おまじない

霧朽

おまじない

 私が元いた地域には、おまじないがあったんです。

『いたいのいたいの、とんでいけ〜』って、怪我けがをしたところをでてあげて、痛みを遠くへポイってする。

 気休めや迷信だって思うかもしれませんれど、私達はソレを信じてましたし、実際に痛みが飛んでいったんです。


 そうしたら、ある日、誰かが言ったんです。「飛ばした痛みはどこへ行くの?」って。

 子供だった私は勿論、頭の良かった彼も、お利口さんだった彼女も。村の大人たちでさえ答えられなかったんです。


 だから私達はこう考えました。きっと「遠くの顔も知らない親切な誰か」が私達の痛みを背負ってくれてるんだと。


 当時は、それがすごく輝いたことのように思えたんですけどね。

 こうして成長して、実際に自分が痛みを背負う立場になると、ひどくにごって見えてしまう。……私には英雄だとか、ヒーローだとかになる素質そしつはなかったみたいです。


 ヒーローに憧れてなかったわけではないんですよ? むしろ、私はヒーローになることを夢見ていたタイプの子供でした。

 子どもの頃、一度だけ本物の「そういう人」に会ったことがあるんです。

 自分の目指すべきものが目の前にあったとき、人には二つの選択肢が与えられます。「憧れを強くするか」「挫折するか」。


 そのときの私は前者を選びました。


 私は「遠くの顔も知らない親切な誰か」になることを選んだんです。

 けれど、「遠くの顔も知らない親切な誰か」になる頃には、私は昔ほど純粋ではなくなってしまっていた。

 有り体に言ってしまえば、私は大人になってしまったんです。


 かつてのように純粋ではなくなってしまった私には、みんなの痛みを背負うことはできませんでした。

 結局のところ、大人になった私は「ヒーローである私」に憧れていただけで、誰かを助けたいとかっていう気持ちが根底にあったわけではなかったんです。

 そして私は、誰に向けるわけでもない、漠然とした憎しみを抱くようになりました。


 それは、私が憧れたヒーローとはかけ離れていました。そうして気付いたんです。

 ああ、私が憧れていたのは「ヒーローである私」だったんだなって。


 それから随分が経った頃、あなたが私を連れ出した。


 そうして、今の私がいます。

 実際、あなたが来る前までは憎しみとかがあったんですけどね。本物を見ると、自分の醜さが嫌というほど思い知らされて、どうでも良くなっちゃいました。

 憎しみとか、そういう次元の話じゃないんですよね、こういうのって。


 まあ、何が言いたいかと言うと、二度目の選択では「挫折する」方を選んだってことです。


 あのまま塔の中で「遠くの顔も知らない親切な誰か」のままだったのなら、今の私はいなかった。

 ……言い方を変えましょうか。

 あのまま塔の中で「遠くの顔も知らない親切な誰か」のままだったのなら、私はこうはならなかったんです。


だから、その責任をあなたにはとる義務があると思うんです。


「それはそれとして、首を絞めてくださいっていうのは違くない……?」


「みんなの『痛み』を受けてたから、感覚が鈍りまくって、首絞めぐらいでしか生きてることを実感できないんですもん。責任とってくださいよぅ」


「感覚が戻るのを待つっていう選択肢はなかったり?」


「……だって」


「だって?」


「好きな人と手を繋いだり、ハグしたり、キスしたりしても感覚ないがないんですから、もう……首絞めしかないじゃないですか?」


「ちくしょう、塔に幽閉ゆうへいされてたから世間知らずになってやがるぜ!」


「諦めたような雰囲気を出さないでください。言っておきますけど、あなたのせいなんですからね?」


「いや、これでなんかこう……もっと別のことだったら私もつつしんで責任はとるんだ。けど首絞めはなぁ……」


「私のこと大切じゃないんだ。そんな軽い気持ちで助けたんだ。白馬の王子様みたいな幻想を見せてポイするんだ」


「ぐっ……!」


「お願い……だから、ね?」


「――ちょ、ちょっとだけだよ?」


「!!!!」


―――

――


 馬乗りになった彼に彼のゴツゴツとした手が私の首にかけられる。


 「じゃ、じゃあ……いくよ?」


 遠慮がちな顔をしながらも、彼の手に力が込められていく。

 次第に息が苦しくなって、頭にモヤがかかったようにぼーっとなる。

 彼が体重を乗せると彼の手が上へと上がり、さらに血の流れが少なくなる。

 体を空気を得ようと足掻くけれど叶わない。

 

 体が死に近づくほど生を実感して、頭がバチバチってなって。頭が破裂しそうだった。

 酸素を欲しているのか、体が痙攣を始めるがそんなことはどうでもよかった。

 このまま真っ白になって――


 「はい、終わりっ!」


 彼の声と同時に手が離され、体に一気に酸素が流れ込んでくる。その感覚がどうしようもなく――


 「だ、大丈夫? どこも変じゃない?」


むせる私の背中を優しく彼が撫でてくれる。(字面だけ見るとどんなDV野郎だとツッコミたくなってしまうが、頼んだのは私である)


 「こ、これヤバイですね」


 癖になりそう。っていうかなってる。汗はすごいし頭は回んないし最悪なはずなのに、もう一度、あの感覚が味わいたくてたまらない。


 「あ、あの、もう一回だけ……」


 「嫌だよ!?」


 ここまで来れば、流石の私も自分の異常さに気付く。

 私に残されていた、なけなしの正常さも今回のことで壊れて、私は完全に歪んでしまったに違いない。

 なんでこんなことにとは思うけれど、それ以上に……ってなってる時点で相当キている。だから……ね?


 「責任、とってくださいね?」


 「今とったよね!?」


 「私をここまで歪めたんですから、私の人生、貰って下さいよ?」


 「!!?!?!?」

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おまじない 霧朽 @mukuti_

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