第59話 なんか勇者来た。

「聴こえたぞ?ちゃんと犯してやるだと?気持ち良くしてやるだと?」

 そう言ってその男は腰に下げた剣の柄に手を伸ばす。

「そのエルフの体をそんな風にしたのは貴様だと言うのは本当か?」

 足を肩幅に開き体の力を程良く抜いている。

「その上さらに、もっと酷い事をしてやるだと?」

 熱に浮かされた様に激情に駆られた瞳とは対照的に、その肉体を覆う魔力は酷く冷たく落ち着いている。

 身体強化内・外を完全にコントロールしている。

(強い)

 それは間違い無い。無いんだけども、そんな事よりも―――

 

(なんか知らん奴にすっげー話しかけられておる)

 なんなんだコイツ?誰よアンタ?

「?」

 ほら、シルクさんも不思議そうにしていらっしゃる。小首を傾げてて可愛い。


 えーと?そもそも最初は何を訊かれたっけか?

(シルクを何処で手に入れた?だっけ?)

「コイツは襲って来たから返り討ちにして捕まえた。正当防衛ですん」

「………」

 おい。折角答えてやったのに反応無しかい。失礼な奴だなぁ。

 あとなんてったっけ?なんか名乗ってたよな?ラン?ランラン…ランランルー?

「ランランルー?」

 声に出てた。

「………ランスロットだ」

 ランスロットだぁ?やっぱ知らねーわ。

(…いや?最近…いやいやついさっき名前聞いたな?いや、読んだな。ありゃぁ確か…)


「血塗れの勇者ランスロット?」


ビキッ


 …てゆー音がしたんじゃねーかと錯覚した程、ランスロットの顔が引きつる。

(うわお?ご本人様登場かよ)

 キャナビスタに居るんじゃねーのかよ。なんでこんな所居んだよ。


 ふーん、思い出した思い出した。魔法屋のクソババアが読んでた新聞の一面記事だわ。

 キャナビスタ王国クーデターの、首謀者一族郎党粛清。リファーナ姫を救出…しかしそれよりもインパクト大だったのは………


「赤子殺しの首斬り勇者」

「―――っ!………」


 まぁとは言っても新聞には有る事無い事書いてあるもんだ。

 内容も正確性に欠け、大袈裟に誇張されて書かれてるだろう。

 おもしろそーじゃないと読んで貰えないもんね。


 婆さんが持ってるのをザッと流し読みした内容では、勇者ランスロットは愛するリファーナ姫の為、正義の鉄槌を自ら下したんだって。愛剣を振るって首謀者一族郎党を妊婦や赤子まで鏖殺したそーな。

 しかしこの微妙な反応。多分殺ってねーな?実際やってたらドン引きだわ。


 それも解った上で、俺はうろ覚えの内容を思い出しながら口に出してやる。

「妊婦の腹を裂いて取り出した胎児の首を刎ねたんだって?すっげーな〜俺には無理だわ。すごいすごーい」

 俺がシルクを抱きかかえたまま器用に手を叩いて喝采を送る。

 ビキビキと顔が歪んでく勇者様。あらやだ怖い。


「そのエルフの名は、何という?」

(マジかコイツ)

 俺の友好的なお言葉フルシカトして自分の言いたい事しか言わないじゃんよ。

 自己中の極みだねこりゃ。

 こんな無礼な奴に教えてやる義理は無い。

 俺もシカトして通り過ぎよーっと。

 人混みにまぎれりゃ追ってこれまい。


「私はシルク。エスペルのお嫁さん」

「あ」

 ムフーッと鼻息を吐き出しながらシルクさんが名乗り上げる。名前を訊かれて素直に答えるとかちっちゃいこかな?ちゃんちゃいかな?


「そうか………ならば」

 ランスロットが剣を抜き放つ。

 その所作には殺気は込められていなかった。

 だが…

「おおー?」

 掲げられた剣に魔力が集まっていく。

 剣の内部と外部に魔力が集まり剣そのものの耐久力と斬れ味、射程距離が強化されるのが解る。

 それからさらに灼熱の炎が剣を纏う。

(魔力コントロールは俺より上か)

 魔法剣。


「死ね」

 ランスロットがボソリと喋る。そして―――


ゴオゥッ!


 炎を纏いし魔法剣が振り抜かれる。

(まぁでも、当たらないですわー)

 喰らえば大ダメージ必至だが大味過ぎる。

 俺はランスロットの一撃をひょいと躱す。

 躱せば当然…


ズガァァァァァァァァァンッ!


「うぎゃああああああああああああっ!?」

「きゃああああああああっ!」

「ああああああっ!?」

 俺の背後の通行人達が炎をまともに受けてぶっ飛んだ。



☆☆☆☆☆



「おいおいマジかよ?こりゃ新聞の見出しも意外に真実か?」

 火達磨になって転がる通行人。

 半壊した商店。

 パニックになり逃げ出す住人。

「これが勇者のやる事かよ?」

 同じ勇者として許ちぇにゃい!


「悪党は許さない」

「うおっ、危ねえ」

 ランスロットはぶんぶかぶんぶん炎の魔剣を振り回して来る。

 真っ正面から殴り合っても良いんだが、今日は日が悪いなぁ。

 シルクを抱っこしてるってのもあるが、あのメンヘラの魂にぎにぎ攻撃のせいで上手くダメージが回復していない。

 この赤ちゃん殺しの熱々ブレードなんぞで死ぬ気は無いが、回復魔法を中断すると首が千切れるだろう。


「おーい勇者様ー?無辜の民が巻き添え喰って燃えてますがー?」

 俺は当然この妊婦腹裂き勇者の攻撃は避ける。

 するとそのたんびに周りが燃える。

 これ、俺の所為じゃねーよな?

 てーかシルクを名指しで殺しに来てるって事はあれか?エルフと敵対でもしてんのかね?まぁ事情は知らんが―――


「嫁は守るぜ」

 俺はシルクをしっかりと抱き直す。

「エスペル、素敵」

 シルクがうっとりした顔をしてる。状況解ってんのかね?アホの子だったのかな?まぁバカな娘ほど可愛いけどよ。


「そのエルフを渡せ」

「嫌なこった」

 さっきっから俺ごとシルクをぶった斬ろうとしてるもん。引き渡せば八つ裂きにされて燃やされるだろ。

 燃えカスにされたら流石にもう治せんよ。


 そんな感じで火で炙られつつ紙一重で躱し続ける俺。

「時間を稼げば助けが来るかと思ったんだが…」

 この街には国による治安機構が無い。騎士団とかな。

 だが街を牛耳る組織の自警団みてーなもんがある。

 そいつらの介入を期待してたんだけどね。


「そっちの増援のが早いか」

 新聞には仲間の事は書いてなかったな。

『土壁』アースウォール!」


ドドドドドドドドドドドドッ!


 俺とシルクを囲う様に地面が盛り上がり土の壁が出来上がる。

 『土壁』アースウォール。名前そのまんまの魔法でぃす。土の壁を作る。シンプルだが応用力があるでぃす。味方を守ったり、敵を隔離したり足止めしたりするでぃす。土木作業魔法でぃす。


「なるほどなるほど殺る気満々やね」

 もしかすると、シルクの仲間とかが勇者に泣きついてシルク奪還の依頼でもしたのかと思ったが、攻撃の一手一手の殺意が高過ぎる。

「そんなに俺の嫁殺したいのかよ」

 俺の心にドス黒い炎が生まれる。


 俺達の背後と左右に高い壁が出来ているが正面は開いている。しかしそっちに逃げ場は無い。

「ランスロットっ!」

 女の声がする。仲間か?

「応っ!」

 空高く跳躍したランスロットが炎の剣を振りかぶる。剣が纏う炎が一段と巨体化し太陽が地上に降りて来たのかと思う程に周囲の温度が上がる。


「あいつか」

 さっきの声の主か?逃げ惑う住人の中、杖を構えた女魔法使いが居る。

「んだあの女。犯すぞ」

「エスペル、めっ!」

 シルクさんの髪の毛が俺の首に巻き付いて絞め上げてきたよ。

「やめやめギブギブ」

 焼き餅は可愛いけど髪の毛で首絞めて来るのは怖いいよ。


「覇王炎殺極龍波!」

 必殺技の名前を叫びながら虐殺勇者ランスロットが炎の魔法剣を振り降ろす。纏っていた炎はまるで炎の龍…いや蛇だな…炎の蛇の様に空中を走り俺達へ向かって来る。

 うん。アレ喰らったら熱そうだよね。土壁で逃げ場が無いから威力も上がる。

 まともに喰らえば人間松明の出来上がりだわ。

 俺の今のコンディションの身体強化じゃ防ぎ切れまい。

「喰らえば、ね」


(えーと、どうやんだっけ?)

 俺は左手でシルクを抱き支えて右掌を土壁に付ける。

 その右掌から水を発生させる。魔力を直接水に変換する人間魔法。

 ケイオス地方の土は乾いており水を良く吸収する。あっという間に土は泥へと変わる。

 そして水…つまりは俺の魔力をたっぷりと含んだ土の壁を構成する魔術式を―――


(上書きし奪い取るっ!)

『泥濘』マイア

 ヴェー…ナハティの元仲間の女魔法使いが使ってた様な気がするヤツをやる。


『土檻』アースケージっ!」

 乗っ取った魔術式をコントロールして別魔法を発動。半分泥濘化させて変形し易くした土壁を俺達の頭上に展開し、ドーム型の密閉空間を作る。

 だが俺の魔法力で拵えたこの程度の土塊じゃ、あの子殺し勇者の一撃は防げまい。だからさらに上乗せする。


「身体強化拡張」

 俺の右掌が触る土壁を衣服等と同様に肉体の一部と誤認させ、土のドームとなっている『土檻』アースケージの天頂部を強化する。


ドゴゴゴゴゴゴゴオオオオオン!


 視界は塞がれているが、炎の蛇が土のドームに衝突してのたうっているのが解る。壁越しに凄まじい熱量を感じる。額に汗が浮かび呼吸も苦しくなる。

「ちょっと蒸し暑いけどごめんな?」

 俺は水を操りシルクの顔を冷やす。

「ありがとう。大丈夫」

 シルクは安心しきった顔で俺を見上げて来る。

(まいったね、どーも)


 そんな真っ直ぐ信頼した目を向けないで欲しいぜ。俺を信じて疑わない。俺の勝利を信じて疑わない目をしている。

「…お、収まったか?」

 攻撃が止み、自然と土壁が崩れ始める。

 その時―――


「ぬぅぅぅぅぅぅぅん!」

 俺の左手側、シルクを抱える側の土壁が爆砕して何かが飛び込んで来た。

「ちっ!」

 油断をしていた訳ではない。避けようと思えば避けれた。シルクに怪我をさせるつもりも無い。しかしそうすると、俺が買ってやったシルクのドレスが汚れる。破ける。シルクは気にしないかも知れないが…


(シルクが泣くのは見たくねぇ)


 俺は反射的にそちらに背中を向ける。その俺の背中に―――


「ふんっ!」

「ぬぐぅっ!?」


 何者かの拳が突き刺さる。

(痛ぇっ!?)

 なんだ?

 普通の打撃じゃねぇぞ?

 身体強化で―――


(防げねぇっ!)

 俺は踏ん張り切れずに吹っ飛び右側の土壁にぶつかり、そのまんま突き破る。攻撃して来た相手を確認する。僧服の男だ。後衛職だしそもそも素手だ。


(なんだコイツは?修道士かっ!)

 メンヘラ元嫁の魂攻撃とは違う。アレほどの理不尽さは感じない。だが身体強化を無効化、突破してきた。


「回復魔法の応用か―――!」

 肉体は、優しく触れられると自然と弛緩する反応をする。それと同じく魔力も、柔らかく優しい魔力反応を受けると魔力の波が和らぐ。

 今オッサンは俺に回復魔法をかけて魔力反応を抑えて中和し、防御を貫通させて打撃を浴びせて来た。非効率にも程があるし魔力の無駄遣いもいいとこだ。


 殴る。ただひたすらに拳で殴る。

 

 その為だけに特化した戦法だ。思いつく奴が居てもやる奴居るか?

 身体強化した拳でぶん殴る俺と真逆だな。

 身体強化を無効化して自力の肉体で殴り合おうってか。イカれてやがる。


「赤ちゃん殺しとはまた違ったタイプの狂人来たコレ」

 このオッサンマジでヤバイぞ。救いの気持ちを込めて相手を殴り殺せる。それに身体強化を抜きにしたら俺はまだ成人したての十五歳。修道士のオッサンは縦も横もデカイ筋骨隆々の大男だ。

 素の肉体じゃ勝負にならん。


「こっちのが赤ん坊殺しより厄介だな」

 正味な話、威力は高いが穴だらけの大技よりも、こう言う小細工無しの肉体勝負のが面倒臭ぇ。

 俺自身もそうだが、こんな土地を手ぶらでぶ〜らぶらしてる奴が一番怖ぇんだ。


 俺達が飛び出した穴からひびが入り、表面が炭化していた土壁が完全に崩壊する。

「!?」

 足元がふらつく。

 今の俺は常に回復魔法をぶん回してる状態だ。

 だからこそ、今の俺限定の弱点は回復魔法だ。

 他人からの回復魔法…つまり余計な術式の重ね掛けをされると本来の自動回復に支障が出る。


「くそっ。傷が開いちまった…」

 俺が毒づく。

 折角身を呈して庇ったのに、俺の顔や首から垂れた血がシルクの真っ白なドレスに赤い染みを作る。

「エスペル…」

 シルクが心配そうに俺を見上げてくる。いかんいかん。

「また新しいドレス買ってやるよ」

 俺はシルクの頬を撫でてやり、安心させてやる。

 

 そして周囲を改めて警戒し、ちょっと呆れる。

「ありゃりゃ、こりゃ酷い」

 『土檻』アースケージの中に居て解らなかったが、周囲の惨状が酷い事になっておる。

 どうやら炎の蛇は土のドームにぶつかり四方八方へ拡散したらしく、被害も拡大していた。

 近くにあった木造家屋に延焼したらしく、あちこちの建物が火事です火事です。


「あちち。あっちゃっちゃー火の海だよ」

 たいへんたいへん。

 火達磨になって転がってる奴のがまだ良い方で、俺達の近くに居たらしい親子連れは仲良く黒焦げだ。

 立ったまんま炭化してる。


「新聞も結構正しいんだなー」

 まさか記事内容通り、いやそれ以上の無茶をする奴とは思わなかったぜ。

 ここの住民には何の罪も無いだろう?

 まぁ無謀都市だからいくら殺しても良いってんなら良いけどよ。親子焼殺勇者様。


「てか、何やってんだあいつら?」

 俺がのんびりと体調と魔力を整え思考整理が出来たのは追撃が無かったからだ。

 なんか揉めてんな?

 仲間割れか?あっちの人数は四、いや五人か。

 どうやら全部で五人パーティーみてーだな。


 ランスロットの腕を掴んでる小柄な女が居る。その女とランスロットがなんか言い合いしてる。周りが阿鼻叫喚の地獄絵図だから声までは聞こえないけどよ。

 なんかゴツいハンマー持ってるけど、ツインテールが可愛いね。

 犯したい。

「さて、どうする?」

 逃げるか?戦うか?当然―――


「ぶち殺す。売られた喧嘩なら買ってやるよ」

 俺は魔力を練り上げる。ダメージは残ってるがあのメンヘラ元嫁と戦うよりゃ全然マシだしな。


「勇者ランスロット、魔法使いの女、殴り合い特化のオッサン、胡散臭そうな剣士に、ハンマー小娘」

 どれから潰すか。

 選り取り見取りだなぁ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る