第18話 家出王女の冒険その6 殺意の目覚めと愛の自覚

「へぇ〜正体不明のモンスター…ね」

 エスペルが少しだけ面白そうにしている。彼は刺激に飢えている。よく解らない料理屋の創作メニューとか頼んでは不味い不味いと笑ってる様な人だ。

 彼はそこの店主とは妙に仲良かった。偏屈そうなおじいさんだった。あんなに笑ってるエスペルを見るのも珍しかったけど。ツボが解らない。

 あまり物事に動じない様からダウナーな印象を受けるが、楽しい事は好きだし美味しい物も好きなのだ。

 ただ、彼を驚かせたり意表を突いたりするのは難儀する。そして彼はそれを為した者を歓迎する。歓迎の仕方は独特だけれども。


「はい。目撃情報が相次いでます」

 レチュリアは難しそうな顔をしている。遠因はベアナックルにあるかも知れないからだ。ジャイアントベアは凶悪で強力だが、縄張りを荒らさなければ割と被害は出ない。

 そしてバリュー市周辺はある意味、ジャイアントベアの縄張りが多かった事でその他のモンスター被害は少なかった。今、空白になった縄張りを巡り色々なモンスター同士が争い共食いをしている。

 そして人間の被害も少し出ている。まぁその事に罪悪感は無い。ジャイアントベアの縄張りに迷い込んだ人間だって確実に死ぬのだ。総被害者数はマイナスのはずである。


 まぁそれはともかく、正体不明不明のモンスターが現れても不思議ではない状況にはなっているという事だ。

「よーし、一狩り行こっか」

「うん」

 気軽に言うエスペルに追従する私。


「え!?えっ!?待ってくださいっ!今の世間話ですよっ!?ギルドからの依頼とかでもないですからっ!?」

 レチュリアが慌てている。

 新進気鋭の冒険者ベアナックル。

 私達二人への指名依頼もあったりするが、エスペルは見向きもしない。気まぐれで自分勝手。さらにはロメロンの後ろ盾もある。それが今のエスペルだ。そんな彼をギルドのお遣いに使うとなるとレチュリア自身の立場が危うい。

「いいよー。ただの散歩散歩。なんか居たら殺しとくよー」

 軽く笑うエスペルに少し引いてるレチュリア。

 初対面時より割と打ち解けてきているが、まだ少し苦手意識があるらしい。ヨシ。

(彼の側に居るのは私)

 私は足取り軽く彼の後を追った。



☆☆☆☆☆



「ギャギャギャアアァッ!?」

 大きい蝙蝠の様なモンスター、ビッグバットを斬り捨てる私。

「うーん、強くなってる」


 ビッグバットは耐久力や攻撃力より、その回避性能が厄介なモンスターだ。音に敏感であり、場合によっては弓矢や魔法すら避けるのだ。

 以前の私でも倒せなくはない敵ではあるが、攻撃を当てるまでに難儀しただろう。今は飛び立つ方向を先読みして剣を置いておくだけで十分だった。面白いぐらいに斬れまくる。


「こっちは終わったよ」

「こっちもだ。出来たぞー」

 モンスターを粗方片付け、エスペルの所に戻ると美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。

 正体不明のモンスターを探しに来たが、出て来るのは雑魚ばかり。

 途中で飽きてしまったエスペルが料理をし始めたので、私が残りを掃討していたところだった。


「わぁ、美味しそう」

 エスペルが作ってくれたのはシチューだった。持ってきた干し肉や干し野菜等を小鍋に入れて煮込んだだけの物だ。そこに一般的な調味料に高価な香辛料を加えて贅沢に味付けしてある。絶対美味しいヤツ。

 センスが良いのだろう。私が同じ道具と同じ食材を使っても、同じ味は再現出来まい。くすん。


「はい、あーん」

 私はエスペルの隣に密着するとお椀と匙を奪い、シチューを掬ってエスペルの口元に運ぶ。これが自分の手料理だったら完璧だったのになぁ。

「えぇ―――…あーん」

 エスペルは少し面倒臭そうにするが、口を開けて受け入れてくれた。

 甘えて甘やかされて、甘々な空間を満喫する。しばらくそうしてると匙を奪われた。

「なんか落ち着かん」

「そう、ごめんね…」

 しょんぼりしてると口元にシチューを掬った匙が来る。

「あむ…美味しい…」

 エスペルに食べさせて貰った。

「えへへ」

 自分の顔が思わずふにゃっと歪むのが解る。エスペルは相変わらず仏頂面だけど。傍目にはきっと恋人か夫婦の冒険者に見えた事だろう。



☆☆☆☆☆



「んんっ…あん―――」

 食後は当然の様に抱かれる。エスペルの好きな様に犯される。軽装鎧の一部をずらすだけの、まさにただの穴として扱われる。

 恋人達の甘い逢瀬などは無い。キスとかもっとして欲しいけど、私の唇はもっと違う事に使われるから。

 まさに性欲処理―――それでも…


「よしよし、いい子だ」

「わん…んむ」

 彼に頭を撫で撫でされていると、王女としてのプライドがどんどん擦り減らされ、牝犬として調教されていくのが解る。

 私だって一個人の意思ある存在だ。性欲の捌け口にされている屈辱感も拒否感も嫌悪感もまだある。だが彼は邪眼でそれを完全に取り除いたりはしない。そうすれば完全な奴隷の出来上がりなのだが、彼は完璧に従順な者を好まない。哀れなベトレイヤはそれ故に距離を置かれている。


 エスペルは私を凌辱して蹂躙しながら、私の中に燻り揺らめく微かな人間性の残滓、残り火を楽しんでいるのだ。

「零すなよ」

 頭を両手で抑えられ、窒息しかける。ああ、今私は彼の専用の肉便器だ。仕方無いよね?

 だって私は今、彼に操られてるのだから。



☆☆☆☆☆



 「?」

 私が違和感で目を覚ます。今私達は同じ寝袋にくるまって眠っていた。普通野営するなら片方が起きているものだ。

 しかしエスペルの鋭敏な感覚は夜襲を察知する。勤勉なところとマメなところがある反面、驚く程面倒臭がりで怠惰なエスペル。以前夜襲を受けた際は、目を瞑って小石を拾い、指弾として撃ち出してモンスターを殲滅していた…らしい。その翌朝起きた時、急所を撃ち抜かれて絶命してるモンスターの骸を見て驚いた。

 私を起こさない様に気を遣った…訳ではなかった。あんまり覚えていないらしく、多分寝惚け半分だったとの事。エスペル的には、部屋に入って来た五月蝿い蝿を追い払ったぐらいの感覚なのだろう。

 だから私は安心して眠れる。エスペルの腕の中は、世界で一番安全な場所なのだ。


(?)

 そんなエスペルが私を離し、寝袋を抜けて立ち上がる。

「ちょっとトイレ」

 ああ、いつものか。

「ん…」

 私も寝袋から這い出るとペタンと地面に座り込む。そして当然の様に口を開ける。私はエスペル専用肉便器なので、夜中に突然求められたりもするし、本当に便器代わりにされる。これが今の私の仕事、私の役割。

 でも気をつけないといけない。エスペルの地雷が解らない。普通は逆な気がするのだが、彼は嫌悪感や忌避感を態度で示す事を好む。

 少し歪んだ考え方の気がするが…敵意を向けられた方が安心するからだろうか?

 私に良くしてくれてるはずのロメロン父娘よりも、敵意増し増しで紅茶を出してくれるベトレイヤの方が私が安心するのと同じだろうか?

 …しかしベトレイヤ自身はエスペルへの好意を隠し切れずと言うか隠す気が無いので、それも距離を置かれている理由だろう。

 そう、距離感なのだ。エスペルと付き合う上で大切なのは距離感だ。


(たまにはキスして欲しいかな)

 私はそんな不満を思いながらも舌を蠢かして唾液を混ぜる。不満な気持ちと言ってもあからさまな言動では示さない。私の本心は隠しつつあくまで従順に従う。彼はその奥に感じる揺らぎを楽しむきらいがある。

(キスをたくせんして欲しいのは本当。不満不満)

 エスペルはあまりキスをしてくれない。なんでだろう?何か嫌な思い出でもあるのかな?おねだりすれば、私が求めれば応えてくれるけど…たまにはキスから始めてもいいじゃない?基本的にいきなり犯され、事後処理を口でさせられるだけだもの。いや、嫌じゃないけどさ。


(…………あれ?)

 目を瞑って口を開いていたのに、いつまで経っても何も口腔内に侵入して来ない。いつもなら熱く滾った物を頬張り、猛る奔流を受け止めてるはずなのに。


「………え?」

 薄目を開けると、エスペルが私に見向きもせずに離れていくのが見える。何処か木の陰とかで済ますつもりなのか?

「な、なんで!?」

 も、もしかして―――

(あ、飽きられたっ!?)

 私の心に恐怖が芽生える。

 ―――その時だった。


火炎放射フレイムスロワーっ!」


 聞き覚えのある声で魔法名が叫ばれ、森の深い夜闇を炎の赤が照らす。これは火炎放射の魔法。ルーザの…私の元パーティーメンバーの女魔法使いの得意魔法っ!?


「エスペルっ!」

 私も慌てて飛び起きる。炎の勢いは凄く、夜の闇に慣れていた目がチカチカする。

 エスペルが火達磨になっている。あのエスペルが…

 そういえばエスペルが魔法攻撃を受けているところを見た事が無かった。もしかして…魔法なら、攻撃が通じる?


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 さらに聞き知った雄叫びが木霊する。

 自慢の大斧を振り上げた重戦士カーガズンが、燃える人型の松明となったエスペルに斬りかかる。


ドゴンッ!


 硬いモンスターをも両断するカーガズンの一撃を受け、エスペルが地面に転がる。

「今だっ!殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 その声は私の元仲間、元パーティーリーダー、元想い人ピエールのものだった。

 火達磨になったエスペルに複数の影が近寄る。一番早く辿り着いたのは武道家ブマーガ。


「きええええいっ!」

 ブマーガは怪鳥の様な声をあげながら、火に触れる事も恐れずにエスペルに打撃を見舞う。頭部と胸部に攻撃を受け、エスペルがさらに地面に叩き付けられる。

 そこに剣を構えたピエールが走り込んで行く。とどめを刺す気か。


「やっ!?やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 私は思わず叫んで剣を抜き、エスペルの元に駆けつける。

 しかし立ち塞がる男に邪魔される。カーガズンだ。カーガズンは盾を構えて私を防ごうとする。


「邪魔よっ!!!」

「うぬおおおっ!?」

 私が走る勢いのまま蹴りを足首に見舞うと、カーガズンがよろめき体勢を崩す。その隙に駆け抜けピエールに追いつく。


「!?―――速いっ!ぐおっ!?」

 私が予想以上に速かったのだろう。エスペルへの追撃を諦め私への迎撃に変えるピエール。私の怒りに任せた一撃は、彼を弾き飛ばして驚かせる。

 だがピエールはなんとか踏み止まると、私とエスペルの間に立ち塞がる。剣を一合二合とぶつけ合い、鍔迫り合いとなり顔が近付く。私は懐かしい顔に燃え滾る怒りをぶつける。


「退きなさいっ!ピエールっ!」

「ヴェーツェっ!正気に戻れっ!邪眼使いは殺すっ!だから元に戻ってくれっ!頼むっ!」

 ピエールは以前まで好意を抱いていた男だ。今はどうでもいい。いや、私のエスペルを傷つけたのだ。許せない。殺す。今殺す。

「私のエスペルを傷つけたなっ!許せないっ!殺すっ!今殺すっ!」

 声に出ていた。そんな私をピエールが忌々しげに睨み付けて来る。

「駄目だっ!まだ洗脳が解けてないっ!カルティス頼むっ!『浄化』リカバリーをっ!」

 『浄化』リカバリーは状態異常回復魔法だ。私のエスペルへの愛を異常ですって?なめられたものね。許せない。殺してやる。


「待ってっ!その状態じゃ無理よっ!先ずは落ち着かせてっ!気絶させて縛っても良いから大人しくさせてっ!」

 女僧侶カルティスの声がする。隠れているのかしら?何処?貴女も殺してやるわ。

「貴女も殺してやるわっ!カルティスっ!出てきなさいっ!綺麗に首を落としてあげるっ!」

「ひっ―――」


 私の殺意の籠もった声を聞いて小さな悲鳴をあげるカルティス。よし、居る方向は解った。だが先ずはピエールから片付ける。

「くっ!?手強いっ!?何故―――」

 私が剣を振るうとそれに合わせて受けていくピエール。やはり剣の腕ではまだ今一歩足りない。いや、この感じはカルティスの『強化ブースト』がかかってるわね?殺す。

「殺すっ!」

 バフ魔法如きで私とエスペルの愛を引き裂こうなど、笑止。


「なんてっ!パワーだっ!以前のヴェーツェじゃないぞっ!?」

 私の殺意を受けピエールが後退る。気迫では圧倒しているが、それでは覆せない冒険者としての実力差に苛々する。殺す。

 私を抑え込んでいるのはピエール一人なのだが、あまりの私の激昂ぶりに誰もエスペルへ追撃出来ていない。カーガズンやブマーガも私を取り囲む様に布陣している。目的の優先度はエスペルの殺害より私の奪還なのだろう。お仕事熱心ね?反吐が出るわ。


「くそっ!目を覚ませっ!ヴェーツェっ!あんな男にいいように操られるなっ!」

「私は操られてなんかいないっ!」

 ピエールのあまりな物言いに私はカッとなる。エスペルは私を操っていない。なんて非道い事を言う男なんだろう。こんな男を好いていた時期があったなんて私の黒歴史だ。


「操られてる奴は皆そう言うっ!」

「五月蝿い黙れっ!よくも私のエスペルをっ!絶対に許さないっ!」

 その時、突然全身が総毛立ち、私は無意識にその場を跳躍する。


ボッ!


「ちっ!?」

 私が居た空間を不可視の何かが通り過ぎて行く。地面を転がるがすぐに起き上がり剣を構えて追撃に備える。だが来なかった。私の動きに全員が驚愕していた。


『風弾』エアショットを避けたっ!?」

 『風弾』エアショット。空気の塊を撃ち出す魔法だ。殺傷力は高くなく傷痕も残さずに倒せるので、狩猟やレアモンスターの捕獲、暴徒鎮圧にも使用される不殺魔法だ。

 そうね。私は殺さずに捕らえないとですものね?好都合だわ。こちらは殺す気なのだから。


「今のを避けるのっ!?『強化ブースト』でも使ってる!?」

 ルーザが驚愕してる。魔法は訓練次第で無詠唱でも発動出来る。今の攻撃は無詠唱だった。基本的に魔法名詠唱による発動を是とするルーザの、今までのパターンを覆す必倒の不意打ちだったろう。

(だが避けれた。愛の力だ。ありがとうエスペル愛してる)

「エスペル愛してるエスペル愛してるエスペル愛してるエスペル愛してるエスペル愛してるエスペル愛してるエスペル愛してるエスペル愛してる――――――」

 

 私はそう声に出すごとに全身に力が漲って行くのが解る。愛を囁く女をエスペルは遠ざける。故に明言を避けていた。だけどなんてしっくり来るのだろう。

 私は理不尽に拐われ犯され人間扱いもされていない。専用肉便器兼牝犬だ。性欲処理の性奴隷だ。


(だけど優しいの)

 暴力は振るわれない。まぁ彼に殴られたら頭蓋骨が木っ端微塵になるけどね。

 作ってくれるご飯も美味しいの。

 寝顔も可愛いのよ。

 王女じゃない、女として見てくれる。

 彼は私の肩書きではなく、肉体だけを欲してる。あやふやな心など求めて来ない。ただただ肉体関係だけで成り立っている。

 だけどそれが心地良い。

 絶対強者に求められ、必要とされている。

 政治なんて関係無い。彼には必要無い。

 何故なら強いから。

 打算も駆け引きも何も必要無い。

 拳一つあれば事足りる。


 王女としての宿命を―――弱い者達の為に犠牲になる生き方は間違ってると、私に教えてくれた。

 今私は今までの人生の中で一番私らしく、人間らしく生きている。

(便器に犬…人間扱いされてない今が一番…人間らしくなんて、なんて皮肉―――)


「エスペル、愛してる」

 私はそう強く言葉を刻み、剣の柄を痛いくらいに握り込んだ。

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