フォレストウェーブ・セカンド③・開戦。
朝。
ホッスさんの雑肉スープを食べて気合を入れる。
「『キズモノ』の縄張りが女王の王国と考えていいだろう」
ガラドさんは広げた地図のハイゼン大森林に大きく〇を描く。
この辺が『キズモノ』の縄張りか。
「昔から変わってないべ」
「『キズモノ』は縄張りを広げるような魔物じゃない」
「そうなんですね」
「それと『キズモノ』は縄張りを出ることはない」
「ただし女王がそうだとは限らないっスね」
「王国を広げる可能性もあるのう。なにせ女王じゃ」
「為政者は領土拡大を望むものですわ」
ルピナスさんは言ってのける。ガラドさんは苦笑した。
「ハイゼン大森林全体が王国になる前に仕留めないとな」
全員が頷いて。
「あ、あの、フォレストウェーブってどうなったんでしょう」
ナベルさんが遠慮がちに発言した。
彼以外は顔を見合わせる。
「セカンドだったよな」
「すっかり忘れていたんだべ」
「まだ始まっていないっスか?」
「わからぬのう」
「同じくわかりませんわ。ガラドさんは地元民ですわねよね。どうなんですの?」
「……正直、例年と何もかも違う。セカンドが起きたのかどうかも分からん」
「始まったら森の中が魔物で溢れているのでは?」
確かそう聞いたので僕は言ってみた。
「ぶっちゃけると、フォレストウェーブ中に森に居るヤツはいないからどうなっているのか分かっていないんだ」
「普通は入らないべ」
「それもそうじゃな」
聞いた話だと魔物の群れは森の入り口の端から端までずらりと並ぶ。
それは森から出て来ると誰もが思うだろう。
当然、森の中は魔物で溢れている―――普通はそう考える。
だがそうじゃなかったとしたら。
今まではそれが常識だった。だが、ここはダンジョンだ。
ひょっとしたらウェーブ中の森の中は、あまり変わらないのかも知れない。
「分からなくて悪いな。ナベル」
「いえ、こんな事態だからそうですよね」
「ひょっとして、コランさんやプランシーさんのことですか」
ナベルさんのパーティーのふたりはフォレストウェーブに参加している。
「……心配でつい」
どうなっているか分からないのは不安だよな。
だけど、こればかりは確かめようがない。
「それなら、アラヤと一緒に戻るか?」
ガラドさんは言った。
体調は万全だが戦える精神状態じゃないアラヤさんは、戻ることになった。
これまでの報告をするメッセンジャーも兼ねている。
場合によっては援軍も送ってもらう手筈だ。
ナベルさんはすぐに返答しなかった。
葛藤と懊悩の表情を浮かべて困っているようにも見える。
迷いがあるのはわかる。
素直な気持ちでいえば仲間の元へ戻りたいと思う。
「戻ったっていいんだべ」
「仲間がおるのならば優先したほうがよい」
「こちらは大丈夫ですわ」
「そうっス。心配ないっス」
「……ナベルさん」
僕たちは彼の意思を尊重する。
「ありがとうございます。皆さん」
ナベルさんは大きく一礼して。
「でもボクは女王を討ちます」
上げたその表情と眼差しは真っ直ぐだった。
何の迷いもない。ガラドさんは静かに聞く。
「いいんだな」
「はい。中途半端に戻ったらリーダーとして示しがつきません」
「そうか。パーティーのリーダーか。わかった。もう何も言わない。よし。準備が出来たら出発するぞ」
ガラドさんは地図に描いた〇をトンっと指で突いた。
「目的地は縄張りだ」
僕たちは決意を込めて頷いた。
アラヤさんと別れを済ませて僕たちは討伐村を出る。
作戦というほどでもないけど、決めたことはこうだ。
①『キズモノ』の縄張りまで進む。
道中までリヴさんを捜索する。
②縄張りに着いたら女王を誘き寄せる。
③女王と戦う。
④倒した後でリヴさんの捜索を再開する。
シンプルで何も難しいところはない。
問題があるとするとレリック封じだろう。
だが制約レリックや蜘蛛特攻の【鼈甲八文字】は使える。
他にも僕は篭手のチカラでそのレリックを防ぐことができる。
対策と呼べるほどじゃないが、対応はできた。
遭遇した蜘蛛女を倒しながら『キズモノ』の縄張りに近付いていく。
これまでレリックは普通に使えた。
やはりあれは女王自身のレリックだろう。
それとあれだけの大規模で効果が絶大なレリック。
必ず使用時間とクールタイムがあるはずだ。
「あの先が縄張りだ」
結局、リヴさんは見つからなかった。
縄張り。何の変哲もない森の風景だが、そういわれると妙な緊張感を覚える。
女王の王国。
「行くぞ」
僕たちは縄張りに入った。
あの圧力のような嫌な空気を感じる。
「きついっスね」
「なんともいえぬのう」
「『キズモノ』の縄張りとは思えないべ」
「それで、その大丈夫なのか」
「ええ、心配いりませんわ」
ルピナスさんが自信満々に言う。
女王を誘き寄せる。そのカギを握るのはルピナスさんだ。
「わかった。それじゃあ配置に着くぞ。パキラ嬢ちゃん。任せた」
「うむ。確実に当てよう」
誘き寄せる作戦はこうだ。
ルピナスさんのレリック【バトルクライ】を使う。
女王と蜘蛛女の群れがやってくる。
パキラさんの制約レリック【マウソレウムの光不】を叩き込む。
その時間は僕たちが戦って稼ぐ。
それで倒せれば良し。倒せなくてもかなりのダメージは与えられている。
勝てる。
「見せてあげますわ。【バトルクライ】の真骨頂」
ルピナスさんが前に出て仁王立ちになり息を吸った。
吐くと同時に発動させる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアァァァァッッッ!!!!」
大音量の咆哮が大森林に響き渡る。
それは決して不快な叫びには聞こえなかった。
むしろ妙に心地いい。
だが魔物はそうではないみたいだ。
「来るぞっ戦闘用意!!」
【バトルクライ】が発動して数分も経たないうちにそれはやってきた。
蜘蛛女の大群の後ろに巨大な魔物がいる。
真っ白い身体に黒いまだら模様があった。
四脚の獣の胴体をしているが側面から六本の蜘蛛の脚が生えていた。
先端が不気味に膨らんだ尾は長く青白い。
その魔物の頭部は驚いたことに蜘蛛だった。
黒いまだら模様の入った白い蜘蛛の頭部だ。
だが更に額から剣のような角が伸びていた。
石のような質感がある白く輝く剣だ。
顔面に並ぶ八つの赤い瞳が宝石のように妖しく輝く。
鋭く太い獣の牙が並んだ口の真ん中には蜘蛛糸の噴出口があった。
そのアンバランスさが畏怖を醸し出している。
獣の胴体には大きな✕の古い傷跡があった。
瞬時に全員が理解する。
あれが女王だ。
蜘蛛女の群れを率いた女王は僕たちを確認するなり使用した。
【非現実の王国】
僕はその見えない波を篭手でガードし、使用禁止を防ぐ。
「使えなくてもっ!」
「オラは元々使えないだぁっ!」
ガラドさんとホッスさんが吠えて女王に突撃する。
周辺の蜘蛛女を蹴散らし、女王に戦いを挑む。
一方、ルピナスは盾を構えていた。
彼女が守っているのはローブを脱いだ黒い衣装のパキラさんだ。
「<リタハラ。カラリタ。レムリタ。リタ。ハラリタ。ラ。リタ。シュク。ハラ。シュク。リタ。アムリタ。ハラリタ。シュクリタ。リタ。カ。リタ。>」
パキラさんは歌いながら踊り、杖の石突で地面をトンっと叩く。
虹色の光が一瞬だけ八角形に波紋みたく広がった。
舞うようにリズムをとって、杖で地面を虚空を突いて回り躍る。
重苦しい空気の中に不思議で神秘的な雰囲気が漂い始める。
大森林の一部の上空に巨大な渦雲が出来つつある。
渦雲から青白い稲光が見えて轟き、段々と渦雲は大きくなっていった。
危険を感じたのか、それとも【バトルクライ】の影響か。
蜘蛛女たちは僕らを無視して、ルピナスさんとパキラさんへ殺到する。
「させないっス。喰らえ【パレステジアの箱庭】っ!」
設置した黒い宝玉とビッドさんの手にした槍から電流がはしった。
蜘蛛女たちは感電して放電する。
「【鼈甲八文字】! 【鼈甲八文字】!」
ナベルさんも頑張って蜘蛛女を片っ端から斬っていた。
僕も蜘蛛女を倒していくが、気になる。
ナイフベルトの『異なる海のナイフ』もカタカタ揺れている。
女王の額から伸びる剣のような角。いやあれは剣だ。
ガラドさんとホッスさんが必死に女王を足止めしている。
女王は強い。
元々『キズモノ』という歴戦の魔獣の身体を使っているのもあった。
巨体に合わない身軽な動きと素早く力強い爪撃や尻尾の攻撃。
蜘蛛の脚を使った木登りも挟み込まれて自由自在だ。
そして一番厄介なのが吐き出される蜘蛛糸だ。
蜘蛛糸は粘着性が凄まじい。
一度でも命中すると動けなくなる恐れがある。
パキラさんはクルっと杖を回して身体を回して歌い、謡え、踊る。
何か察したルピナスさんが叫ぶ。
「ガラドさん。ホッスさん。来ますわっ!」
ふたりは瞬時に女王から離れた。
女王は―――なんだ。立ち上がった?
立ち上がって額の剣状の角を頭上の渦雲・天へ向ける。
まるで剣を掲げるように。
「<願う。万天の祈り。祝祭の祈り。竜龍の祈り。シュクシュク。カ。ハラリタ。ハラリタ。リタハラ。アムリタ。ラ。シュク。リタ。シュク。ハラリタ。ウル。シュクリタ。ハラリタ。オン―――>。請う。来たれ。【マウソレウムの光不】……っ!」
直後。
渦巻く雲から一筋の青白い光が。
「ナメルナ」
女王の掲げた白く輝く剣の角に当たると無数に割れた。
「え」
割れた光は乱反射して周囲へ突き刺さる。
瞬間、乱反射した光が一斉に残らず爆発し、ハイゼン大森林が激震した。
「アッハハハハハハハハハッッッ!! アーハッハハハハハハハハッッ!!」
嘲笑う声が木霊する。
「この『切断』のグェネを舐めるな……人間どもめ……」
高々と白く輝く剣の角を振り翳す。
女王の頭部に人の姿があった。
少し前。ハイゼン大森林。
岩陰にある木の洞。
少し妙な蜘蛛女がキノコを手にしてきょろきょろと見回す。
「誰も見ていないでゲスね」
洞の奥へと戻り、パチパチと火花散る焚火の前の石に座る。
「もっとも誰か来ても……殺されかねない拙の姿は失策でゲスね」
そうちょっと変わった蜘蛛女はキノコを焼きながら自嘲する。
それから後ろに目をやった。
「さて、彼女は一向に目覚めない。それも困りものでゲス」
石の上の簡易寝床にはリヴが横たわっていた。
所々薄汚れてはいるが怪我などはしていない様子だ。
「ん……スヤスヤ……もうおなか……いっぱいで……食べられない…………スヤスヤ……」
小さな寝息と寝言を立てて眠っている。
「なんてベタな夢を見ているでゲスか」
焼けたキノコを食べながら苦笑した。
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