第52話 勇者の異母姉その2 魔薬中毒者と奴隷エルフ

 目立たない様に、だがなるべく急いで、宿場町や寂れた農村等を移動する私達冒険者パーティージャスティス。

 ようやくアレストラ王国の国境が近付いてきた。そんなある日の事だった。


 そこは名前も無いスラム街の様な町だった。

 表通りの店はほとんど閉まっており活気が無い。浮浪者があちこちで寝そべっている。だが彼等の顔に悲壮感は無い。

(魔薬…)

 へらへらと幸せそうに笑っている男の歯はボロボロで目は濁っている。体は痩せ細っているのに、何故か生命力と魔力は強く感じる。

 元々は兵士に恐怖を忘れさせ魔力を一時的に上げる戦争用の薬物だったらしい。しかしその時に出る脳内麻薬による恍惚感に目を付けた悪い組織が、手軽にエクスタシーを得られるドラッグとして密売をし始めたのが始まりだとか。


「魔薬か。なんとか出来ないのか?」

 路上の魔薬中毒者達を見たランスロットが歯痒そうにしている。魔薬撲滅もジャスティスの大目標の一つだ。魔王討伐と同じくらい困難かも知れないけれど。

 戦争に犯罪に、魔薬は使われて来た。

 国によっては合法の場合もある。一律に世界中で取り締まるのはきっと難しい。

 そんな時だった。


「―――なんだ?この声?誰だ?」

 ランスロットが突然立ち止まり辺りを見回し始める。

 私も気付く。何処からか女のくぐもった声が聴こえて来る。

 と思ったらランスロットが走り出してしまった。


(あーもうっ!またぁっ!?)

 こうやって女の子のピンチに駆けつけるのは素敵だと思うけど、キャナビスタではそのせいで大変な目に遭った。

 だからってあのワガママお姫様が酷い目に遭えば良かったとは言わないけどさ。


 ランスロットを先頭に私達は空き家だろう廃屋に突入する。するとそこには、五人の男と一人の女の子が居た。

「貴様らぁっ!」

 ランスロットが激高する。

 その女の子は男達に乱暴されていた。同じ女として慣れたくないけど見慣れた光景になってしまった。野盗退治とかでは、もっと酷い場面もたくさん見てきた。


「エルフ?」

 血と汚物で汚れたその娘の耳は長く、人間離れした整った容貌をしている。

「な、なんだてめぇらぁっ!」

 男達が丸出しの下半身をそのままに手に手に武器を取る。

 しかし、ランスロットの剣のが速い。

 瞬く間に四人を斬り伏せた。

 あまりの早業に残りの一人は剣を放り出して手を上げる。


「ま、待てよ。俺達はこのエルフをちゃんと金で買ったんだぜ?」

 身形が良い…まさか貴族?まさかね…

「エルフの奴隷売買は法律で禁止されている」

 ランスロットの声は固く、有無を言わさない。そもそも人間の奴隷に対してもランスロットは嫌悪感を抱いていた。それも合わさって怒りが増しているのだろう。

 クリーガーは他に仲間が居ないか屋内を調べてる。エクレーラはエルフの顔や体を拭いてやっている。グレイスが回復魔法をかけているがその顔は険しい。エルフの首には首輪が付けられていた。

 

「そ、そりゃお前らの国の話だろ?俺の国では禁止されてないし、コイツはケイオス地方でちゃんと買ったんだ。領収証もある」

 男はしどろもどろになっている。だが嘘ではないだろう。この辺りでエルフの奴隷が買える場所は限られている。

 ケイオス地方はエルフの奴隷は黙認されており、売買は咎められない。取り締まる法も国も無いのだから。

 

 ここアレストラ王国では売買は非合法だが所持だけならグレーゾーンだ。キャナビスタ王国にしろエルフ奴隷の売買は認められてはいないが、他所で買い取って奴隷としたエルフなら、売買目的でなければ従者、または備品、財産の一部として所持が許される。

 しかし…問題なのは―――

(この辺りでエルフの売買が合法な国って確か―――?)

「だがアレストラ王国内では禁止されているはずだ」

 ランスロットの剣がピタリと男の喉元に突き付けられる。


「だっ!だからぁっ!スカムバーグに帰る所だったんだって!ちゃんと契約書も交わしてるっ!帰る前にちょっと味見してただけだろーがっ!なんでてめぇなんかに文句言われる筋合いあるんだぁっ!おおっ!殺すぞガキがぁっ!」

(犯罪国家スカムバーグっ!まずいよランスロットっ!)

 私が胸騒ぎを覚える。盗賊だか山賊だかが興した国だ。国民全員犯罪者とは言わないけど、犯罪に関しての規制が緩い。最高刑は死刑ではないし、金さえ払えばどんな大罪も赦免される犯罪天国。


「このエルフは俺んだぁっ!死ぬまで犯し抜いてやらぁぁぁぁっ!」

 男は目を血走らせて口から泡を飛ばす。自分の首に白刃が突き付けられてる事を忘れたかの様に興奮し始めた。と言うかランスロットに詰め寄った所為で首が少し切れてるけど気にした素振りも無い。これは―――

「魔薬常習者か。救いようが無いな」

 ランスロットが軽蔑し切った声で吐き捨てる。


「元々傷物の奴を安く買い叩いたんだがよぉ!死んだら死んだで剥製にして飾っても良いよなぁ!あひゃひゃひゃひゃっ!」

 男が狂った様に笑い出し剣を振りかぶる。狙いはランスロットでなく、エクレーラが抱き起こしているエルフ―――


「殺らせん」

 しかし、ランスロットの剣が一閃し男の首を刎ねる。血飛沫を撒き散らし倒れる男。

 サッと男の死体に近寄り衣服を確かめるクリーガー。

「…スカムバーグか。ちと厄介な事になったな」

 そして面倒臭そうに頭をガリガリやる。

 まさかとは思うが…


「スカムバーグのお貴族様だな。魔薬に奴隷、お上品なご趣味ですこと」

 クリーガーは男達の顔を削いで顔の判別がつかない様にしていく。

「本当は燃やしたいが、町中だしな」

 クリーガーは懐から財布や貴金属を回収する。金目の物が無ければ物取りの犯行に見えるかも知れない。


(また殺しか…マズイなぁ…)

 私の心の中に暗雲が立ち込める。

 酷い目に遭わされた女の子の為に怒れるランスロットやクリーガーは立派だと思うけど、少々やり過ぎなきらいがある。

 私だってこんな連中居なくなった方が世の為だとは思うけど…


(殺し過ぎてる)

 ランスロットはギルドから注意されていた。余り他人と揉めるなと。

 ある時、暴行を受けていた女性を助けて、犯してた男を殺した。だが蓋を開けてみたら女は結婚詐欺師で男から大金を騙し取っていた。

 ギルドが仲裁に入ってくれたが、男の父親の豪商がランスロットに殺し屋を差し向けて来て大変だった。その刺客も全員返り討ちにしてしまった。


 キャナビスタ王国での首謀者一族粛清の件もそれらに絡めて喧伝されてしまっている。

 曰く、悪を許さぬ苛烈なる正義、勇者ランスロット。

 悪と定めた相手が赤子でも女でも容赦無く正義の鉄槌を下す公平なる勇者ランスロット。

(そんなのランスロットじゃないのに…)


 私の知ってるランスロットと勇者ランスロットがどんどん乖離していく。このままだと、そっちのランスロットのが本物になってしまいそうだ。

(モンスターをやっつけてれば世界は平和になると思ってたのに…)

 目を背けるのが正しいとは思わないけれど、ランスロットの正義は少々、いやかなり厳しい。厳し過ぎる。


「ギャアアアアッ!アガアアアアッ!?」

 その時、突然エルフが絶叫を上げた。

「いかんっ!隷属の首輪かっ!」

 隷属の首輪。奴隷が主人に逆らえなくなる魔道具だ。

「精霊魔法を操る森の戦士たるエルフが、クズ共にいいように弄ばれてたのはこの首輪が原因か!」

 クリーガーも悔恨の表情を浮かべている。

 何故なら、弱っていたエルフにトドメを刺してしまったのがランスロットだからだ。


 隷属の首輪は安物から高級品までピンキリで付与効果も様々だ。呪文を唱えれば苦しむ物から、念じるだけで命令出来る物まである。他にも―――

「主人が死ぬと道連れにするタイプかっ!くそっ!」

 ランスロットがエルフの首を一閃。

 見事、隷属の首輪だけを真っ二つにする。

 しかし…


「駄目だ。助からん。魔薬も強引に打たれた形跡がある。私の魔法では無理だ」

 グレイスが神妙な顔で呟く。無表情だが噛み締めた唇から血が流れている。

「くそっ!」

 エルフはさっきの男が言っていた様に元々体に傷を負っていたらしい。雑な治療の痕があった。その為に隷属の首輪の呪いに耐え切れなかったのだろう。

「また間に合わなかった―――」

 ランスロットが歯噛みしている。

 ランスロットは肝心な所で間に合わない事が多い。と言うか、最早手遅れな人々に手を差し伸べ過ぎている。


「ヒューッ…ヒューッ…」

 エルフは今にも消えてしまいそうな命の残り火を瞳に宿し、何かを訴えて来ている。

 その時だ…


「なんだ?」

 エルフの体から流れている血が何かを描いていく。血を操っている?身体強化の延長だろう。己の体から流れる血に魔力を込めて血文字を書いているのだ。


「ちょっと待って、読めないから少し退いて」

 エクレーラが私達を退かし、血文字を凝視して読み始める。

 しかしもう、エルフは最期の力を振り絞っているのだろう。ちゃんとした文字になっていない箇所も多い。私もエルフ語はうろ覚えなので、私達の中で唯一読めるのは魔法大学院を出てるエクレーラぐらいだろう。


 ところどころ途切れてる血文字の文章を、なんとか読み上げていくエクレーラ。

「私達、隠れ里…森燃やされた。御神木…枯れた?ハイエルフ…殺されたっ!?」

 エクレーラが大きな声を出して驚愕している。エルフ種の進化形、ハイエルフ。それは単に偉いとかでなく、種としてもう別物と呼べるくらいに強いらしい。

(そんな存在が…殺された?)


 唇を震わせながらもエクレーラは続きを読んでいく。

「魔境…で追いつく、人間、強い―――エルフ、全滅………」

 とんでもない話だった。このエルフはたまたま運悪く人間に捕まっただけではなかった。それまでの経緯がヤバ過ぎる。


「ハイエルフの殺害…下手をすれぱ国際問題だ…」

 皆が黙る中、いつもは寡黙なグレイスが唸る様に呟く。その通りだ。ハイエルフはエルフ達の王族とも呼べる者。それを人間が殺し、あまつさえ追手のエルフ達を返り討ちにしてしまった。


 魔境とケイオス地方は近い。このエルフはなんとか生き残り、命からがら魔境から脱出したところを奴隷商にでも捕まったのだろう。

「…仲間、一人、連れ去られた。助けて…欲しい―――」

 エクレーラが読み上げながら私達を見回す。


「確かにスカムバーグではエルフの、亜人種の売買は合法だ。その国では正しいのだろう。だが―――」

 ランスロットの剣を握る手に力が籠もる。


「僕がそれを認めない。そんなものは正義ではない」

 そう断言したランスロットが跪いてエルフの手を取る。貴婦人に対する様に指先に口付けし、エルフを見つめて語りかける。

「解った。君の依頼を受けよう。必ず仲間を助け出すと約束する」

 ランスロットが死にゆくエルフの手を握り力強く頷いている。

 するとその意思が通じたのか、微かに微笑んだエルフは…そのまま動かなくなった。


「…死んだわ」

 エクレーラが疲れた様に言葉を吐き出す。

「元々傷が深かった。エルフの隠れ里は人間が簡単に踏み込めない様、魔の領域の近くに敢えて作る。魔境のモンスターにやられたのだろう」

 淡々と語るグレイスだが一番悔しいかも知れない。彼は教会と袂を分かったため、あまり高位の回復魔法は使えない。四肢欠損や重要な臓器の破損は治せない。

 皆が悲しみに暮れている。

 それはそう、とても素晴らしく尊い事だとは思うの。死んじゃったエルフは可哀想だし、ハイエルフ殺害なんてとんでもない大事件だし、そんな事を起こした犯人は大悪党だ。

 だけど―――


「ねぇ?大丈夫?闇クエストになっちゃわない?」

 冒険者ギルドに通さずに直接依頼人からクエストを引き受ける事は出来なくはない。

 だがリスクがある。もしも犯罪の片棒を担いでしまった時に冒険者ギルドに庇って貰えなくなる。


 エルフは排他的で人間嫌いでも有名だ。この目の前のエルフが悪人だと思いたい訳ではない。しかし、今語った内容が偽りだったら?真実なんて保証は無い。今際の際の言葉だから信じる?そんな短絡的で良いの?もしもエクレーラの解読が間違っていたら?ハイエルフ殺しはまた別として…エルフ側に非がある可能性もゼロではないのに。


 私が躊躇するのも仕方無いと思う。

 キャナビスタ王国では、拐われてた可哀想なお姫様を助けただけなのに、クーデターの鎮圧をするハメになった。革命軍は国家転覆を狙う欲深い者ではなく、重税に苦しみ明日生きるのも困る貧困層と、それを助けんとする義憤に満ちた貴族達だった。

 

 正しい者が正義なのではない。自らの正義を押し通せる強い者がその他の正義を踏み潰すだけなのだ。このエルフの味方をするに足る確証が欲しい。でなければさらにランスロットを追い詰める事になりかねない。


「俺は俺の正義を遂行する。信じてついてきてくれるだろ?プリム」

「う…ん…」

 私は私の想いを飲み込む。不安や疑念を覆い隠す。こうなってしまったランスロットはきっと独りでもエルフ救出に向かってしまうだろう。説得は不可能だ。

(貴方に危険な事をして欲しくないのに…)


「エクレーラ、その拐われた仲間のエルフの名前は?」

 ランスロットがエクレーラに問いかけている。

 エクレーラは滲んで消えゆくエルフの血文字を再度追う。


「シルク…だそうよ」

 シルク、それが人間に拐われたエルフの名前。


「次のクエストが決まったな。偶然にも目的地だ」

 嫌な偶然…本当に偶然なの?

「ケイオス地方に行き、シルクと言う名前のエルフを探し出し、エルフの里へ帰してあげよう」

 ランスロットの心には…いえ、私達ジャスティスには、不可抗力とはいえ粛清に加担してしまった負い目があった。それを払拭するため、贖罪のため、一人でも多くの者を救けたい。

 それは間違い無く本心だけど………


「きっと酷い目に遭わされてるわ。もしもそれが拐った人間の仕業だったら?」

 エクレーラが怒りに燃える瞳でエルフの顔を撫でている。

 間違い無く碌な扱いはされていないだろう。エルフを拐って売り、それを買う人間…ランスロット基準でそれらは悪として断罪されるべき存在だ。例え相手が貴族だったとしても。


「殺す。そのエルフと同じ目に遭わせてから殺してやろう」

 義憤に燃えるランスロットの瞳を見て、私は嫌な予感で胸がいっぱいになるのだった。

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