第8話 ハニートラップを喰い破れ!

 俺への誹謗中傷は加速していた。

アスパーシャやエマの名前は出てないものの、高級娼婦のペットとか、ママ活してるとか噂されてる。

 だいたい合ってるけど。


 お陰であまりアスパーシャやエマに会えなくなってきた。

 あまり強い好意を向けられると困るし、少し嫌われてるぐらいが程良い距離感なんだけど…他人の噂で色々不都合が生まれるのはムカつくな。

 女が俺に対して好意一辺倒でなく色々な感情を持つのは好ましいが、コレはちょっと違う。


「エスペルッ!」

「おにいちゃんっ!」

「二人共久しぶり〜」

 久しぶりにエマとパティ母娘に会ったらめちゃくちゃ喜んでた。なんか罪悪感。

 市内の浴場の個室を一つ貸し切り三人でお風呂に入る。パティも居たので何も無し。しかし、太く硬くなってしまったらパティに不思議そうにニギニギされてしまった。教育に良くないかなぁ?いやいやこれも情操教育か?


 行為無しだがエマが無茶苦茶甘えて来た。捨てられたと思ったらしい。

「不安に思ってごめんなさい…貴方の事信じてるわ」

「ううん、いいよ」

 うーん、今度捨てるんだけど。泣かれそうだね。パティが原因じゃないって念押ししとかないとな。俺を追いかけるためにパティを捨てたりしたら流石に堪らん。

 

「むにゃ…おにいちゃん、だいすき」

 狭いベッドで三人川の字で寝てるとパティが抱き着いてきた。エマも俺を抱き締めてくる。ううん、逃げたくなってきたな?好きになられると重いな。いや重い軽いじゃないな?違う…しっくり来ない…そんな感じだ。コレジャナイ感。

 エマにしろルピアにしろホーミィにしろシェリーにしろ、俺がまともな家庭を築けるイメージが湧かねぇ。だからってフロイラインみたいなのと夫婦出来る気もしない。

 もうこの市も十分かな?

 だがまずはキチンとケジメ着けないとね。



☆☆☆☆☆



「…あの、エスペル様…」

 そのメイドがおずおずと俺に話しかけてくる。

(ようやくか)

 そのメイドはベティと言う。

 俺の最近のお気に入りだ…一応ね。

 お誘いはベティの方から。それからずっと抱いてる。ヤり過ぎてルピアに怒られた。ルピアの執務室でヤったのは流石に不味かったか。本気で怒られたかも知れない。


「実は…助けて欲しいんです。もうエスペル様しか頼る人がおりません…」

 さめざめと泣くベティ。迫真の演技だ。女優になれそうだね。

 半分聞き流しながらも、真剣に頷いてやる。

 ちなみに今はルピアの寝室だ。二人とも裸である。俺は恋人であるルピアの居ない隙にメイドを連れ込んで遊んでた事になる。うむ。我ながらどうかと思うが、これぞまさにヒモって感じだよね。

 開き直って噂通りの行動をしてるけど、ちょっと楽しいわ。


 今ロメロンは重要な取引でバリュー市の外に出ている。ルピアは父親の代わりに市内のあちこちにて仕事中だ。二人共今日中に屋敷には帰って来ない…事になっている。


「―――…妹を返して欲しければ、ロメロン商会の権利書と契約書を寄越せと…」

 …あ、途中聞いてなかったや。

 ハイハイ、権利書ねー。

 俺はルピアの執務室へ向かう。



☆☆☆☆



「権利書と契約書…コレか」

 俺は金庫の番号を合わせて書類の束を取り出す。それを真顔でジッと見つめてくるベティ。ちなみにコレはルピアに頼んでわざわざ用意して貰った精巧な偽物だ。本物と同じ紙とインクを使ってかなり似せてあるが、文面や数字の、一見解り難い部分に致命的な間違いを付けてある。

 じっくり見られると看破されるが、俺が手に持ってぷらぷらさせる分には解るはずがない。

 骨を見せつけられた犬の如く、ベティの視線が重要書類(偽)に吸い付いて離れない。

 前言撤回。女優としては二流かな?身のこなしからして素人じゃないんだろうけど。


「ありがとうございますっ!これで妹も助かりますっ!」

 ベティは俺から書類を受け取ろうとするが、俺は渡さない。彼女の指が空を掴む。舌打ちしそうな面だなぁ。

「コレとの交換は最後の手段だ。俺が妹さんを救ける。そいつらの指定した場所まで案内してくれ」

「え…あ、はい…」

 ベティが面食らっている。

 それはそうだろう。俺はここ最近は輪をかけて自堕落な生活をしていた。

 ルピアとは少し疎遠にしつつ、ベティを空き部屋に連れ込んで毎日押し倒していた。

 昨日はなんとアスパーシャをロメロンの屋敷に呼び寄せた。出張サービスである。

 ゲスト用の寝室で二人きりになるとアスパーシャが呆れた声を出してきた。

「…愛人の分際で普通、娼婦を女の家まで呼びつける?流石の私も初体験よ…」

 勿論ルピアもロメロンも不在のタイミングだ。執事さんやメイドさん達が凄い顔してたよね。

 まぁもうそろそろ潮時だから、どんな風に思われても別に良いんだけどね。

 俺は勿論事前に許可を貰っていた高いボトルを開けて馬鹿騒ぎしまくった。お付きで付いて来ただけの娼婦も混ぜて一晩中楽しんだ。翌朝堂々と玄関先でアスパーシャ達を見送ってやったぜ。

「あまり無茶しないで…」 

 アスパーシャに、別れのキスの際に耳元で囁かれた。

(バレてるか…)

 なんだか逆に心配されてしまった。

 だがもう始めてしまっていた。

 そして駄目押しだ。


「やっぱりアスパーシャは最高だなぁ…他の女とはやっぱ違うよなぁ…」


 ベティにご奉仕させながらアスパーシャを褒め千切る。俺に気持ちが無いとはいえ、コレは屈辱だろう。

 口の動きがストップし、一瞬硬直してたのが面白かったな。体を張って俺を陥れようとしてるのに、俺は高級娼婦や人妻にも気をやっている。

 ハニートラップは普通引っ掛からない様にするのが基本対策だろうけど、罠と解ってて抱いても問題無いくらい私生活が爛れてるからな、今の俺。

 そうしたアスパーシャによるデリヘルが最後の一押しになったのだろう。ベティがようやく仕掛けて来たって訳だ。

 妹が拐われてる緊急事態なのに呑気におセッセしとる訳ないやろがい。

 そして今に至る。


「さぁっ!妹さんを救けに行くぞぉっ!」

 俺は似合わない元気溌剌とした掛け声で拳を振り上げる。

「あの…無理をしないでください。私が書類を…」

 尚も食い下がるベティ。しかし俺も言う事を聞かない。

「か弱い女の子一人じゃ危ないっ!俺がついてくよっ!」

 何度か抱いたがベティの肉体はかなり鍛えられている。フロイライン程じゃないが、荒事慣れしてる雰囲気だ。

「解りました。ではこちらへ…」

 ベティは仕方無く、俺を市外へと案内してくれる。

 一応重要書類をくすねてきた形なのでコソコソ移動する俺とベティ。

 さて、何が出るかな〜?



☆☆☆☆☆


 

 そこは崩れかけた廃墟の屋敷だった。貴族か商人か。元の持ち主は裕福だったんだろう。

「ここに妹さんが囚われてるのかっ!?」

 俺が大仰に振り仰いで叫ぶ。

 一晩中アスパーシャとかと乱痴気騒ぎしといて我ながら元気やわ。

「ええ」

 平坦な声で答えるベティ。

 なんか反応が雑になってきたよね。

 俺に気づかれない様に道中なんか合図出してたから、この中には仲間が待ち伏せてるんだろう。


 その廃墟があるのは旧市街と呼ばれる再開発地区だ。

 都市計画は進められてるらしいが、実際は放置されており、浮浪者や犯罪者達の巣窟となっている。

 大の男でもここに軽い気持ちで足を踏み入れるのは躊躇する。無事に生きて帰れる保証は無いからだ。


(ロクデナシのヒモ男が行方不明になる場所としては妥当かね?)


 俺はズンズンと先に進む。

「ややっ!?誰だっ!」

 廃墟の一番良い部屋…主の書斎だった場所に到着すると、複数の男達が待っていた。

 あ、コイツら俺の悪口言いまくってた奴等じゃん。マジかぁ…


(ラッキー)


 どうせ下っ端だろうし泳がせてやるかとは思ってたけど、言われっぱなしは気持ち悪いもんね。


(殺せる。やった)


 俺は軽く拳を握り締める。

「どういう事だベトレイヤ。なんでこのガキ連れてきた?」

 真ん中に居るリーダーらしき男が怪訝そうに片眉を上げる。

「仕方無いでしょ。成り行きよ」

 ベティは本名ベトレイヤと言うらしい。いやこれも偽名かも?まぁどーでもいーか。


「ベティ?どういう事?」

 俺が戸惑っていますって感じでオロオロする。

 そんな俺に心底うんざりした顔をするベトレイヤ。

「猿みたいに盛りやがって…下手くその相手してたんだ。特別報酬弾んでよ」

 あ、傷つくわー。俺なりに頑張ってたのに…


 傷心の俺を捨て置いて奴等は会話を交わす。

「それが例の物か?さっさと取り上げろ」

 リーダーが冷たい声を出す。

 俺の悪評を面白可笑しく吹聴してた時の軽薄な印象とまるで違う。こちらが本性か。プロなんだろうな。


 ベトレイヤは太腿のレッグホルスターからナイフを抜く。

「おいヒモ男。騒ぐなよ?まぁ騒いでも誰も助けに来ないけど」

 俺の後ろから首筋にナイフを押し当ててくるベトレイヤ。その間に俺の手から書類を奪い取る別の男。そいつはすぐにリーダーの男に書類を手渡す。

 バラララッと軽く目を通すリーダーの目が細まる。


ビリィッ!


「偽物だ。嵌められたなベトレイヤ」

 俺達が持って来た権利書と契約書をアッサリ偽物と判断し、即座に破くリーダー。

 おお、凄い。流石に解るか。


「!?てめぇっ!」

 ベトレイヤが凄みながら俺の首にナイフを食い込ませる。そりゃ怒るか。俺の性処理係みたいに毎日扱われ、さらに高級娼婦と比べられて扱き下ろされる。そうして耐え忍んで得た物が偽物だもんな。

 人間、苦労して手に入った物により価値を見い出すって言うしな。

 少し不審には思ったろうが、ようやく手に入れた書類が本物だと信じたかったのだろう。

 そもそも遊び人のヒモ男が、大事な金庫の番号なんか知る訳無いじゃろうが。


「………その反応。お前が偽物を掴まされた訳じゃないな?お前自身の仕込みか?」

 あまり取り乱してなかったのでこっちも看破された。

 リーダーは俺を値踏みする様に見やると、チラリと窓の方に視線を送る。

「…罠?二重尾行か?怪しい動きをする奴は見なかったがな。待ち伏せも無理だ。ここは俺達の縄張りだ」

 リーダーは油断無く警戒してるが、そもそもの前提が間違っている。

 罠は張ってるよ。

 君達は見事に引っ掛かったよ。

 

「ちっ。仕方無ぇ。このガキを餌にしてルピアと交渉する」

「誘き出してこのガキの前で輪姦すのかい?」

 ベトレイヤが憎々しげに提案してくる。

 俺に一杯食わされたのが余程腹に据えかねたのだろう。


 そのベトレイヤをリーダーが諌める。

「馬鹿野郎が。直接手なんか出せばさすがにバリュー子爵が動く。だからこのヒモに利用価値があったんだ」

 そう言いつつもリーダーもナイフを取り出す。

「なめた真似してくれたな?ルピアには先ず指でも配達する。交渉が長引けば指が全部失くなるぞ?それともその女っ誑しのイチモツを斬り落として送りつけるか?いや、それで人質の価値が無くなっても困るな」

 カツカツと足音高く俺に近寄って来るリーダー。うん、怖いね。ブルッちゃうね。一応訊いておくか。


「交渉が成立したら俺は助かるの?」


 その質問にピクリと頬が引き攣り、薄く笑うリーダー。


「勿論だ。生きたまま恋人と再会したければ大人しく従え」

「そうか。俺は殺されるのか」

 俺が淡々と呟くとリーダーが眉根を寄せる。

「…何が言いたい?」

「いや、一応正当防衛?てのが必要らしいじゃん?」

 俺はニコリと微笑んであげる。


「人を殺す時ってさ」

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