第31話 ウィンディの運命分岐点その2 帰還と変貌

「エスペルだ。よろしくなウィンディ」

「エス…ペル…」

 悪魔がそう名乗った。冒険者というものらしい。

 それは私にとっては結局はどうでもいい話だった。

 エスペルが冒険者でも悪魔でも変わらない。私はエスペルによって犯されて汚された。その事実は変わらないのだから。

 

 私は彼の妖しい瞳に魅入られ逃げ出せない。だけど主導権は彼にある。私が彼から逃れられる手段があるとすれば、彼が私に飽きる事だ。

 問題なのはつまり悪魔が…エスペルが私を手放す気が無いらしいと言う事だった。

 使い捨てにされたらされたで、惨めで苦痛に満ちた記憶を抱えて生きていく事になったろう。

 男性に対して恐怖心を抱いたまま成長し、一生結婚も、恋人すら出来なかったかも知れない。

 それでも、エスペルさえ側に居ないなら、全て過去の出来事に出来たかも知れない。なんとか乗り越える事が出来たかも知れない。


 だが何故か私はエスペルに気に入られてしまった。このまま何処かに連れ去られ、もう家族にも友達にも二度と会えなくなり、エスペルの性欲を受け止め続ける未来しかないのかと絶望した。


 しかし、現実は私の想像の上を行く。

 エスペルは私の村に行くと言い出したのだ。

「さ〜て、ウィンディのお家は何処かな〜?」

「え?な、なんで―――」

 このまま拐われ、二度と村に帰れなくなるという事は無くなった。だが逆に、この傍若無人なエスペルという少年を自分の村に連れて行くという別種の恐怖と絶望が生まれたのだった。

(み、みんなも酷い事されたらどうしよう?)


 村にはライアを始め、私よりも綺麗で可愛い女の子がたくさん居る。

 エスペルはきっとその娘達も襲って犯してしまうだろう。そして村の男達の誰も彼に勝てない。村が支配、征服されてしまう。

 そして私は自分の卑しさに罪悪感を覚える。私は村の人達が心配で心を痛めている訳ではなかった。

 エスペルみたいな狂暴で乱暴で凶暴な存在を連れ帰って、皆に責められないかが気掛かりなだけだと気付いたからだった。


 ドキドキしながら村に着くと両親はじめ村の大人達が大慌てで出迎えてくれた。ライアやフランツも居た。

「え?あ、あれ?」

 怒られるかと思っていたがそうはならなかった。

「何処へ行ってたんだ!この馬鹿娘がっ!」

 口ではそう言う両親も目に涙を溜めて抱きしめてくれた。

 そうだった。

 エスペルにずっと犯されていて時間感覚が狂っていたが、私は村を丸一日…いや二日だろうか?出てしまっていたのだ。怒るより心配が勝ったのだろうか。


「ひぐっ!ウィ、ウィンディ〜ごべんばば〜い〜」

 ライアの顔が腫れている。いつも澄ましてて、綺麗な可愛らしい顔が腫れている。

 ライアのご両親が頭を掴んでうちの両親に下げさせている。なんだこれ?

 私が混乱してるうちに、その輪の中にスルリと入り込む者が居た。

 そう、悪魔だ。エスペルだ。


「俺はベアナックルのエスペルと言う。ウィンディが泉の魔物の水蛇に襲われているところを助けた」

 エスペルが何かの紙を取り出した。私は字はちょっとなら読めたり書けたり出来る。

 えーと、Cランク冒険者?

 ベアナックル…アクアスネーク…討伐証明?


「左様で御座いましたか。うちの村の者がとんだご迷惑をおかけ致しました。もしよろしければ心ばかりの歓待をさせて―――」

 丁寧な言葉を喋る村長さんをエスペルが遮る。

「無用だ」

 エスペルはちょっといつもと違う感じで喋ってる。なんだかちょっと偉そうで、なんだかちょっとカッコいい。

 エスペルの瞳が妖しく光ってる。


「ウィンディはもう俺の女だ。俺が貰い受ける」

「え?し、しかしウィンディはまだ成人も迎えておらず………」

 言い淀む村長の手にどさりと重そうな袋を手渡しているエスペル。

「おお、お、こ、これは―――!?」

「なに、ただとは言わぬ。俺からの心ばかりの物だ。受け取れ」

 エスペルの言葉は有無を言わせぬ響きがある。

「あ、ありがたく―――…」

 村長さんが袋を掲げている。


「ウィンディの両親か」

 尊大で堂々とした振る舞いだ。こんな態度も取れるんだ。エスペルの事がよく解らなくなってきた。どれが本当の彼なの?


 そう言って彼はうちの両親にも大きく重そうな袋を渡す。

 両親はその袋と私を交互に見ている。

「し、しかし、ウィンディはまだ幼く…」

「ふむ、問題無い」

「あ――――」

 エスペルが私の唇を奪った。

 両親の見てる前で、村長さんやライア、フランツや皆が見てる前で私の唇を奪った。


「この女はもう俺の物だ。俺は許しを貰いに来たのではない。この様な素晴らしい女を育んだ場所を見に来ただけだ」

 エスペルの目が妖しく光っている。

 いけない!きっと他の女の子も襲う気だ。

 あの瞳に見つめられるとお腹が熱くなるの。

 おかしくなっちゃうの。


 だめ。阻止しなきゃ。エスペルが他の女の子を犯すなんてだめっ!そんなのだめっ!私でいい。

 そんな目に遇うのは私だけでいいんだからっ!私がいるじゃない…なんで!?私じゃだめなのっ!?


 こんな、可愛くない、可愛げのない私じゃ、だめなの?もう飽きたの?捨てるの?要らないなら気持ち良くなんてしないで欲しかった。

「エスペル―――だ、だめだよぉ…」

 私は自然と涙を流していた。

 そんな私をニヤニヤしながら見下ろすエスペル。

「宿は何処だ?一部屋借りるぞ」

 エスペルは私の手を引いて、村に一軒しかない宿屋さんに入って行く。

 そんな私達を、村の皆は遠巻きに見送っていた。

 

 私の心はぐちゃぐちゃだ。

 村の皆に怒られなくてホッとした気持ち。

 村の皆が助けてくれなかった失望。

 村の女の子が無事だった事への安堵。そうだ。こんな獣みたいな男は、私しか相手に出来ないはずだ。

「何してる?来いよ」

「うん…」

 私はエスペルに従うしかなかった。



☆☆☆☆☆



 宿屋のおじさんにもまた重そうな袋を渡すエスペル。私は一番良い部屋に連れ込まれる。

 このお部屋は確か、フェルンの町から来たお役人さんや行商さんとかが泊まる部屋だ。すっごく高かったはず。


「わ、わたしを、どうするの?」

 部屋の中でエスペルと二人きりになる。エスペルは意外にも言葉遣いを正さない。様付けとか敬語とか使われるのはそんなに好きじゃないらしい。

 私はそわそわしながら訊いてしまう。なんだろう?心がざわざわする。

 これからどうなっちゃうんだろう?何をされちゃうんだろう?

「そーだなぁ。子供でも産ませるか」


ズクンッ…


 その言葉に、まだ始まっていないはずのお腹の奥の方が疼いた気がした。

(良かった…私まだ子供出来ないから…)

 …から、なんだろう?解放される期待?飽きられ捨てられる恐怖?

 私は希望と絶望を同時に抱き、相反する感情のままに言葉を口にする。


「わ、私、まだ来てない…よ?」

(赤ちゃんが出来ないなら解放されるかも知れない)

 嫌だ、飽きられて捨てられたくない。

(もう要らないって言われるかも知れない)

 要らないって言わないで。

 捨てないで。


 しかしエスペルの反応は拍子抜けするものだった。

「ん?そうなん。なら気にせずヤれるって事ね」

 エスペルは特に気にした風もない。

「え?え?どう、いう事?」

 子供を産ませたいからしてるんじゃないの?どういう事なの? 

「あとはまぁ、別に来てなくても孕ませる事は出来るぞ?」


ズクンッ


「!?」

 まただ。

 エスペルが私に子供を望む言動をすると、私の下腹の奥の方が疼くんだ。変だよ。きっとエスペルのをたくさん注がれておかしくなっちゃったんだ。

「おら、こっち来いよ」

「うん…」

 エスペルに望まれ、私は衣服を脱いでベッドへ向かう。

「可愛いよウィンディ」

 可愛いって言われる。あまり言われた事がない言葉だ。

「可愛がってやる」

 私はエスペルに手を引かれベッドへ倒される。


 それから何日間だろう?

 エスペルはずっと私を犯し続けた。

 おトイレとお風呂には一緒に行った。見られるの恥ずかしかったけど、そこでも求められた。

 ご飯は届けて貰っていた。

 犯されて、寝て、食べて、出して、お風呂に入って、また犯されて………

 そんな生活がしばらく続いたのだった。

 


☆☆☆☆☆



 ある日目が覚めると、エスペルは居なくなっていた。

 裸体にシーツを巻いてもぞもぞと寝返りを打つ。あまり痛くはない。エスペルに回復魔法かけて貰ってるから。回復魔法は神様へのお祈りがちゃんと出来ないと使えないらしい。エスペルはあんなだけど神様とか信じてるのかな?


 それでも回復魔法では疲労や睡眠不足は解消出来ないとも言ってた気がする。私は疲労感と脱力感でぐったりする。宿屋のベッドの、家のよりふかふかで柔らかい感触を味わっていると、扉がノックされた。

 私はのろのろとしつつも急いで服を着て返事をする。入って来たのは村長さんとお父さんお母さんだった。


「でかしたぞウィンディ」

 見た事が無いほどニコニコしてる村長さん。そう言えば畑の実りが悪くて、フェルンの町のお役人さんに怒られてたっけ。

「良かったな。エスペル様に見初められて」

 お父さんも笑顔だ。お酒を飲むと不機嫌になったりご機嫌になったりするお父さん。今はお酒でも飲んでるのかな?

「元気な子を産むのよ」

 お母さん?私、知らない男の人に無理矢理犯されたんだよ?なんで嬉しそうなの?

「………………う、ん…」

 なんだろう?

 気持ち悪い。

 皆、違う人みたい。

(私が村を出てる間に、皆とモンスターが入れ替わってるんじゃ?)

 皆、実は偽物なのかも知れない…。


 村を歩いてみる。

 少し怖かった。

 私は子供なのに、もう子供じゃなくなってしまったから。エスペルの女にされたから、売女とか娼婦とか、友達同士の悪口で聞く様な存在になってしまったかと思っていた。

 しかしそれは杞憂だった。

 村の皆は私に優しかった。

 気持ち悪いくらいに笑顔で話しかけてくれる。

 果物やお菓子をくれたりもする。

 なんだろう、怖い。

 私の知ってる村じゃないみたいだ。


「なんでアンタなのよっ!こんな事なら私が行けば良かった!そうしたら今頃私の方がっ!」

 村の中をフラフラしてるとライアに話しかけられた。ライアは悔しそうに私を睨んでる。

「うふふ」

「何笑ってるのよ!ウィンディのくせにっ!」

 私は可笑しくてなんだか笑ってしまった。ライアがいつも通りで逆に安心したからだ。良かった。村人が自分以外偽物に入れ替わっているとか、お話で聞いた怖い話みたいな事になってなくて良かった。

 

「お、居た居た」

 そこにエスペルがやって来た。手に何かを抱えてる。

「エスペル」

 私はホッとしてしまった。安心してしまう。今の村の皆はなんだか気持ち悪かったから。

「あ、あのエスペルさん…私、ライアって言いますっ!私ならウィンディよりも、きっと貴方の事を―――」

 ライアが私を押し退けてエスペルの前に出て来た。

「ウィンディ。ほら」

 エスペルはライアを無視して私の左耳に何かを付けてくれる。

「え?」

 しゃりんと軽やかな金属の音がする。エスペルが右耳にも同じ様に何かを付けてくれた。

 耳朶に微かな重みと違和感がある。

 ナニコレ?

「ほら似合う。ウィンディにはサファイアが合ってるな」

 エスペルが満足そうに頷いている。

「え?何?え?」

 エスペルが何かをしてくれた事だけは解った。あとライアが物凄い顔を歪めて私を睨んでる事も解る。怖いよぉ…。

「あとほれ。どうだ?」

 さらにエスペルが水色のワンピースを広げている。背中が大きく開いててなんだか涼しそうなデザインだったけど。

「え?なんで?」

 こんな物を渡される理由が解らなくて混乱した。それよりもライアから物凄い不機嫌な雰囲気がしてきてそっちを直視出来ない。私は視線が突き刺さると言う言葉の意味を初めて理解した。

「じゃ、帰るか〜」


 エスペルは戸惑う私を連れて宿へ帰る。涙目になっているライアは置き去りだ。ライアは不機嫌になると後が面倒だからフォローしたいんだけど…まぁいいか。


 村での権力構造?とか言うのが変わってしまった。

 先ずはエスペル。そもそもモンスターを手で倒しちゃう人間に適う人間は居ない。冒険者なんて犯罪者みたいな人達も居るらしいけど、エスペルは凄腕って言うものらしい。いっぱいモンスターを倒していっぱいお金を稼げるんだって。しかも一人で。

 村の大人達はエスペルを褒めてるし、男の子達は皆冒険者になるって言い出してる。それってどうなの?


 お父さんとお母さんがいつも機嫌が良い。夜は宿屋でエスペルを待ってないといけないから、昼間に家に戻ってみたら大工さんが来ててなんかお家を改築してた。家具とか、食器とかも増えてた。二人の服も綺麗で新しい。エスペルから貰ったお金だよね。最近畑に行ってないけどいいのかな?村長さんも二人に凄く気を遣ってる。いつも村長さんにペコペコしてたのに逆になってるんだよね。


 村長さんとか村の偉い人達も私に挨拶してくれる様になった。凄くニコニコしてるけど、なんか怖いよ。

 そしてライアだ。ライアのお家はお店屋さんをしてる。村で必要な物はライアのお家で買い物をする必要があるから、皆ライアのお家を大事にしてた。

 …してた。過去形だ。エスペルが滞在して村にお金が回る様になって、行商人さんがよく来る様になったり、フェルンの町に買い物に行く村人が多くなって…その、お店が大変みたい。大丈夫かなぁ?


「可愛いよウィンディ」

「やらぁ…はずかしぃ、よぉ」

 エスペルは私に色々な物を買ってくれる。そしてそれを身に着けさせたまま私を犯す。

 綺麗な青い石のイヤリングやネックレス、綺麗なワンピースを着せられるとなんだかお姫様になった様な気分にもなる。

 でも結局それはエスペル自身が楽しむため。

 私がお姫様ならエスペルは王子様?ううん、違う。きっとお姫様を拐う悪魔だ。

 だって、こんなにも………


「あああっ!?へんだよぉ、おかひく、なっちゃう…」


 私を犯しておかしくするんだもん。


「口では嫌がってても身体は正直だな」

 エスペルの背中に回した指が、彼の背中を引っ掻いてしまう。

 頭がふわふわして変になる。

 涙と涎を垂らしてて恥ずかしい。

 見ないでと訴えても許して貰えず、唇を奪われ、エスペルの気が済むまで弄ばれる。


(どうしてこうなったんだろう?)

 あの泉にコッソリと水浴びに行った日から、私の人生は一変してしまったのだった。

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