第51話 勇者の異母姉その1 ランスロットとプリム
「……うぅん…ありゃ?なんか目覚めちゃったな…」
私はベッドから起き上がる。
隣のベッドにエクレーラは居ない。まだ寝てないみたいね。まだ皆で飲んでるのかな?
この宿屋は一階が酒場と食堂になっている。
「はぁ、どうしてこんな事に…」
私達はキャナビスタ王国軍から、厳密にはリファーナ姫から逃げている。キャナビスタ王国の次代の女王の座が約束されている王位継承権第一位リファーナ姫。
「確かにあの娘、ランスロットにお熱だったけどさ…」
ランスロットにその気は無い。
リファーナ姫はそれはそれは美少女だったけど、まだ確か十二歳とかだったかな?子供なんだよね。年齢の割には妖艶で大人びてはいたし、何より…
「怖い子だったけど」
エクレーラが言っていた様に私を見る目が尋常ではなかった。まぁ私、いつもランスロットとは一緒だったからね。
私とランスロットは腹違いの兄妹だ。
元Aランク冒険者、魔法使いヴィヴィアン。ランスロットの実の母親、通称ヴィヴィ母さん。
元Aランク冒険者、重戦士エレイン。私プリムの実の母親。通称エレママ。
私達は二人の母親と、かたっぽだけ血の繋がった兄妹の四人家族だった。
昔、冒険者をやっていたヴィヴィ母さんとエレママが同じ男の人とパーティーを組んでいて、三人でそう言う関係になったらしい。よく修羅場にならなかったものだ。いや、何回かなったって言ってたな。お父さんは旅の途中で色んな女の子に手を出してたらしいので。
(私達の他に異母姉弟が居るかもとか…笑えない冗談よね)
そんでもって、ヴィヴィ母さんの妊娠が発覚。エレママはヴィヴィ母さんのお世話をする為に残る事を選択。私達の父親はお母さん達を置いて次の冒険へ。
(それって酷くない?)
そしてエレママの妊娠も発覚。二人は泣いて喜んだらしい。これで本当の姉妹になれたって。赤の他人で別に恋愛感情とかは無いらしいんだけど、仲良しなのよね、うちの母親達。
なので私達にお父さんは居ない。戦士職だったエレママが漢らしいっちゃ漢らしいかな?魔法職だったヴィヴィ母さんも凄く気が強いけど。
(ランスロットの頑固なところはヴィヴィ母さん譲りよね)
二人のお母さんは正義感も強いし戦っても強い。
剣や槍等の武器の扱いはエレママから、魔法はヴィヴィ母さんから教わった。
(私は魔法の才能あんま無いんだけどね)
二人のコンビネーションは今でも凄くて、ランスロットでも二対一でタッグを組まれたら勝てないと思う。
そんな複雑な家庭環境で育った私達は成人後、当然の様に冒険者になった。そしていずれは高ランク冒険者として名を馳せる事が夢ではあったのだけど…
「勇者ランスロット…かぁ。ランスロットは私の事、妹の様に思ってるんだろうな。実際に妹だけど」
(リファーナ姫が私に何かしようとしたら怒ってくれたかな?)
「いや、確認する前に殺されちゃいそう」
ランスロットは勇者になりたくて冒険者になったんじゃない。困ってる人を助けたくて剣を取ったんだ。
それなのに………
「あれをランスロットの功績に数えないで欲しい」
クーデター首謀者達の粛清はランスロットの手柄となった。その功績を以てキャナビスタ王国はランスロットに勇者の称号を贈り付けて来た。
「気持ち悪い…」
思い出すと吐き気がしてきた。
首謀者の一族郎党処刑の時、泣き叫ぶ母親の目の前で赤ん坊の首を刎ねさせ、あの女王と姫は楽しそうに笑っていた。
「本当に…あの大臣が黒幕だったのかな?」
モンスターを王宮内に呼び込む…そんな事が本当に人間に出来るの?
ヴィヴィ母さんが昔言っていた言葉を思い出す。
『転移魔法は魔族のお家芸というか専門分野、専売特許と言っても良いわ。古今東西の転移魔法の研究家達が再現しようとして失敗してるの。下手にチャンネルが繋がると魔族に魔術式や魔法陣を乗っ取られモンスターを送り込まれる。そうして何人も殺されたわ』
(…大臣が逃げようとして転移魔法を使用。失敗してモンスターが王宮内に溢れ出す…)
大臣がモンスターを王宮内に人知れず運び込むよりかは信憑性はある…かなぁ?ちょっと自信無い。
(もしくはクーデターに利用しようとしてわざと失敗?そんな事するかな?)
そしてそもそも、転移魔法の魔術式は何処から手に入れたの?この世の禁忌なのに?
真実を知る大臣はもう居ない。
処刑される時には舌を抜かれていて何も喋れなくなっていたらしい。
捕まってすぐ拷問されて、自分がモンスターを呼び込んだって自白した、らしい…けど、全ては闇の中だ。
「らしいらしいばっかね」
全てが終わった後、一番得をしたのはあの母娘二人だけだ。
前王はリファーナ姫を溺愛してはいたが王位まで継がせる気は無かったそうな。亡くなった前王妃の息子達には厳しく当たっていたが、それは後継者故の教育の為だろう。だから継承権の低いリファーナ姫は手放しで可愛がれたのだ。
しかし大臣が起こしたクーデターにより前国王、後妻である王妃の実子ではない王子達、過剰な重税に批判的だった将軍、王制反対派の貴族達が死んだ。皆死んだ。
何より、重税で苦しむ民衆の味方だった貴族達を処刑した事で、民衆の心を折った。革命は失敗した。
「皆死んだ。皆殺された」
大罪人である首謀者の大臣は、仲間や家族、孫や遠い親戚まで殺された後、最期の最期に斬首された…らしい。
私は赤ん坊の首が飛んだ瞬間に口元を押さえて逃げ出した。…その時、嘲笑ってるリファーナ姫と目が合った気がする。…気の所為よね?
「う…」
私は自分の肩を抱いて震える。
私達は困ってる人を助けた、襲われてた女の子を助けた、王宮で暴れるモンスターをやっつけた。
その最終結果が赤ん坊の生首だ。
「みんなと、はなしたい…」
このまま眠ったら悪い夢を見そうだった。
私はベッドから起きて部屋を出、階下へと向かった。
☆☆☆☆☆
階段を下りている時に、ランスロット達の会話が聴こえて来た。何話してるんだろ?
私達はまだアレストラ王国内に居た。王都や大きな都市は避けてケイオス地方へまっしぐらだ。今は寂れた宿場町の一つに滞在している。大きな市や町だと兵隊さんに捕まる可能性があるからだ。
(私達Bランク冒険者なのに。ランスロットなんて勇者なのに)
まるで逃亡者、犯罪者だ。
憂鬱な気分のまま私は階段を降りて行くが、気持ちを整えて明るく声を出そうと試みる。
「おーい皆。まだ起きてん――――」
「プリムも可哀想に」
「本当にね」
クリーガーの声にエクレーラの声が同意してる。
(およよ?なんの話?)
私は声も体も引っ込めてコソコソと聞き耳を立てる。
「妹だって話だが、血は繋がってないんだろう?」
(おおう!?なんの話!?ねぇなんの話!?)
私は物音を立てない様に気をつけて階段の陰に隠れる。
「いや、父親は同じなんだ。前に話したろ?」
うん。だけど会った事が無い父親はもう他人より遠い存在だ。
「そうだっけか?でもプリムはお前の事を」
「知ってるさ」
私が手をキュッと強く握り込む。
「なら―――」
「今の僕じゃ駄目さ。ちょっとお姫様をたまたま助けただけで勇者なんて大袈裟だよ。僕は魔王どころか魔族すら見た事が無いんだから」
今度は心臓がキュッとした。そう…そうだよね。
「そら仕方無いさ。だが魔王軍は居なくとも強力なモンスターは世界中に居る。人類はヒーローを求めてるんだよ。居るだけで、存在するだけで皆の心を救う英雄をさ」
あーあ、話の流れが変わっちゃったよ。
「そんなの僕に務まるかな」
「それもお前さん次第だな。名に実が追いついてないなら、これから結果出しゃいい。どちらにしろ、プリムとの事、早く結論を出してやれや」
クリーガーが強引に話を戻してくれる。いいぞもっとやれ。
「やけに絡むな。ちょっとしつこいぞ?」
苛ついた様なランスロットの声。珍しい。
クリーガーがお酒を一気に飲み干し、テーブルに盃を置く音が聞こえる。
「ごくごくごく…ぷはー………俺にもな、妹みたいに可愛がってた幼馴染が居たんだ」
「………」
クリーガーの声が聞いた事が無い程に暗く沈んでいる。
「名を上げて、故郷に帰って、結婚を申し込もうって意気込んでた」
三人とも口を挟まない。あ、全く声が聞こえないけどグレイスも居るよね?酔っ払ったクリーガーをいつも部屋まで運ぶのは、グレイスの仕事みたいになってる。彼自身はほとんど飲まないけどね。
「だが、それは出来なかった」
皆黙って聞き入っている。
「故郷がモンスターに襲われてな」
「………」
「その時その妹みたいな幼馴染は―――」
いつになく真剣なその声音に私も息を飲む。
「―――助けに来た騎士に見初められて結婚し、幸せになりましたとさ」
………………………………。
「おい、なんだその雑なオチは」
ランスロットが呆れたのか脱力した声を出す。
「はっはっはー。プリムは可愛いからな。妹扱いばっかして拗ねられて、他の男に取られても知らねーぜ」
ガタンと椅子の音が鳴る。クリーガーが立ち上がったみたい。
(やばっ!)
私は階段の手摺を飛び越えて皆の死角に移動する。手摺はギリギリまで離さず着地音はさせない。
私が今居た階段をクリーガーが千鳥足で昇って行く。
「酔っ払いのクソオヤジめ」
ランスロットが疲れた様な声を出す。
「…あいつさ」
エクレーラがぽつりと話し出す。
「ん?」
「一年に一回、必ず行く場所がある。その時は割の良いクエストや指名依頼も全部断ってる。その地名を聞いた事あるけど、昔スタンピードで滅ぼされた廃墟の町があるだけだよ」
「………ちっ…変な気遣うなよ…」
ランスロットが項垂れたのが解る。
私もなんだか居た堪れなくなり、階段の手摺りに飛んで掴まる。くるりと体を回転させてまた音を出さずに階段に戻る。そしてゆっくりと階段を昇る。
「今の、この関係が壊れるのが怖いんだ」
ランスロットのその言葉を聴きながら、私は部屋へと戻ったのだった。
「意気地無し。ホントに私が誰かに取られちゃっても知らないからね」
口の中で呟いた小声は、暗い部屋の闇へと溶け消えた。
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