フォレストウェーブ・セカンド②・女王。


宿のエントランスにあるソファに僕たちは座った。

ホッスさんとナベルさんは厨房を借りて調理している。

おそらく僕たちに気を使ってくれたんだろう。


お茶を用意したりして、ようやく僕たちは落ち着いた状態になれた。

そこでパキラさんが静かに語ってくれた。


異質な気配に包まれた森の中。

蜘蛛女に囲まれ、何故かレリックが使用出来なくなった。

その状態でどうにか戦いながら逃げていると、ソレが現れた。


「あれは異様じゃった。『キズモノ』でも蜘蛛でもない。異様な魔物じゃった」

「……どういうことっスか」

「わからぬ。あのときは動揺していてハッキリと見れる状態ではなかった」


いきなりレリックが使えなくなったからな。

冷静に対処できるわけがない。

それにしても気になるな。その魔物。


「どちらにせよ。レリックが使えない状態ではわらわたちに勝ち目はない。じゃがあっても勝ち目があったかどうかは疑問じゃ」

「それほどの相手っスか」

「制約レリック前提の討伐案が必要じゃな」

「……」

「じゃが途中で倒れた男を見つけてしまった。重傷じゃが生きておった。見捨てることは出来ぬ。じゃが今の状況では余裕がない。わらわたちは……決断しなければいけない。非情な選択をとるかどうか―――わらわが泥を被ろうとしたときじゃ。そのとき、リヴが殿を申し出た。男を連れて逃げろと……レリックが使えない中でまともに戦えるのはリヴしかおらぬかった。あやつのレリックは何故か使えたからのう」


レリックじゃないからなあ。


「そうだったんっスか。ウォフくんと同じっスね」

「なんじゃと」

「あー……僕の場合は、たぶん。篭手が助けてくれました」

「ほう。それはまた良い篭手じゃな」

「はい」


魔女のおかげだ。

ただとっても良い篭手なんだけど、とってもいいんだけど。

なんだろう。蛸の触手と同じぐらいヤバイ気がする。


「……じゃから彼女に任せた。任せるしかなかったともいえる。それにリヴならば大丈夫じゃ。あれはああ見えてもクールでのう。引き際をしっかりと心得ておる。無茶はせぬはずじゃ。わらわたちは振り返らず男を背負って逃げた。それから少ししてハイゼン大森林を地震が襲った。それからは無我夢中じゃったよ。気付くとこの指岩に着いており、宿屋を借りて男を寝かせ……容態が急変して死にそうなったので、ウォフから貰ったあれを」

「魔女の水ですね」

「あ、ああ、うむ。魔女の水を飲ませた。その効果で傷は完全に癒えたが、精神的な疲労が激しいのか眠り続けておる」

「それでリヴさんは?」

「どうなったっスか」


僕たちの質問パキラさんは小さく首を振った。

苦渋に満ちた表情を一瞬だけ見せる。


「……わからぬ。探しに行かねばならぬのだが……」

「今すぐ捜索しましょう」

「当然っス! すぐに行くっス!」


僕とビッドさんは立ち上がった。


「待て。待て。落ち着け。動いてはならぬ」


パキラさんは慌てて止める。


「えっなんで」

「どういうことっスか!」


なんで止めるんだ。パキラさんは僕たちをまっすぐ見る。

耳も長短の尻尾も動いていなかった。


「落ち着け。今すぐ探しに行ってもどうにもならぬ」

「どうにもって、パキラは心配じゃないっスか!」

「もちろん。心配じゃ。だからといって迂闊に行動は」

「だったらどうしてすぐに探しに行かなかったっスか!? 同じパーティーのメンバ―で、仲間ならすぐに探すっ! それが当たり前じゃないっスか。それなのにこんなところで休んで、なんっスか。リヴさんを見捨て」

「見捨てるわけないだろうがっ!! このたわけがぁ!」


パキラさんは怒鳴ってビッドさんの胸元を掴んだ。

耳と長短の尻尾が総毛立ってビッドさんを睨みつける。


「パ……パキラ」

「どうしておぬしはそう短絡的なのじゃっ? 闇雲に森へ向かってもレリックが使えなくなり、アレに襲われるかも知れんのだぞ。そうでなくとも、あの得体の知れぬ蜘蛛女どもが森の中を徘徊しておる。おぬしはリヴを見つける前に遭難者を増やすつもりかっ! わらわだって、無策で見つかるならば今すぐにでもリヴを探しに森へ行きたい。ルピナスも同じじゃ。じゃが状況はどうじゃ? 何が起きているのか分かっておる者はおるか? おぬしはどうじゃ、この事態を把握しておるのか?」

「し、してないっス……」

「誰もしておらん」


確かに、この事態を把握しているひとはいない。

事態の把握はしたい。是非したい。


愚痴ると、このハイゼンに来てから事態が全く分からないままの出来事ばかりだ。

事態が全く分からないままその黒幕のラァダと何故か戦った。


「…………」

「おぬしの気持ちはわかる。じゃからこそ落ち着いて考えて行動するんじゃ」

「ごめん……っス」


パキラさんはそっと手を離す。

項垂れるビッドさん。


「よい。おぬしはリヴと特に仲が良かったからのう」


優しく言ってからパキラさんは僕を見る。

鋭い猫目の眼差しに僕は息を呑んだ。


「言うた通りじゃ。ウォフ。焦るでないぞ」

「……はい」


僕は頷いた。

重々しい空気が流れる。

どうしようこれ。


「皆様、彼が起きましたわ!」


ルピナスさんが慌てるように2階から降りてきて言った。

それが助けになった。僕たちの空気がちょっとだけ和らいだ。


2階の部屋に寝ていたのは、アラヤさんだった。

ゴウロ討伐隊の隊長でエルフの男性だ。


「助かりました。ありがとうございます」

「礼を言うなら彼女たちだ」

「ありがとうございます」


アラヤさんは頭を下げる。


「それより何があったんだ?」

「……手前が覚えていることは少ないです。『キズモノ』を縄張りで発見して戦っていました。『キズモノ』は強く、犠牲者が出るばかり、そこに巨大な蜘蛛が現れました。蜘蛛は『キズモノ』とだけ戦っていて、我らには危害を加えていませんでした。魔物ですから味方とは考えられない。だが完全な敵というのも不明です。このハイゼン大森林ではそういうことがあります。我らは損害も大きく負傷者も多い。だからここは様子を見ようとした。ところがクーンハントが……あろうことか『キズモノ』ではなく巨大な蜘蛛を攻撃したのです。蜘蛛は眷属を呼び出し、クーンハントは全滅しました。だが眷属の蜘蛛は我らも敵と判断したのか襲い掛かり、仕方なく三つ巴の戦いとなり……我らも全滅したのです。ですがそのとき見たのは―――『キズモノ』と巨大蜘蛛の相打ちでした」

「相打ち……?」

「ええ、相打ちです。ですが……手前は一度気絶して、起きたとき……信じられないモノを見ました」

「何を見た?」

「……『キズモノ』と巨大蜘蛛の……合わさったような魔物です。いいえ。ハッキリと断言します。あれは『キズモノ』と巨大蜘蛛が融合した魔物です」

「それじゃ」

「それですわ」


パキラさんとルピナスさんは異口同音に言う。

トルクエタムが遭遇したのは融合した魔物だったのか。


「その後は覚えていません。気付いたらベッドの上でした」

「ご苦労。アラヤ。そのまま休め」

「そうします。それにしても傷が全くない……」

「魔女の水の効果です」

「あの魔女の……さすが……魔女」


なんか感心されて納得された。


「それにしても厄介なことになったな」

「……融合ですか」

「あ、ああ、そうでした。ひとつ思い出したことがあります」

「なんだ?」

「『女王』と、その魔物は呼ばれていました」

「女王っスか……」

「女王ですの」


レリックも王国が付いていたし、ピッタリだな。


「ふむ。女王。確かにそういう貫禄はあったのう」

「まあ、こういうネーミングは大事だ。女王に決まりだ」


女王。それが僕たちの新たなる敵。

コンコンとドアがノックされた。


「おまえら。飯が出来たべ」

「ああ、そうか。わかった。すぐ行く」

「行きますわ」

「待っているだ」

「手前はまだここで休んでおります」


アラヤさん。疲れた顔をしていた。

体力じゃない。精神的に参っているのが分かる。


「ならば後でよそって持ってこよう」

「ありがとう。すみません。眠ります」

「ああ、休め」


そうして眠るアラヤさんを残し、僕たちは1階の隣の酒場へ。

食べながらホッスさんとナベルさんにも説明する。


「敵が変わってもやることは変わらないべ」

「女王って蜘蛛切の効果あるんでしょうか」

「蜘蛛の脚はありましたわ」

「気持ち悪い感じじゃがな……」


どんな魔物なんだか不安だ。

意見交換は続く。僕は食べながら聞く。


それにしても女王か。

解呪やリヴさんのこともあって、一筋縄ではいかない出来事ばかり続く。


ひょっとしてこれもEVENTなのか。

EVENTはゲームの中だけにして欲しい。


日が落ちて、夜の探索は危険なので断念することになった。

明日からリヴさんの捜索と女王討伐が始まる。


リヴさん。無事でいてくれ。

そう願わずに僕はいられなかった。


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