クラウンオブザワンダーランド⑦
大神殿。東礼拝堂。運命の間。
「終わりよ」
『ヴオオォォォォオオォォォォハッハハハハハハハハッッッツッッ』
黒い点で穴だらけになりながら怒り笑うマックス。
「はぁっ……はあぁっ……はぁっ…………嫌になるわ」
もう荒い息しかでない。ズタボロ。お気に入りですのに。
「老骨を労わってほしいでやす」
アレキサンダー様はキセルを取り出した。
その足元にハンスヴルストがバラバラになっていた。
「———ってわけで勝ちましたわ。でも肝心のクラウンの行方が不明だったのよね。アレキサンダー様と色々探したけど、ある個所を除いていないと判明したの。それにあーしも限界だったわ。だからアレキサンダー様の言う通り野営地に向かったら、道中で今度はストレンジボックスが出てきて。そうしたら今度はダストボックスだとかパニックボックスとか……ホント勘弁して欲しいわよ」
メガディアさんは片っ端からワインを空けていく。
「それでどうなったんですか」
「全部、倒したわ」
「さすがっス」
これで全部の巨大ミミックは撃破されたのか。
それにしても三つも相手するなんて、これが第Ⅱ級の実力か。
「老骨に鞭を打つのはこれ以上はカンペンですぜ」
アレキサンダーさんがキセルをくゆらせる。骨あるのか。
ちなみにメガディアさんは入浴後だ。
まだ髪が濡れ、ホカホカとうっすら湯気が出ている。
そして新しいゴスロリ衣装を着ていた。
「大変でしたね」
「こっちも巨大ミミックを三つ撃破したっス」
「巨大ミミックは全部で六つじゃった。これで終いじゃのう」
「あとはクラウンだけっスね」
「どこにいるんですか」
「ヤツは大神殿にいるわ。中央・礼拝の間よ」
妖しい光を放つ紫の双眸が僕を見る。クスっと笑った。
「あの神像があったところか……」
「ええ、礼拝の間よ」
「今は閉じているでやす」
「閉まっているんですか」
「ええ、閉まっていたわ」
「……」
「それでのう。メガディア。全員あんな状況でも奇跡的に無事だったわけじゃ。それを祝いたいわけじゃが、その前にこれからどうするつもりじゃ」
パキラさんが訪ねる。
メガディアさんはワインを瓶ごとラッパ飲みする。
あのワインは神殿街の貯蔵庫にあったやつだ。
「現状は最悪じゃないわ。全員無事。アクシデントで四人ほど減っているけど、これはこれで悪くないわね。雷撃の牙もいる。
「ですがあの扉はどうしやす?」
「あの扉なら開けられるわ」
「開けられるっスか?」
「えっ、アタシのこと知ってる……」
ずっと黙って食べていたミネハさんが顔をあげた。
「ええ、開けられるわ。それと明日、決着をつける」
「わかったわ」
「うむ。ルピナスたちにも伝えておこう」
「そういえば居ないっスね。ルピナスとリヴさん。なにをしてるっスか」
「お風呂よ」
「あー、ウチも後で入るっス」
「わらわも入るとしよう」
「じゃあ一緒に入るっス」
「…………はぁ、良いじゃろう。これも節約じゃ」
「待ちなさい。まだ話は終わってないわ。いい。ここからが重要よ。倒したらとっとと設置した帰還転移陣で帰るわよ」
「えっ、なにか急ぐことでもあるっスか」
「未知なる食材がまだまだ沢山あるべ」
「そんな急がなくてもいいんじゃないか。俺達は探索者だぞ」
「ダメよ」
メガディアさんは有無を言わさぬ圧力をかける。
「ダメよ。ここはエッダの聖域。偶然でも必然でもあーし達は本来、入ってはいけないところに入ってしまったの。討伐が終わったらすぐに帰るわよ」
入ってはいけないところ……なのか。
「それならしょうがない」
「名残惜しいところはあるがのう」
エッダの聖域か。
「それ特別手当でんべ」
「出るか?」
「出るでしょ。じゃないとやってらんない」
「出るようにあーしから言っておくわ」
ニコッとメガディアさんが口添えしてくれた。
そして僕を見る。
「な、なんですか」
「ウォフくん。ちょっとお姉さんとお話しましょう」
「えっええっ」
ススっと肩を掴まれて連れて行かれる。
どこへ!? と思ったら三張り目のテントだった。
物置きだ。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「なんですか」
「アレキサンダー様に聞いたわ。あなた。中央の礼拝の間に行ったの?」
「ええ、扉が開いていたって聞いたので観に行きました」
「ジェネラスの神像を見たのね」
「はい。それで僕も聞きたいことがあります」
「なにかしら」
「……ジェネラスって少年神って前に言いましたよね」
「ええ、言ったわ」
「でも大神殿にあったのは少女像でした」
神像の衣服に僅かだけど膨らみがあった。
メガディアさんは意味深に答える。
「そう。再来の像なのね」
「再来?」
「ジェネラスは確かに少年神よ。でもね。ジェネラスは性別関係なく再来するの」
「初めて知りました」
「初めて言ったわ」
「それと六つの瞳じゃなかったですよ」
「よく覚えているわね。それは、ごめんなさいね。比喩よ」
「つまりホントに六つの瞳をしていないんですね」
「ええ、それが何を表しているのかは知らないけどね」
「あの再来って…………それは今も、ですか」
ひょっとしたら僕はその再来なのか?
メガディアさんはふふっと笑う。
「そうよ。そして再来は第Ⅰ級探索者にいるわ」
「え……?」
ん? 第Ⅰ級に再来が?
「知らないの? 第Ⅰ級探索者最年少の少女ナーシセス。ジェネラスの再来よ」
「———再来って複数人存在するんですか」
「それは聞いたことないわね。常にひとりのはずよ」
「そうですか」
それなら僕はなんだ……?
メガディアさんが紫の瞳で僕を見ている。ジッと意味深にみつめている。
「ウォフくん。あなたは会ったときから思っていたわ。とても不思議ね」
「そう、ですか。あの、すみません。もうひとつだけ尋ねたいことがあります」
「あら、なにかしら」
「———【バニッシュメントライン】———って知っていますか」
「さあ、なにかしら。オーパーツかしら」
「制約レリックです」
「レリックなのね。知らないわ」
とぼけている感じでもない。
本当に知らないみたいだ。
「そうですか」
「ちなみにどんなレリックか。聞いてもいいかしら」
「世界を変えることができます」
「それは怖いわね」
メガディアさんはフッと笑った。
「あのメガディアさんは再来をどう思っていますか」
「急ね。どうって、そうね。そういうこともあるってところかしら」
「神様だから崇めるとかじゃないんですか」
「再来は再来よ。でもエッダでも派閥があるのも事実ね」
「……なんとなく分かります」
「あーしはね。こう思うわ。ヒトは神になってはいけないの」
「ヒトは神になってはいけない……ですか」
メガディアさんは紫の瞳を妖しく光らせてもう一度言った。
「そうよ。ヒトは神になってはならないの。神様はカミサマ。ひとはヒトよ」
「……」
僕は想わず黙った。メガディアさんは熱い視線で見つめる。
紫の瞳ってやっぱり光ると怖いなぁ。
「あなたは不思議だわ。ねえ、前にも言ったけど、あーしの雇い仔にならない?」
「それは、その」
「むふふっ、いいわ。考えておいて」
「あっ」
僕の頭を軽く撫でると、メガディアさんはクスっと笑って去って行った。
「ヒトは神になってはならない……」
そうだ。その通りだ。
でも。
そして明日で決着がつく。
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