第8話 主人公

side…⁇⁇

月面にて運命が笑い転げる。

ふと横を見ると旧支配者は意識を取り戻している。

依代から帰ってきた旧支配者に運命が質問を投げかける。

「どうだったか、久しぶりの地上は」

旧支配者は応じる。

「やはり楽しいな、いやぁ想像以上だった」

運命は告げる。

「地上の文化も細かくなってきて中々良いものだぞ、以外に信仰も必要されているそうだ。2回目の星震も近いしな。それまであの玩具で遊んで時間を潰すか。それに化身共も出ていきたそうだ。yogが喜んでいたぞ。」

「そいつは中々だな。今後に期待という所だ。しかし、あんたの主人はどうだ?」

運命が自らの頭を振り、笑う。

「あの、赤ん坊が何かを考えられる訳が無いだろうが。」

旧支配者も釣られて笑う。

「そりゃそうだ、なんたって“白痴”だもんなぁ。主人公になりうる存在も出てきたし最近は楽しそうなことばっかだ。」

愉快そうに二人は笑う、二人はあくまでも地球における劇を見て楽しむだけの傍観者であり、視聴者に過ぎない。


二人にとっては世界など戯曲に過ぎないのだ。


side志島霧矢

志島は憮然としていた。「夜明け」メンバー全員が親クランである明星の雫からー聞き取りを3時間も受けた。勿論内容は深淵内でのイタカとの遭遇についてだ。

明星の雫は迷宮省に出遅れた為、使節団を出す事が不可能だったのだ。理由としては迷宮省の送った使節団が壊滅したことにある。

その為「イタカ」及び「黒山羊軒」は特殊指定災害級モンスターに指定され、全冒険者は討伐に協力しなければならない立場に置かれたのだ。

それにより各クランはある程度の出費を理解して負担しなければならなくてなったのだ。特に超大手クランである明星の雫は負担割合が高い。また事実かどうかは兎も角、迷宮省に指定級モンスターに認定されたイタカに接触を試みるのは幾ら明星の雫でも無理だ。

その為、明星の雫は現在行える事が情報収集のみなのである。


そんな中、志島達はイタカが迷宮省の使節団を襲ったという情報を信じる事が出来なかった。自分達にあれだけ親切にしてくれた恩人がそんな事をする人ではないと信じたかったのだ。

しかし特殊指定災害級モンスターとなってしまった手前、イタカは必ず討伐しなければならない。迷宮省の田中は討伐隊に志島達を含める事を提案していた。勿論理由としてはイタカの手を少しでも鈍らせる為である。


また、特殊指定災害級モンスターの素材は殆どが研究の名目で迷宮省が独占できる。

法の拡大解釈をすれば「夜明け」のメンバーが買った装備達も没収されてしまう、幾ら明星の雫と言えども迷宮省との正面からの争いは分が悪い。


今回明星の雫は迷宮省に協力する姿勢を取った。


今回編成された討伐隊、総数236名 合計48パーティによる大規模討伐隊はコードネーム(山羊狩り)の名称を冠した。

大規模討伐隊は今まで何回か編成されていたが、今回は特に精鋭が集められている。


この中で明星の雫はある推測をしていた。迷宮省の目的は素材の独占の他に何か目的があると。その為わざわざ“占星”に依頼して迷宮省の内部を確認しようとしたが失敗した。

明星の雫上層部は気がついた、明星の雫が利益をとれる最善はイタカと秘密裏に接触を試みる事にした。


その為に明星の雫は現最強パーティを呼び寄せた。

弥生月華率いる世界3位のパーティ「王冠」である。

月華達に志島を加えた秘密裏接触者達は、斥候という名目を立てて黒山羊軒に赴いた


志島は思う、何故こんな事になったのかと。威圧感のある「王冠」のメンバー達のピリピリした様子に胃を痛めそうになった。






side影浦悠


深淵38層、大穴の淵の湖畔に少年はいた。少年の目はいつぞやの冒険者の様に酷く澱み、生命の光を一寸程も感じられないものだった。


彼は冒険者としては落ちこぼれだった。

両親を事故で失った彼は最愛の妹の為に高校を中退して、冒険者として働く事になった、彼には冒険者の適正は無かったが、学歴の無い彼が働く事が出来るのは冒険者だけだった。

幸いにも気の利く性格である事から荷物持ちとして雇ってくれるパーティがいた。そこはそこそこの収入があると言えども中々にハードだった。

だが、彼には応援してくれる年上の幼馴染と妹がいた、いたから彼は頑張れた。

普段は2人たまに3人そんな窮屈で、少し退屈な普遍的幸福である愛おしい日々がいつまでも続くと思っていた。


ある夏の日、妹をおつかいに行かせた。


妹は帰ってこなかった。


勿論、彼は妹を探した、警察にも届け出を出した。

結果は日本第3ダンジョンの淵に見つかった、妹が履いて行ったサンダルだけだった。警察はこれを自殺として処理した。彼は必死に警察に訴えた、妹が自殺する筈が無いと、ただ現実は非情だった。


妹が行方不明となりほぼ廃人と化した彼をなんとか立ち直らせたのは幼馴染だった。

彼女は彼を励まし、叱咤し、妹も必ず見つかる筈だと呼びかけた。彼はなんとか生の淵に立つ事ができた。彼は妹を見つける為に幼馴染の献身に応える為にも今まで以上に頑張った。



だが、幼馴染は死んだ。



幼馴染も冒険者の魔術師であり、彼女は迷宮省直轄の部隊に所属していた。彼女は幼馴染の彼に少しでも良いものを食べさせる為、危険な任務に着く事になったと聞かされた。

迷宮省の仕事は拒否不可能である事を幼馴染から、聞かされていた彼は迷宮省を憎んだ、直接的に命を奪ったダンジョンを憎んだ。

彼は迷宮省の情報を集め出し、裁判を起こそうとした。危険である事を承知で拒否不可能で仕事をさせたと、そのせいで幼馴染が死んだと。


結果、彼は深淵に落とされた。迷宮省の秘密に触れ過ぎたのだ。

仕事帰りの日、彼は迷宮省の男達に攫われ、下層50層まで運び込まれた。面倒な人間は下に投げ込み自殺に見せかけるのが吉だと、男達は言っていた。そして、壮年にオールバックのリーダー格の男は言った。

「これはこの国の為にやっている、全て国の為だ。世界の為だ。恨むなら世界を恨め。」

それが彼が地上で聞いた最後の言葉だった。彼は深淵に蹴り落とされた。

彼は自由落下の最中、慟哭する。


「俺は絶対に這い上がる、復讐してやるこの世の全てに。」

こうして世界に選ばれた勇者の力を秘めた少年は復讐者になった。


永い浮遊感の後、湖に叩きつけられる

薄れゆく意識の中、彼は想う。ならば世界を、国を、恨んでやろうと。

絶対に復讐してやろうと。

#湖の底に沈んでいき、必死に翳す手は届かない。

彼の澱んだ左の瞳の最後の仕事は、湖から姿を現した奇怪な怪物を映す事であった。




side???

怪物は笑う。封印が解けた、自由の身に感激する。封印の解除の原因は目の前で死にかけている。上機嫌なまま彼は少年の傷を癒す。人間には決して手に入らない秘薬を惜しみなく使う。

彼は思う“この恩人には相応の礼を用いなければならない、ならば”

彼は少年の何も映さない左の瞳に自らの18ある複眼のうち一つを抉り出し嵌める。

少年は、彼のあずかり知らぬ所で、人外と人の狭間に立つ事になった。

ただ、その効果は絶大である。微かに天の声が響く。


ジョブチェンジします。

熟練の運び屋→旧支配者の眷属


彼は、彼の名はクトゥルフという。

星間を支配し、ハスターを好敵手とし、星震により殺戮と陵辱と破滅の限りを尽くした旧支配者。彼はこの少年に恩を感じた、つまりそれは少年の人生はどうしようも無く殺戮に満ちた人生になる事になる。

尤も、クトゥルフの恩返し自体が少年にとって良いものであるかは不明であるが。




クトゥルフ

偉大な旧支配者であるクトゥルフは世界の真理たるヨグ・ソトースの従弟同士なれど

外なる神の匂いを嗅ぐ程度しかできない。つまりそれは旧支配者と外なる神の力の断絶を表す。


黒山羊軒、「すぐ分かる東京ダンジョンにいるやべー奴ら大全」より抜粋

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