第14話 旅立ちの日



「ホムラ、体調は大丈夫か? トイレは行ったか?」



「あ、ああ」



「ほれ、追加で作った魔力玉だ。どうしても食料と飲料の調達が出来ない時に食べるんだぞ。己の力試しよりも脱出することが大切だからな」



「分かった、ありがとう……」



「上がったらインフェルノゴーレムがいるからな。やつは装甲が頑丈で」



「大丈夫大丈夫、何度も戦ってるから」



「……最後に乳、飲んでおくか?」



「師匠っ! 独り立ちさせたいのか止めさせたいのかどっちなんだ!」



 クルースニクが復活してから数日後。

オレは遂にダンジョン『炎神龍の岩窟』から脱出する為に、最深部の地下256階層『炎神龍の間』から旅立つこととなった。

今までお世話になった彼女の元を離れ、これから一人でダンジョンを攻略し、地上を目指すことになる。



「ホムラは強くなった。我の自慢の弟子であり、息子だ。でもな、人間というのはすぐに死んでしまうのだ」



「そりゃあまあ、神龍と比べたら人間はめちゃめちゃ脆いと思うけどな」



 ちなみに、今までに何度か人の姿のクルースニクと腕相撲をしたことがあるんだけど、普通に一回も勝てなかった。

こっちはめちゃめちゃ必死に倒そうとしてるのに、この人終始楽しそうだったからな……



「……そんなに心配なら、一緒に付いてくれば良いじゃねえか。人の姿になってさ」



「ホムラ……」



「ほら、この世界には亜人っていう種族もいるって前に師匠が話してただろ? だったらちょっと尻尾とかツノが生えてるくらいならさ」



「ホムラ」



「わっ」



 いきなりクルースニクに抱きしめられる。

人の姿に変化した彼女は、こうやってオレのことを抱きしめたりすることが結構あった。

最初は気恥ずかしかったけど、今はもう、これが人間のオレに対する彼女なりの愛情表現なんだなと、温かい気持ちになる。



「ホムラよ、お前は強くなった。本当に、強くなった。ここを出て人間の街へ行って、立派な冒険者として活躍できるはずだ」



「師匠……」



「引き留めて悪かったな。それでは……元気でな」



「……なあ師匠、オレ、ここを出たらもう一生師匠に会えないのか?」



「ホムラが我の事を忘れないでいてくれれば、いずれまた巡り合う時が来るであろう……だがホムラよ。せっかく転生してきたのだ、まずはこの世界で第二の人生を楽しんでほしい。我はここから、ホムラの活躍をいつでも見ているぞ」



「……ああ、分かったよ」



 荷物を背負い直して、地上へ続く大きな扉に触れると、ゴゴゴゴ……と音がして、地下255階層への階段が現れる。

これから何度目かになるインフェルノゴーレムとの戦いだ。でももう、不安はない。



「それじゃあ師匠、元気でな。……いや、いってきます!」



「……ああ、気を付けてな! いってらっしゃい!」



 こうしてオレは、この世界に来てからずっと世話になっていた師匠であり、母親代わりでもあるクルースニクと別れ、地上へ脱出するためのダンジョン攻略の旅に出たのであった。



 ……。



 …………。



「ふ、まさか我がここまで人の子に執着するとはの」



 ホムラが転生したときから、彼を地上に送る方法は存在した。

というか、彼が言っていたような『転送装置』も作ることが出来た。



「なぜなら、我こそがこの『ヴォルケイム火山地帯』、そしてダンジョンそのものであるからな」



 おそらく、地上では長年沈静化していたヴォルケイム火山が我の封印が解かれたことにより活発になっていることだろう。

ホムラがどういう反応をするか、楽しみではあるな。



「おっと、もうインフェルノゴーレムを倒したのか。さすがホムラだ。すっかり成長しおって」



 ここで過ごしたホムラとの日々は本当に楽しかった。

インフェルノゴーレムを今までよりも少し強化して彼が倒してしまうのを遅らせるくらいには。



「ホムラよ、お前が冒険者として世界を巡るなら、いずれ我や、我の仲間たちの伝承を知る機会が訪れるであろう」



 この世界には、ホムラと出会う前の我の様に、封印されている神龍たちが存在する。

彼らの情報を集め、ダンジョンを攻略し、封印を解いていった暁には、また再び……



「お、もう253階層か。ふふ、最初からそんなに飛ばすとバテてしまうぞ」



 こうしてヴォルケイム火山地帯の主、炎神龍クルースニクは、ダンジョンの最深部から弟子の活躍をいつまでも温かく見守っているのだった。

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