あの夏の②


コンプレックスで急にそれを思い出したのはたぶん。

あのときの僕が今の年齢に近かったからか。


「……僕は結局ずっと僕なんだな」


なんだか気付いてしまった。

この世界に転生してウォフとして生きても、前世と変わらない。


それが僕なんだろう。

自嘲する。


「まぁ変わりたいわけじゃないんだけど」

「ウォフ?」


誰かに呼ばれた。

なにげなく振り返ると、ドキっと―――した。


白いメッシュが入った薄緑色の髪。

髪の隙間から猫の耳が生えている。


片目を髪で隠し、麦わら帽子を後ろに引っ掛けていた。

長短の二つの白い尻尾。


猫獣人の美少女パキラさんだ。

それは分かる。よく分かる。


「…………」

「ウォフ? どうしたんじゃ?」

「あ、いや、その、ちょっとビックリして」

「ふむ?」


彼女は真っ白いワンピース姿をしていた。

いつもと違う姿で驚いたには驚いた。

でもそうじゃない。心の奥底から一番ドキっとした理由。


あの夏の彼女にパキラさんの姿がうっすらと重なった。


「………………」


まるで違うのに……白いワンピースだからか。

きっとそうだろう。


同じ服装だから重なっただけだ。

そうだ。


だから動揺しただけだ。


「どうしたんじゃさっきから。おぬし」

「あっ、あの、いつもと違う姿だったんで」

「わらわもこういうのは着る。変かのう……?」


パキラさんは少し恥ずかしそうにする。


「似合ってます。すごくとても」

「……そ、そうかのう」


照れて俯いてしまう。


「……」

「……」


なんか変な空気だ。妙に困る変な空気だ。


「ぬしは、ところで買い物でもしておったのか……?」


同じように感じていたのか。

パキラさんの声がうわずっていた。


「は、はい。パキラさんは、なにをしていたんですか」

「散歩じゃ」

「ひとりでですか」

「そうじゃのう。たまには、そんな気分じゃ、ぬしもどうじゃ」

「いいんですか」

「そんな気分じゃ」


そう歩き出す。僕は断る理由もなので隣に並んだ。

少し歩いて街を見下ろせる見張り塔跡に着いた。

所々に塔の残骸があるだけだが眺めがとてもいい。

パキラさんは眩しそうに眺める。


「なにかあったんですか」


聞いてから少し踏み込んだと思った。

パキラさんは猫耳を風に揺らす。


「そうじゃな。ぬしも無関係ではなかった。異変討伐の同行の件は覚えておるか」

「メガディアさんのですね」

「うむ。同行することが決まって、その出発が3日後の早朝と決まった」


3日後の早朝か。


「いよいよ行くんですか」

「そうじゃな」


気を付けてください。

月並みにそう言おうとしたがやめた。


「実は僕もダンジョンに行くんです」

「なんじゃと」


ぼくをみる目つきが変わる。


「4日後。荷物持ちの雑用としてです」

「ほう。雇い仔かのう」

「いえ、雇い仔じゃなくて知り合いに頼まれたんです」

「ふむ。おぬしもダンジョンか。パーティーはどこじゃ」

「雷撃の牙です。知ってますか」

「第Ⅳ級の実力派じゃな。それとレリック持ちがおらぬので有名じゃ」

「……有名なんですね」

「実力は確かじゃな。ただ探索者というのは聖人君子の集まりではないからのう。色々と言う輩やちょっかいをかけるのもおる。悪辣にのう」

「いじめですか」

「―――じゃが、そういうのを上手く対処できるのも実力じゃ」

「そんなに腕前がいいんですか」

「探索者としての見本じゃな」


「見本……」


パキラさんにそこまで言われるなんて、アクスさんたち。凄いんだな。

ただしその弊害があることは目を瞑ろう。


「探索者として必要な事を得られるじゃろう」


必要な事を得られる。それって。


「学べるってことですか」

「ウォフは探索者になるんじゃろう」

「はい」

「ダンジョン探索。それは簡単なことではない。ウォフ。探索の最大の敵はなんじゃと思う?」

「魔物ですか」

「環境じゃ。もちろん。魔物というのも脅威じゃ。しかしダンジョン内は何が起きるか分からない。それに持ち運べる荷物は限られておる。特に食事じゃな」

「食事ですか」

「大抵の探索者は重量も考えて保存食重視じゃ。しかし保存食は限られておるし、腹が膨れれば良いという考えじゃから……塩漬けの干し肉。脂分が分厚いチーズ。硬い黒パン。魚の干物。そういうものになるのう。味は二の次じゃ」

「……モチベーションが上がらないですね」

「探索が苦痛になるのう。他にも寝床問題もある。テントも野営の仕方も、環境が探索者のモチベを上下させるのは明白じゃな。基本が出来ておる雷撃の牙ならしっかり教えてくれるじゃろう」

「なるほど…………学ぶ。そう考えたことはありませんでした」


そういう考えもあるのかと目から鱗だ。

パキラさんはふむと前置きして。


「そうじゃな。教えてくれる者は滅多におらん。探索者は先ほども言うたが聖人君子ではない。親切でも優しくもない輩ばかりじゃ。そういう考えもない」

「……はい」

「雇い仔の扱いをみればわかるじゃろう」

「……そうですね」


街の中の出来事を思い出す。

まるで奴隷のような扱われ方だった。


「だから滅多にない良い機会じゃと思うぞ」

「あ、あの、ありがとうございます」

「ふむ? わらわは礼を言われることはしておらん」


パキラさんはきょとんとする。


「僕。実は今回の依頼。そんなに乗り気じゃなかったんです。仕方なくそうなってしまって、あんまり人と関わりたくないから、だから正直、嫌でした」


弱さを実感したのもある。

こんな僕でいいのか。


「……ふむ」

「こうしてパキラさんに会うまでは、やることだけをやればいい。それだけを考えてました。でもパキラさんと話して―――学ぶ。その考えで少し楽になりました。だから礼を言いたかったんです」


言った後、僕は余計なことまで吐露してしまったような気がした。

少し恥ずかしくなる。パキラさんは空を見上げた。


「わらわは昔のう。雇い仔をやっていたんじゃ」

「パキラさんが?」

「雇い仔というが、実際は弟子じゃったな。師と呼べる探索者からあらゆることを学んだんじゃ。それがしっかりと身になって、今のわらわがある」


パキラさんは僕を見る。


「だから学ぶという考え方が出来たんですね」

「うむ。ウォフ。おぬしも学んで来い。きっと身になる」


パキラさんは微笑んだ。

それがあの夏の彼女の笑顔に重なる。


そうしたらなんだか……なんだか僕は軽くなった気がした。

なにが軽くなったかは分からないけど、でも軽くなった。


「……パキラさん」

「なんじゃ」

「お腹空きませんか」

「そうじゃのう。言われると、空いておる……のう」


恥ずかしそうにパキラさんは顔を赤くする。


「それなら今から僕の家でごはんつくるんで食べませんか」


パキラさんはまるで猫みたいに瞳を見開いた。


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