4-4 眠れない夜

 石川先生から真雪さんに関する話を聞いた日の夜は、ほとんど眠れなかった。


 私は元々、真雪さんの母親の敬子さんに頼まれ、月二回、土曜日に伺って真雪さんと昼食を一緒にするという約束だった。

 敬子さんからの「アルバイト料」と称する手当が最初は魅力的だったものの、その金銭的な対価がやがて、疎ましく感じられるようになった。

 なので、その代わりに、周囲で見聞きしたなんらかの「謎」を真雪さんに話し、解いてもらおうと思った。それなら、真雪さんは名探偵としての威厳を保てるし、私もアルバイト料を気にしなくて済む。誰に相談したわけでもないけれど、自分なりにバランスを取っているつもりだった。

 でも、考えてみれば、私が話す「謎」には、明らかに、恋愛絡みの事件が多すぎた。当初は、(思春期とはそういうものか)と思っていたけれど、それも石川先生の話を聞いた後だと、にわかに疑わしくなってくる。


 たとえば、このあいだの、佐藤夢亜と木村琴子のこと。

 あの二人の別れ方は、なんだか異常だった。少なくとも、ふつうではなかった。

 もしそれが、真雪さんの特殊能力のせいだったとすれば……。

 真雪さんに話を持ちこむことになる私にも、責任の一端がある、ということになりはしないか。

 夢亜と琴子から事情を聞くために、それぞれ呼び出して会った時の、あの二つの表情が脳裏に浮かぶ。

 もし、それが私のせいで……。

 つまり、私が真雪さんの家に通い、「謎」を求める真雪さんに応じて話すせいで……。二人があんな別れ方をしたのだとしたら……。


 怖い。


 石川先生がいっていたように、たしかにこういうふうに考えてしまうと、怖い。

 もちろん、つきあうだの別れるだのは、本人たちの自由だし、そこになんらかの力が働いているなどとは、彼女たちも思っていないだろう。証明のしようもない。

 それでも……。

 もし、私が二人と関わっていなければ。

 もし、私が真雪さんと関わっていなければ。

 あの二人は今頃、まだ幸せだったのだろうか。

 いや、もしかすると、あの二人だけではないのかもしれない。

 私が去年から今まで、他人事のように見聞きし、真雪さんに相談してきた、さまざまな話……。それもこれも、すべて、私が関係してきたのだとしたら。


 想像が、ぐるぐると、頭の中を駆け回ってやまない。

 そういえば、あの時の先生の話は、なんだか変だった。

 先生は、真雪さんのことを、「ご存知の通り、身勝手で傍若無人」「荒れて暴言を吐く」などと語った。

 私が知る真雪さんの性格は、それとは真反対だ。ほとんど別人といっていい。いや、多少、通じる部分くらいはあるかもしれないけれど……。

 それより何より、先生の態度自体、変だったような気もする。

 石川夜々先生といえば、とにかく厳格な人というイメージだった。真雪さんから作家としての顔を教えてもらい、その意外な作風を知るにつけ、これまでとは異なる印象が、自分の中にかたちづくられていったのは確かだ。

 それでも、いきなりあんなふうに、ギターを持って歌いだすとは思わなかった。まるで、いうことをきかない生徒によほど手を焼くか、私に厳しいことをいう前にサービスでもしてくれようとしていたかのようだ。

 暗闇の中でスマホの明かりをつける。1:30、45、2:10、25、30、3:45、……目が冴えたまま、早いような遅いような、時間だけが過ぎてゆく。


 部屋のカーテン越しに透けてくる窓の外の色が、漆黒から薄青に変わった。

 それがその夜の最後の記憶だった。

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