫く。
力負けはしないが、小柄な私は人垣で視線を遮られ状況が解らなくなる。
「エクレーラっ!?」
その時、仲間の魔法使いが風魔法を使って群衆を飛び越える姿を見る。そもそも人間は空を飛ぶ事に慣れていない…と言うか概念が無ないため、風魔法による飛行魔法はあまり一般的ではない。
どちらかと言うと跳躍魔法と言った運用が主だ。
エクレーラの姿が消えたと同時に、彼女が魔法を唱える声が聴こえる。
「
ドドドドドドドドドドドドッ!
群衆の向こう側で土が盛り上がるのが見える。
(
私の中で嫌な予感が膨らんでいく。
これはランスロットとエクレーラの必殺コンビネーションだ。
必ず殺すと書いて必殺。
手強い格上や逃げ足の速い敵を確実に仕留める為の技。
土壁で三方を囲み、開いた前方から灼熱の剣を突き刺す奥の手だ。
「ランスロットっ!」
エクレーラの声がする。
(いけないっ!)
私の視界にも見える位置に跳躍したランスロットが炎の剣を振りかぶる。そして剣が纏うその炎が一段と巨体化する。
あまりの熱と眩しさに、群衆がさらにその場を離れようとし、私もそれに巻き込まれる。現場に近づけない。
「覇王炎殺極龍波!」
ランスロットの叫び声が聴こえた。
「だめぇっ!」
私の声など当然届かず、ランスロットの大剣が地上に向かって炎の龍を撃ち出す。
今度こそ少年は死んだ。
アレを防ぐ手段等無い。
(けど…これで住民や建物の被害は終わる…)
あの技は威力と共に射程距離も広がる範囲攻撃だ。街中で撃って良い技ではない。実際キャナビスタ王宮で放った時は建造物と庭園の一部が焦土と化し、モンスターを大量に駆逐した。
その炎に指向性を持たせ、さらに効果範囲を限定する事で威力を増す事が出来る。これなら周囲への被害も最小限に抑え込める―――はず、だった―――
ドゴゴゴゴゴゴゴオオオオオン!
轟音と共に爆炎が周囲に広がる。
まるで赤い津波の様に、前方の爆心地から炎の壁が迫って来る。
「な、なんで―――!?」
私の驚愕の叫びは周囲の群衆の悲鳴と破壊音にかき消される。
「きゃああっ!?」
熱により肌が炙られる。衝撃で吹き飛ばされる。
エクレーラの
私は疑問符を頭の中に浮かべたまま地面を転がる。少し離れた場所で、赤ん坊を抱えた母親が群衆の塊に潰されるのが見える。流れ弾の炎を受けた獣人の女性の上半身が溶け消えたのが見える。
「ああ、あああ―――………」
私が先程腹に決めた覚悟が揺らいでいく。
ランスロットが殺した相手は悪党、絶対悪でなければならない。ならないのに――――
「どうして、こうなったの―――?」
私は立ち上がる。
周囲は熱と炎で空間が揺らぎ、倒れ伏す住人や破壊された建造物でめちゃくちゃだ。
よろよろと歩きながら先へ進むと、呆然と立ち竦むランスロットとエクレーラを見つけた。
「え?」
そして発見した。
その異様な土のドームを。
☆☆☆☆☆
「エクレーラ?何が、何が起こったの?」
倒れ伏す住民の間を抜けて、冒険者パーティージャスティスがようやく集合出来た。
「こんな、つもりは…」
ランスロットはこの目の前に広がる惨状に動揺を隠せていない。しかし、エクレーラの反応はそれと少し違っていた。
エクレーラは恐怖している。罪の意識とは別のナニカに…
「わ…私の魔法が、か、書き換えられたの…」
呆然と呟くエクレーラが流す汗は、周囲の熱のせいだけではないだろう。
「魔法を?他人の魔法を…奪った、の?」
私も呆けた声を出してしまう。
つまり、あの少年は自身を囲う土壁を奪い取り操作してあの土のドームを作り、ランスロットの一撃を凌いだのだ。
魔法が本職ではない私でも解る。
前衛職で例えるならば、私が振り下ろしたハンマーを途中で奪い取られてしまう様なものだ。
防いだり跳ね返したり等よりも余程高度な技術だろう。
「無刀取り―――」
遥か東方の島国のサムライにその様な技を持つ者が居ると言うが、まさに魔法でそれをやってのけたと言う事は、あの少年は魔法職の達人なのだろう。
わざわざエクレーラの魔法を奪い取り…しかも、覇王炎殺極龍波を受け流せる程の強度で再構築した。
こんな返しをされて自信を失わない魔法使い等居る訳が―――
「エクレーラ?」
私がハッとしてエクレーラを見やると私の予想通り、エクレーラが目に見えて尻込みしている。
「ぃや…むり、むりよ…」
それはそうだろう。
魔法障壁で防がれたり、物理的に突破されるならともかく、魔法の乗っ取りだ。
心を、プライドをへし折るのにこれ程の効果のあるカウンターは無い。
さらに冷静になって見渡せば、連携失敗による街や住人への被害も尋常ではない。
ここで自責の念に駆られなければそれこそエクレーラを軽蔑する。
(エクレーラはもう駄目)
彼女は実力もあるし、魔法大学院を出た生粋のエリートだ。実家も太かったらしいし、お嬢様なのだ。そんな彼女はそれ故に打たれ弱い。今の戦闘中に立ち直れるか解らない。
実際、もっと攻撃力のある魔法を撃ってそのまま返される可能性も高い。エクレーラを前線に出すのは危険過ぎる。
「プリム…ど、どうする、の―――?」
「どうするって…それは―――」
私にもどうすれば良いか解らない。
あの少年は生きている。あの土のドームの中に居る。状況的には彼は袋の鼠であり、絶体絶命のはずなのだ。
しかし実際は真逆だ。あの土のドームは、まるで得体の知れない魔物の卵の様な存在感を放っている。
ランスロットとエクレーラのコンビネーションをいとも容易く防いで見せたあの少年が、あの卵を破って出て来た時、私達は本当に勝てるのだろうか?
(私達はもう、取り返しのつかない所まで来てしまっているのかも知れない………)
押し潰されそうになる不安の中、私は愛用のハンマーを握り締めたのだった。
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