あの夏の①
雷撃の牙の全員レリックがない。
「でもアクスさんのおふくろさんは有名な探索者なんですよね」
「うんうん。珍しい纏う系のレリック持ちだねえ」
「その息子なのにレリックがないんですか」
「そうそう。実は珍しいことじゃなく、レリックは受け継ぐモノじゃないんだねえ」
遺伝されないのか。
それなら必ずレリックをふたつ持っている、エッダという種族はなんなんだろう。
僕はなんなんだ。
「しかし全員なんですか」
「それはそれは、とても珍しいんだよねえ」
「やっぱりそうなんですね」
「まあまあ、レリックが無くても探索者をしている人は多いんだよねえ。ただし殆どがパーティーを組んでいて、レリック持ちがメンバーにいるんだねえ」
なのにどうして。あっ、そうか。
「コンプレックスですか」
「コンコン?」
「レリック持ちがいないのは精神的なモノだと思います」
「ふむふむ。どういうことかねえ」
「両親がレリックを持っているのに自分はない。それを気にしていないのは嘘になります」
「そりゃあそりゃあねえ。気にしているからレリック持ちは入れてないのかねえ」
「意地だと思います。ましてや親が有名ならなおさら」
「なるほどなるほど。レリック持ちが嫌いというわけじゃないのかねえ」
「それはどうでしょうか」
レリックに対する嫉妬と羨望。憧れもあると思う。
だがそれは推測でしかない。
アクスさんがレリックをどう思っているか。
それはアクスさんしか知らない。
「さすがさすがウォフ少年だねえ。それならわざわざ言わなくても分かるよねえ」
「僕がレリック持ちだということを内緒にするということですね」
「うんうん。まあでもねえ。彼等も第Ⅳ級の探索者。実力は確かだからねえ」
「僕は別にいいんですけど、でもお弟子さんはどうなんでしょう」
特例で探索者になった彼女は当然レリック持ちだろう。
魔女はゆっくり尻尾を振ってうーむと唸る。
「そうそう。そこなんだよねえ。エミーは何を考えているのかねえ」
「エミー。アクスさんのお母さんですか」
「そうそう。雷撃の牙のことも知っているはずなんだよねえ」
そうするとレリックを全員が持ってないことも知っている。
「それとなくお弟子さんに聞いてみます」
「うんうん。頼んだねえ。あっそうだそうだ。ねえねえ。ウォフ君」
「なんです?」
「あれあれはどうだったねえ? ほら今の君でも出来る薬の調合だねえ」
「あっ、それはその、色々とあってまだ試して無いんです」
例の村。あんなことがあったから、いまいちやる気が出ない。
材料は揃っていても調合する気が無い。魔女は意外そうに言う。
「おやおや、君にしては珍しいねえ」
「すみません」
「いやいや謝ることはないねえ。成功したらコンに教えて欲しいねえ」
「はい。それは必ず」
ちょっとだけ罪悪感をおぼえる。
僕は魔女の家を後にした。
家に帰る途中。
野菜売り場でキュウリとレモンを買う。
「…………」
コンプレックスで思い出したことがある。
前世の記憶。学生の頃。
どうしても負けたくない相手がいた。
でも相手は全てが自分より上だった。
だから努力した。
頑張ればきっと追い越せると思った。
あれは夏。
夏休み。暑くてセミが五月蠅かった昼頃。
居間で麦茶を飲んでいた。
氷が解けて少し薄い味がした。
つけているテレビも面白くない。
心霊特集の途中で消した。
たいくつでしょうがない。
腹も減った。
でも素麺は飽きた。
どうしようか。
「そうだ。あれだ。冷蔵庫にキュウリがあった」
それで昨日の昼に見たあれをつくろう。
あれなら僕でもつくれる。
そんなときだ。
ピンポーンとチャイムが鳴った。
来客に心当たりはない。
夏休みで僕の他には、家には誰もいない。
セールスかなと面倒そうに玄関に出た。
驚いた。
僕が勝手にライバル視している相手。
短めの黒髪。日よけの麦わら帽子。
真っ白いワンピース。
少し日焼けした肌。
僕をみつめる真っ黒い瞳。
相変わらず強い意志が込められている。
彼女がそこにいた。
今も分からない。
なんで彼女が僕の家に来たのか。
とりあえず上がってもらった。
居間に通して麦茶を氷を入れて用意する。
なんで来たのかとか聞かなかった。
彼女は座って麦茶を飲んで黙っている。
何度か僕は話し掛けようとした。
何故か言葉が出なかった。
面識はある。
普通にクラスメイトとして多くは無いが話す。
ライバル視しているがそのことを彼女は知らない。
僕が一方的に嫉妬して羨望して追い付こうと頑張っているだけだ。
今にして思えば。
僕は彼女が好きだった。
だから負けたくなかった。
僕は、無言に気まずさを感じてテレビをつけた。
心霊特集は終わっていた。
コンビニ強盗とかのニュースがやっていた。
黙って彼女はテレビを観ている。
そんな彼女を僕は見ている。
無意識だった。
ふと彼女の頬が僅かに赤くなっている。
彼女も自分が見られているのは気付いていた。
でも何も言わなかった。
見られてそれに気付いて恥ずかしそうにしている。
それでも彼女は黙って見られているままだ。
その事実を知ったとき妙に心地良く感じた。
なんだろう。
彼女は僕のすること全部受け入れる。
手を伸ばせば彼女の全てを手に入れられる。
そんなことを感じた。
なんでそう思ったのか。
今なら分かる。
ただあのときの僕は若かった。
「―――なあ、お腹が空いてないか」
「え」
「今から、ちょっとやってみたいことがあったんだ」
「なに」
「あの夏の」
いま思えば、あれがあのとき。
僕の精一杯の勇気だった。
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