第13話
「楓彩です。鬼月楓彩! 瑛太さんのピンチにズババっと参上しました!」
……キャラもかけ離れている。
何より、僕の知る鬼月楓彩には左腕が無いのにもかかわらず、鬼月楓彩と名乗る少女は五体満足だ。
おまけに髪型も違う。
「そっかそっか、この姿で会うのは初めてでしたね」
刀を持たない左手で耳元の髪の毛をいじる鬼月さんの楽観的な発言に大きく首肯した。
「簡単に言えば私は――」
言下、鬼月さんの背後から茨が風を切って伸びてきた。
鬼月さんは見向きもせずに首を傾げて茨を回避し、僕へ届く前に切り払う。
そしてようやく怒り心頭な里美沢へ振り返った。
「あー、すみませんほったらかしにして」
「……アンタ、なんでここに居るの? ここはアタシと上ヶ丘君だけの夢のはずだけど」
「瑛太さんが私の夢を見てくれているってことじゃないですか?」
などと、照れ笑う鬼月さん。
その態度が里美沢の火に油を注いでいることに気が付いていない。
「アンタみたいな虫はさっさと潰しておくべきだったわ」
今まで見たことのない里美沢の表情につま先まで痺れた。
蛇に睨まれた小動物の気持ちをこの数瞬で理解してしまった。
ただ、怖い。
まるでこれから迫るであろう痛みを先取りしているかのように脳が彼女を直視することを拒絶している。
「あはは! じゃあ、ハッキリ言ってあげましょう。私がなんで瑛太さんの夢に入れたのか」
鬼月さんは胸を張って堂々とした態度で里美沢が放つ冷酷な視線に立ち向かった。
まるで僕を縛り付けている恐怖を断ち切るような笑い声を上げて、鼻から息を吸い込んだ。
「私は上ヶ丘瑛太さんのことが大大大、大好きだからです!」
トンカチで後頭部を殴られたように怖いという感情が鼻から飛んでいった。
僕と同じく、里美沢も口を開けて素っ頓狂な顔をしている。
「だから! どんな場所でも会いに行ける! だから、どんな相手でも瑛太さんを守り抜ける! 今の私は誰にも負けない! 特に瑛太さんへの愛では!」
マジで何言ってんだこの子。
嬉しさより先に恥ずかしさが来る。
遅れて困惑も感情に追いついて来た。
「……お、鬼月さん?」
「むふー」
言ってやった、じゃないのよ。
里美沢は今にも目から光線でも出しそうな眼圧でこちらを見ている。
「さて、何が目的か知りませんが私の瑛太さんに手を出さないでもらってもいいでしょうか!」
と、鬼月さんは勝気な表情で手にした刀の切っ先を里美沢へ向けた。
「ブスが……黙れよ」
「ぶっ⁉」
ここでようやく鬼月さんの顔が歪んだ。
「何調子乗ってんの? キャラも痛いし、幼稚だし、顔も良くないし、何よりスタイルが終わってる。さっきからこっちに背中向けて話てるのかと思ったわ、このド貧乳」
「貧っ⁉」
鬼月さんは何故か顔を赤くして僕へ振り向いてくる。
咄嗟に視線を逸らしてしまった。
確かに、スタイルで戦うのであれば里美沢と鬼月さんでは控えめに言っても勝負にならない。
顔は別にブスって程ではないだろう。
胸は……まぁ、うん。
「ええええ瑛太さん! なんで目を逸らすんですか! ちゃんと私のこと見てください!」
「はい、ごめんなさい」
僕としては女子同士の口喧嘩に巻き込まれたくないので、このまま居ないふりをしたかった。
「よ、よくも言ってくれましたね! あなただって……こ、根性無しのくせに!」
身体の成長具合では勝てないと判断した鬼月さんは里美沢の内面を標的にした。
悲しいけど正しい選択だと思う。
「はぁ⁉ アタシのどこが根性無しだって言うのよ!」
「いつまでたっても瑛太さんに告白できずに、こんな卑劣な手でしかお近づきになれないんですから、あなたは臆病者です!」
「うっせんだよこのブス! 何も知らないくせに! お前の方こそこんな状況でしか告白できねぇ根性無しじゃんか!」
「しないよりはマシですぅ~! それとブスじゃないですぅ~!」
「んなガキみたいな貧乳が相手にされるわけないじゃん、バカじゃないの?」
「あーっ! また胸の事言ったーっ! もぉーーっ!」
両者一歩も譲る気はない様子だ。
このまま二人に気づかれずに逃げることは出来ないだろうか。
と思ったが、仕切りに里美沢と鬼月さんの鋭い視線が僕の足を縛り付ける。
「ふんっ、そんな嫌な性格だったら恋人はおろか、友達の一人もいないんじゃないですか?」
その鬼月さんの口撃に、里美沢は言葉を詰まらせた。
だが、鬼月さんは構わず続ける。
「全部自分のーなんて、古い漫画のガキ大将とやってることがおんなじです! ダサいです!」
「……」
「おまけに……」
僕は鬼月さんの両肩を掴んで止めた。
「ん? どうかしましたか? 瑛太さん」
「い、いや、里美沢……メチャクチャキレてるから」
鬼月さんは改めて下を向いて肩を震わせる里美沢を見た。
「ぷっ、本当の事言われてキレるとか、それこそジャイ――」
「――おいマジでやめろバカ!」
思わず普段なら鬼月さんに絶対に吐かない暴言が飛び出てしまった。
「……るさい……うるさいっ……うるさいうるさいうるさいうるさい!」
ワナワナと震えていた里美沢の体は次第にあたりへ影を落とし始めた。
彼女の身体をどこからともなく生えてきた茨が包み込み、巨大な繭のような塊へと変貌させる。
「……鬼月さんのせいだからね」
「あ、あはは……ちょっと挑発しすぎましたかね……」
みるみるうちに巨大化していく茨の塊は、女性を模り、影の中にいる僕らを見下ろしてきた。
『どうせ、ここはアタシの世界なんだ……死にたくなるほど、心がめちゃくちゃに壊れるほど、怖い夢を見せてあげる』
五臓六腑に響く狂気に満ちた声音。
僕が素面だったら硬直して何もできなかっただろう。だが、冷静さを保てているわけは、近くで鬼月さんが腑抜けた顔をして里美沢を見上げているからだ。
「逃げましょっか?」
全力で走った。
背後から巨大化した里美沢の腕が迫ってくる。少しでも足を遅めればあの茨に掴まって終わりだろう。
命を燃やして疾走する僕の横を、鬼月さんは顔色一つ変わらない笑顔で走っていた。
「どうする気だよ! 鬼月さん!」
「どうしましょー! 久しぶりに感情に任せて喧嘩しちゃいました!」
「なに笑ってんだ! 状況を考えろ状況を!」
一つ分かったことがある。
鬼月さんのキャラが代わったわけじゃない。彼女は浮かれているのだ。
その理由は判然としないが、今だけは安心させてほしい。
「もう……無理、走れない……」
夢の中だというのは理解しているのに足が重い。
息が上がって頭を持ち上げることも辛くなってきた。
「えー。瑛太さん、普段からちゃんと運動してますか?」
自分でも、もう少し走れると思ったが、これも里美沢の仕業なのか、身体が思うように動いてくれない。
「仕方ないですね、少し失礼しますよ」
鬼月さんはそう言って僕の背後に回ると、徐に腰に手を回してきた。
「えい」
陳腐な掛け声の直後、僕の両足が地面を離れた。
「え」
「ちょっとスピード出しますよー」
僕との体格差も物とせず、鬼月さんは僕の体を左肩に抱えて走り出した。
自分で走るよりも圧倒的に速く、三秒ほどで里美沢の影から抜け出すことに成功する。
「鬼月さんマジで⁉」
「えっへん。私の競争相手は野生動物でしたからね! さすがに車には勝てませんけど、馬くらいの速さは出せます!」
「……じゃあ、今度から
「それはやめましょうか」
僕らは学校の敷地から抜け出し、遠く離れた建物の影から里美沢の全体図を見渡していた。
「大きくなりましたねぇ」
「誰のせいだ、誰の」
男を一人抱えて疾走したにもかかわらず、鬼月さんは鼻で息をしては、里美沢の様子を伺って楽しそうな表情をしていた。
「……あのさ、百歩譲って、鬼月さんだっていうのは分かったんだけど……なんで浮かれてんの?」
「んー、だって瑛太さんに会えて嬉しいからですよ」
よく考えてみれば、僕に対する呼び方も普段とは違う。
確かに、細かい口調や仕草など、左腕と伸びた髪の毛を除けば鬼月楓彩そのものだ。
鬼月さんに妹がいたらこんな感じなのかと、脳を守るために妄想しておく。
「まぁいいや……さっき少し気になったんだけど、いいかな」
「はい、何でしょう?」
「里美沢が全部私のー……ってどういうこと?」
「お、細かいところによく気が付きますね」
普段の里美沢を見る限り、全部を欲しがるような強欲な人間ではないと思った。むしろ、何も欲しがっていないというか、何事にも無関心でクラスとは隔絶した人物という印象があった。
「さて、ここで問題です」
「んな悠長な」
「里美沢さんが日頃から抱いており、タマホウシに魅入られてしまった欲求とは何でしょう」
「それは……夢路っていう名前なんだから睡眠欲だろ?」
「半分正解です」
「もう半分も答えなきゃだめ?」
「あ、飽きてます?」
僕は頷いた。
「もー、付き合い悪いですね」
「いやだから状況を考えろ」
なんか段々イライラしてきた。
「答えは独占欲です」
「独占欲? 里美沢が?」
「はい、あの人、ああ見えて瑛太さんだけでなく、不特定多数の人にも同じような都合のいい夢を見せています」
「じゃあ、失踪した人たちは」
「今頃、里美沢さんと甘―い生活を送っている夢でもみているんじゃないんですか?」
「なんで、そんなこと……里美沢が」
「そこまでは知りません。ここに入ってくる時に感じた感情はそれだけです。動機や原因については瑛太さんが解明してください」
ここでようやく鬼月さんの口調がいつもの真面目な口調に戻った。
「僕が?」
「はい、お友達、なんでしょう? サポートはします……あ、でもその前に瑛太さんに頼み事をしても良いですか?」
鬼月さんはまたしても浮かれた笑顔に戻り、僕の目の前まで距離を詰めてきた。
「……その、里美沢さんを制圧するために今のままじゃ力が足りないので……」
「うん」
「……キス、してください」
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