静かなる者①


緑色の二足歩行するトカゲは鎧を着てそれぞれ武器を手にしていた。

リザードマンだ。水棲の魔物でダンジョンの外にも居る。

だがこれはダンジョンの魔物だろう。


手前から剣を持っているのがリザードマンA。

斧を持っているのがリザードマンB。槍を持つのがリザードマンCとしよう。


鎧は革製で粗末な造りだ。それに加えて摩耗している。

手にしている武器も鉄製で所々錆び付いていた。


切れ味が悪そう。斧なんて大きく欠けている。

あんなの喰らったらろくに切れず身体に食い込んで激痛だ。


ひょっとしたら引き抜くとき欠片が身体に残るかも知れない。

最悪だ。絶対に当たりたくない。


錆だらけの穂先の槍も嫌だ。どれもごめんだ。

それにしても……リザードマンか。


思わず僕は嫌悪感を顔に出す。

それは小さい頃、蛇に噛まれたことが起因する。

だからそれに類する爬虫類は嫌いだ。


もうひとつ。リザードマンは強いと聞いたことがあった。

爬虫類だから会いたくないなと思ったことがある。


そのリザードマンが目の前にいる。


『シユゥー……シューシュー……!』

『シュルルルル……』

『シャアァーーー』


どいつもこいつも舌をチロチロ出して威嚇するな。

イライラしてきた。とっとと倒したい。


それでも強いと聞いていて躊躇して警戒―――いやあの黒騎士よりは弱いか。


あれより強い魔物じゃない。

あれより強い魔物はいない。

これはあれより弱い魔物だ。

あれより弱いなら恐れることなにもない。

そう迷うことは一寸も非ず。


心が静かになっていく。

恐れも緊張も憂いも何もかもがひとつに混じって静寂となる。

心の水面に一滴も波紋の乱れも生じない。


僕は動いた。

一番手前のリザードマンAに接近すると錆びた剣をバニッシュで消す。

同時にリザードマンAの首にナイフを刺した。


その死体を押して、斜め右後ろのリザードマンBにぶつける。

大きく動揺するリザードマンBとリザードマンC。


その隙をついてリザードマンCの槍をバニッシュで消し、首を斬る。


『シュルアアアアアァァァァ』


リザードマンBがAを退けて斧を振るう。それをナイフで受け、弾く。

そしてリザードマンBの胴体をバニッシュで押して貫く。


リザードマン3体を倒した。


「……終わったか」


動きは最小限。3体を相手に僅かの間の戦い。そう感じた。

今までの自分には無い一寸の隙も見当たらない冷静さに困惑する。


なにかが自分に起こったのは理解している。

だがなにが起きたのかは―――そうか。


「……レリック【静者】……」


唐突に頭の中に言葉が浮かぶ。

それがレリック【静者】だった。


理解した。今のはレリック【静者】の効果。

一定時間だけ心を静止させて行動し、また声を聞くことができる。らしい。


一定時間とはなんとも曖昧だが、心を静止させた行動があれか。

なんというか。無駄が無くなった気がする。そんな感じだ。

ところで声を聞くってなんだ?


「しかし……これでレリック五つ目だぞ」


正確に言うともっとある。

【ファンタスマゴリア】や【宇宙そらかいな】とかだ。

だがあれは四つ目のレリックの効果だ。

四つ目を使用しないと使えない。


「……」


なんでこんな急に……いやいつも取得はこんな風に唐突だったな。

それでも―――はぁ考えても仕方がない。


レリックは技術だ。能力じゃない。技術だ。


「よし」


警戒しながら先へ進む。

皆を探しながらレリック【静者】を使い続ける。

それで分かったことがある。

まず使用時間はおおよそ3分だ。そして。


「クールタイムか」


そう【静者】にはクールタイムがあった。

それも使用時間と同じ約3分。

つまり3分使えて次の使用に3分待たないといけない。


このレリックの感想は汎用性が感じられる。

色々な用途に使えるだろう。

ただデメリットはクールタイムだ。

それがあるので少し使い辛い。


それと精神的な負担を僅かだが感じる。

その為のクールタイムなのだろうか。


「それにしても」


見回して溜息をこぼす。

水が床を占める青光りする広間・リザードマンの巣だ。

リザードマンの死体が一面に転がっている。

10体近く……我ながらよく倒したな。


レリック【静者】で自分がいかに無駄に戦っていたのかよく分かった。

最適解。効率の良い動き。合理的な動作。間。容赦の無さ。

まだまだ、まだ、僕は弱い。改めて自覚する。


「あっ、リザードキングだ」


最後に水に沈んだのは王冠を被った少し大きめのリザードマンだった。

リザードマンの巣の王だ。

そいつだけは武器も装備も段違いでレリックも使った。


実力は銀等級の下位くらいだろう。

だったが一番倒しやすかった。


リザードマンはトカゲだ。

トカゲは蛇に手足を付けたような形状をしている。


首と身体が繋がっていて、首が目立って剥き出しになっていた。

他は鎧を着ていていまいち致命傷を与えることが出来ない。


しかし長く伸びた首はガードがない。

なので、ここに転がっているリザードマンの遺体は全て首に傷を負っている。

そういう意味で一番大きいリザードキングは狙いやすかった。


「……聞いた通りだった」


ダンジョンモンスターはダンジョンが作り出した魔物だ。

肉塊の素体に疑似人格を与えた生き物に見せかけた非生物。


種類によるがリザードマンは人を襲うが食べることはない。排泄もしない。

だから巣なのに不自然な空間になっていた。


「……さて」


探索者なら戦利品として剥ぎ取る権利はあるが、僕には無い。

でも、せっかくだ。戦利品を戴こう。誰も居ないからバレないのもある。


レリック【フォーチュンの輪】を使う。

色の光で宝物を示してくれる。


緑の光はレア。

黄色はスーパーレア。

青は滅多に無いウルトラスーパーレア。


青は例えばエリクサー無限湧きの卵とかそうだ。


緑がみっつ。リザードキングの剣と鎧と王冠。そんなものか。

さすがに剣と鎧と王冠はなぁ。

青はともかく黄色……あった。ある!?

リザードキングの近くの水床に落ちている指輪だ。


「光が無ければ分からなかったな」


青銅製の指輪で水床が青いから見え辛い。

表と裏に金色で文字が彫ってある。古代文字か読めない。


「……」


なんとなくだけどこれレガシーな気がする。

あるいはオーパーツか。終わったらアリファさんのところに持って行こう。


それなりの宝をゲットし、やや上機嫌に巣を出た。

それから少し僕は彷徨う。


その間にリザードマンや水棲の虫みたいな魔物と戦った。

ようやっと階段を見つけた。ただし下に続いているのでガックリした。


「出来れば上に行きたいなぁ」


皆は大丈夫なのか。無事なのか。

しきりに心配しながらそこしかないので仕方なく階段を降りる。


今度は石壁の通路が続いていた。

1階に似ているようで少し違う。


「……っ!」


突然、足音が聞こえた。【危機判別】は……白!

安全。味方だ。

待っていると現れたのはアクスさんだった。


「ウォフ!」

「アクスさん!」

「よかった。無事なんだな」

「はい。アクスさんも」

「……ああ、ひとり無事が確認できて、ホッとした」

「そうすると他の皆は」

「まだ見つかっていない」


不安が募る。

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