十二.営みはいとおかしき

さぁ、来たぞ土曜日。その午前中。昨日はわっくわくして、寝れませんでした!でも目はギンギン、心もギンギン!下半身は落ち着いてる。ダイヤの発送は、昨日無事に済んだらしい。憂い無しだな。昼飯を手短に済ませ、もう一度洗顔と歯磨きを行い、自室に戻って最終確認をする。装備、服装は前回のショッピングモールと同じ。やっぱこれが一番まともだわ。事前にリサーチも済ませた。まずは、というかこれしか目当てが無い、野菜直売所。トマトでも買い与えるつもりだ。それ以外のプラン、無し!いやホントに、見どころ無いなぁ。後は夕方の盆踊りと、夜に川沿いで上がる打ち上げ花火くらい。出店で時間潰せるだろうか。念のため、百円玉と千円札はどっさり用意してある。今日は基本、俺の奢りで行くつもりだ。カズもまぁ、常識ある人間。手当たり次第買う、なんてことはないだろう。ないよな?無いな、良し。勝負服をしゅばっと身につけ、ベッドに寝転び、連絡を待つ。あ、それと、偶然なのだが、ほんっと〜〜〜に偶然なのだが、午後から両親が家にいない、夜まで。ヒャッハーーー!コホン。母親は友人と食事の後、買い物。父親は接待ゴルフ。こんなご都合主義で良いのかしら。良いんです。日頃の行いだな。

午後一時をとっくに回った頃、

ヒュポン

がばっ

メッセージ通知音。飛び起きて確認する。

『あと十分くらいで駅に着くよ。』

ドッグン

心臓のギアが上がる。全身に熱き血潮が駆け巡る。いざ、勝負の時。震える指先でなんとか返事を送る。

『了解。迎えに行く。』

仮面ライダーのごとくベッドから飛び降り、着地。駅に、馳せ参じなければ。軽く制汗剤を吹き付けたりしちゃって。スマホ、財布、ハンカチ、ティッシュ、ビニール袋、タオル…必需品を片端からウェストポーチに詰め込んだ後、ショルダーに装着する。良し。あ、念のため。飛ぶように廊下を渡り、洗面所へ。水で顔を洗って気合を入れ直す。大丈夫、問題無い。何となくうがいもする。今度こそ、良し。流れるようにスニーカーを履き、踵を整えて、

「行ってきます。」

自分の覚悟のために呟き、家を出た。鍵もちゃんと閉めた。天気は、曇り。予報を確認したが、雨の心配は無し。家から駅までは五分もかからない。立地最高。駅前は出店や展示で賑わっている。遠くから祭囃子も。予算無いなりに頑張っている。砂利ん子が山ほど居て、俺の進路を妨げる。ちくしょうが。タイムロスに憤りを感じつつ、到着。改札を出たところのベンチに腰掛ける。狭い駅だから、ここから電車ご停まるところも見える。背中や脇からは、もう汗がそこそこ滲んでる。暑いのもある。だが、正直、めっちゃ緊張してる。今更だが、楽しんでもらえるか?という不安。こんな寂れた町のおぼこい祭で良かったのか?お金のことなんて気にせず、思い切って遠出した方が安心だったのでは?無駄な後悔が押し寄せてくる。

「もう仕方無いだろ、やり切るしか。」

言い聞かせるが、一度浮かんだ後悔はなかなか消えない。頭を抱え、地団駄を踏む。どうしようもない。待つこと三分余り。

「間もなく、一番乗り場に、電車が、到着します。」

はっ、と顔を上げる。来た、アナウンス。同時に、起立してしまう。畏まる必要も無いのに。

ドグン、ドグン

心臓のギアがさらに一段上がる。不整脈?落ち着けよ、全く。胸を握り潰すように抑え、電車を待つ。やがて、

キイィィィ、キイイイィィィー、

ガッタン

フシュァーーー

電車が入ってきた。いよいよだ。久しぶりのあの姿での面会。心躍る躍る。電車のドアが開き、人々が降りてくる。なんか多いな。祭目当て?想像以上の人混みが流れてくる。カズはどこ?この人じゃない、違う、違う、違う、違う、あ、これじゃん、分かり易っ。てかモーゼみたいに、人混みが避けてるんだけど。何これ。人混みの中を白い人が真っ直ぐに通り抜け、何のことはなく改札を出る。ちょっとキョロキョロした後、俺に気づき、すっすっ、と歩み寄ってくる。足取りがスムーズだな。練習したのか?目の前まで来たところで、片手は帽子に、片手は腰に当てて、ポーズを決める。煩わしっ。

「やぁ、お待たせ。」

決めポーズはともかく、やっぱ良いな、服。ちょっと浮いてる感は否めないが、それにしても似合ってる。白の円盤から黒髪が根を下ろし、顔に陰を落とす。その瞳や唇は、どこか妖艶に照り輝くようだ。あの夢が、フラッシュバックしそうになる。やめろ。それで、鎖骨が覗く胸元から、清楚なカーテンみたいに膝下まで真っ直ぐ柔らかな布地が下りる。露出する手首足首に色気があるような無いような。サンダルもグッドだ。優しくカズの足を包んでいそう。てか爪綺麗だな。手入れちゃんとしてんのね、女子っぽい。

「むぅ、じろじろ眺めるのも良いけれど、素直に感想を口にしてほしいものだがね。」

少し頬を膨らまして顔を背ける。表現が古いわ。

「あぁ、素晴らしい。これ以上無いくらい似合ってるよ。」

ちょびっと皮肉を込めた。その方が顔が赤くならないから。

「褒めてるかどうか微妙だね。」

「お前が言うか?」

「そうか、そんな時もあったかも、ね。」

膨らんだ頬が緩んで横に伸びる。挨拶はこんなもんで良いだろう。足元に目をやる。カズの爪先も出口に向いてる。早く行きたいみたいだしな。

「じゃあ、行くか。」

「あぁ、エスコートよろしく。」

「そんな大したものは無いぞ、悪いが。」

「本当にそうかな?それは、私達次第さ。」

「ふっ、何だそれ。」

変な返しに思わず笑ってしまった。緊張が少し解れ、感情がマイルドになる。二人して並び、歩を進める。いざゆかん、祭の地へ。


「何だ、結構雰囲気あるじゃないか。」

「そうだな、驚きだ。」

場所は大通り。祭のメイン舞台、一番賑わうところ。両側にずらっと出店が並んでいる。食べ物で言えば焼きそば、唐揚げ、かき氷、ベビーカステラ、はし巻き、綿飴、チョコバナナ等々。ラーメンもある。他は金魚すくい、くじ、輪っか投げ、射的、いややっぱくじ多いな。やたらゲームソフトを強調して、子供を釣ろうとしている。どうせそのケース全部空なんだろ?全く。それに、値段も思ったより高い。俺が小学生の頃より平均二、三百円上がってる。たこ焼き一舟八百円だぜ?子供買えないよ。

「祭らしい祭は行ったことがなかったから、目新しくて面白いよ。」

「それは良かった。」

「ところで、どこに向かってるんだろう、私達は。目的地とか、あるのかい?」

「野菜直売所に向かってる。大通りを抜けた公民館前だ。」

「ほーう、気が利くねぇ。」

何だその反応。

「それに、ここで唯一、値段が良心的だ。」

「間違い無い。だけど、この値段も含めて祭なんじゃないかい?高いな、と思ってこそ、祭なのでは?」

「そうかもな。」

二人して冷静に周囲を分析しながら歩いていく。可愛げが無い。それよりも俺は、さっきから人目が気になる。子供達も保護者も、出店のおっちゃんらも、ジロジロとこっちを見ている。正確には隣の白い女を、だが。改めてカズの容姿を見る。どうあがいても可愛い。地方のファッション雑誌もいけなくはないか?くらいに思える。浴衣を着ている人もちらほら見かけるが、比類しないくらい浮いている。ヒソヒソ話してるのも聞こえる。

「うわ。」

「うおっ。」

「凄いね。」

「凄いな。」

「高校生?」

「ママー、あの人、綺麗。」

「こら。」

子供の純粋な称賛がきついこと。俺が選んだんですぅ、この服。てかなんで俺の方が緊張してんだよ。カズは耳こそ赤いものの、顔自体はそこまで紅潮していない。むしろ誇らしげに見える。その肝、分けて欲しいぜ。会話で緊張を紛らわし、大通りを分け入っていく。


「着いた、ここだな。」

「おぅおぅ、どう見ても直売所だ。立派なものだ。」

そりゃそうだろ。大通りを抜けて右折し、少ししたところに公民館がある。その入口前でテントがいくつか設営され、おっちゃんおばちゃんが野菜を売っている。かぼちゃやトマト、大根、玉ねぎは生では食べられないが、氷水でパンパンにされたクーラーボックスやタライにある、きゅうりやトマトはそのまま食べられる。スイカもあるようだ。バケツでやたらめったら冷やされ、切り売りしてくれる。俺はスイカにしようかな。カズも興味津々のようだ。

「トマトでも買おう。」

ぐるん

白い身体が捻り返してこちらを向く。おっとっと、元気にも程がある。まるで玩具を前にした子供みたいだな。

「そうだね、買おう。」

ここで、カズより早く、すっと財布を取り出す。

「俺が出す。」

財布を開きながら格好つける。するとカズは当惑した顔で、

「いや、私が出すよ。差し入れの件もあるし。」

あーそうかー、そういうパターンもあるかー。まずいことになった。商品を目の前にして、お互い財布を手にして固まる。

「俺が出すって。」

「いや私が出すよ、お返しさせておくれ。」

「いや、でも…」

カズは頑なだ。売り子のおばちゃんもオロオロしている。これ以上時間をかけるのも忍びない、か。財布を持つ手が下がる。

いや、ダメだ。ここで逃げるわけには、いかない!手に力が戻る。

「いや、俺に出させてくれ。仕事の労いはまだ終わってない。今度、カズが俺を遊びに誘う時、その時に奢ってくれ。」

理由も合わせて言い切った。

う、あぅ、

カズはまだ何か言いたげだったが、さっさと千円札を取り出し、

「これで。」

とおばちゃんに渡してしまった。流石に観念したのか、カズはしぶしぶ財布をしまった。勝った。良くやった、俺。一分待って、おばちゃんがでっかいトマト一丸と、でっかいスイカの切り身を持って手渡してきた。トマトは拳くらい、スイカは俺の顔くらいある。デカ過ぎんだろ。俺は種を吐き出すための紙コップも受け取る。この二つで四百円だった、安過ぎ。近くのベンチに並んで腰を下ろす。カズは帽子を脱いで膝の上に置く。それでは、賞味。

「いただきます。」

「いただきます。」

あんぐり

かしゅ、ぶっしゅ

しくった。喉まで汁が垂れるくらい大口でかぶりついてしまった。だってそうしたかったんだもの。

くしゅ、くしゅ、かり

時折現れる種の触感に不快を感じながら咀嚼する。

「うんめ、うめぇ。」

大地の恵みってすげぇ。瑞々しい。それでいて味は水っぽくなく、確かな甘みを感じる。それに繊維質で歯応えもばっちり。加えてキンキンに冷えてる。コンディションとして全てが最高。感謝感激大満足。口に含んだ種は紙コップへ。

このように最初は美味しさに感動したが、二分くらいして、

「きついわ。」

もう要らないモードになった。量多いわ、半分でも多いのに。両手にのしかかる水分の塊、可食部をまだまだ残すその様に恐怖を感じた。おっちゃんおばちゃんさぁ、多いって思わないの?自分では食べれないでしょ?こんなに食わせてどうすんの?昼飯、抜くべきだったか?気分転換しよう。横のカズに目をやる。

あ、む

ちゅくっ、ちゅばっ

ちんまいねぇ、一口。ハムスターのような口運びでトマトをしゃぶっていた。可愛らしい食べ方たが、ちょっと煩わしいさも思う…あ、いや、服に飛ばないようにしてるのか。そうか、汚れ目立つもんな。配慮が少し、足りなかったか?片手でバッグを弄り、ティッシュを放り出す。

「使うか?ティッシュ。」

「う、うん、ありがとう。」

ティッシュを二枚取り出して、トマトを持つ手に添える。

トマトをかじったところをじっと見る。抉られ、中の、何かジェルみたいなぶよぶよの所とか、黄色の種が見える見える。一口はこのくらいの大きさなのか、このくらいの威力なのか。妄想、もとい想像がはがどってしまう。

「ん?食べる?」

俺の視線を誤解したのか、そう提案される。別に欲しくはない。ないが、ここで退くのは漢として良くないかもな、やれやれ。

「じゃあ、もらおう。」

トマトを受け取ろうと、スイカを片手で持とうとした、その時、

ぐいっ

?!目下に、赤色、いや橙色?緑色?ちょこっと黄色?が差し出された。思考がバグる。ト、トマトだ。トマトだが、どういうことだ?!受け取るにしては、顔に近過ぎるぞ?!それに、そこ、カズがかじったところ、だよな?いやまさか、そんな…

にたぁ

「あーん、」

カズが、妖艶に、不敵にそう言う、そう、いうぅぅぅううう?!きっ、貴様ぁあああああ!何をやっているぅ、この、この俺に、あーん、だとぉおおお?!ふざけるなぁ!この公衆の面前で、だぞぉ?!それに、それにそれに、そこをかじれってっ、かあああぁぁぁあああ?!そこだけは避けようと、思ってたのにぃ!何で、どぉしてだよぉ!この感じ、俺が食うしかねぇじゃん、そこぉ!思わず顔を引くが、さらに近づけられる。逃げられない。もう唇がつきそうだ。あのおばちゃんもこっち見てるよぉ、はよう食え、とか思ってないよなぁ?ねぇカズぅ、性格悪いぞぉ、俺を虐めて、楽しいかよぉ。

くい

そうこうしているうちに、トマトをさらに近づけられる。もう唇が触れそうだ。ええいままよ、もうやるしかない!心臓から首、顎、エネルギー循環、行くぞ!

んぱっ

口を開け、顔を僅かに前に出す。

かっ

歯をトマトに突き立て、そのまま、

んぐっ、

勢い良く閉じる。顔を離す。口に残る何かしらの触感。そのまま嚥下する。

くっ、はぁ

終わった。味なんて分からん。あのかじったところの上から、皮と身をちょっと削ったくらいで済ませた。汁も飛ばしたくなかったし、対応としてはまずまずだろう。カズはというと、トマトを掲げ、俺が食べたところを不思議そうに眺めてから、俺に目配せする。

「なんでもっとかぶりつかなかなった?」

とでも言いたげな目をしている。知らねぇから。俺が目で答えると、

ふーん、

あぐ

?!こいつ、俺が食べたところの上からかぶりつきやがった?!全く動じることなく?!

ぐしゅ

くしゅ、くしゅ

そのまま噛んで、飲み込む。し、信じられねぇ、間接キスなんだが?俺の唾液が微妙ながら付着してるんだが?それを味わったっていうのか?こいつ、恐ろしい。

ごくり

完全に呑まれてしまった。もう俺はスイカを抱えるだけの一般人だ、不甲斐ない。

「ねぇ。」

「あ、あ?」

「そっちも、一口、もらえないかな?」

ぞぞぞっ

止まらない侵攻に身震いする。自分の持ち札で俺を圧倒するだけでなく、ここまで来る、とは。だがしかし、これはチャンスだ。ここで俺が形勢を奪い返せば、今後の展開で勝機がある!ぐっ、とスイカをしっかり両手で抱え、カズの口元まで掲げ、ようとした。

「んしょ、っと。」

ゑ、はぁ、はあ?!

カズは、カズが身を屈め、俺の腹の辺りへ乗り出す。俺の手を上から覆うようにしてスイカを持つ。まぁ要するに、俺が持ってるスイカを身を乗り出してそのまま食べようとしてるんだ。


日差しは雲に覆われているものの、時間が時間なので、空気は最高潮に熱されている。だがそれに関わらず、俺からは汗が吹き出て止まらん!俺の、俺の腹の辺りにカズの頭がある!小さめ!それに、背中がすらっとしてる!細い!狭い!俺の太腿にカズの腕が乗ってる!エッティ!反応しちゃう、どこかが!それに、良い匂いが立ち上ってくる!僅かに赤ちゃん、それにフレグランスを足したような!知らんけどぉ!思考が置いてきぼりだ。

しゃぐっ

俺の思考を他所に、咀嚼音がスイカから手に伝わってくる。汁が地面に垂れる。結局、なんでさぁ、俺の股の上で食うんだよ、わざわざ。

しゃぐ

もう一口いったな、気に入った?俺の腹の辺りで頭が小刻みに揺れる。傍目から見たらいかがわしい行為に見えなくもない。興奮する。早くしてくれ。やがて、

ふわぁ

息を吐きながら大きな円を描いて、頭が離れる。顔は恍惚としていて、口周りには汁がべっとり。目の毒だからやめろ。無言でティッシュを差し出す。

「あぁ、ありがとう。」

口を拭きながらお礼を言われる。俺ももう少しでお礼を言うところだった、かもな。

「…美味かったか。」

「うん、水分たっぷり、凄かった。」

たっぶり、という発音と、カズが口を拭いて丸めたティッシュ、悪しからぬ妄想が横切る。うるせえって。

「そうだ、トマトは、どうだった?」

「あぁ、良かった。美味かったよ。」

「そう、良かったね。」

にこぉ

今度は純粋な笑顔。程なくして、カズはトマトの嚥下に戻った。俺も少しずつ心が平静になってきた。カズが食べたであろうとこらから、スイカにかぶりつく。この野郎。本当に、どうかしてやろうか。夏の暑さに別の熱さが加わるなか、夏の味わいを楽しんだ。


さて、過剰な水分補給も終わったところで、俺達はまた大通りの辺りを散策していた。腹が重たい。口がふやけてる。今腹パンされたら薄い赤の水が滝のように流れてくるだろう。思ったより重いパンチを食らったため、俺の歩みは遅い。ただサンダルのカズとちょうど同じくらいだから、結果オーライ。だが、もうやることが無くなった。食欲は無いし、出店にも興味が無い。展示もきっとつまらない。盆踊りまであと三時間はあるし、花火は夜だ。俺の家に誘うのも、早過ぎではある。どうしよう、とカズにチラチラ視線を送る。目が合う。

「他に何か案内してくれないのかい。」

「やまやまだが、もう無い。大したものが無い。」

「えぇ、そんなことはないだろう。」

あるんだよ、と呟く。

「ふぅむ。」

キョロキョロと辺りを見回すカズ。な?面白いの、無いだろ?

「あれ。」

お?何かあんのか?カズが指差す方向を見る。目の前の出店には、

『くじ』

『一回七百円』

とある。ゲームソフトやらエアガンがたくさん置かれてるが、ただのポーズだろう。で?このゴミしか売る気が無い詐欺師の店がどうした?

「引こう。」

「はぁ?」

ガチで言ってる?

「本気か?」

「本気だよ、せっかくの祭、ものは試しだ。引いてみようよ。じゃんけんで負けた方にしよう。」

どうせ俺が出すつもりなんだが、まぁ良いか。興が乗ってるところに水を差すほど野暮じゃない。乗ってやるさ。

「さぁ行こう、じゃーんけーん、」

ぽん

俺はグー。生まれた時からじゃんけんの初手はグーと決めてる。小学生の頃はこれで給食の残り物を勝ち取るのに大分苦労した。

カズ、チョキ。

「おや、私か。」

あっさり負けを認め、バッグを開けながら出店のおっちゃんに近づいていく。いや、俺が払うって。後をついていく。

「お?!ねぇちゃん!引くかい?!可愛い格好してるね?!まけてやろうかぁ?!」

四十は過ぎてるであろう店主が、やたらデカい声で話しかけてくる。うるっせぇ、聞こえてるよ。ついつい店主を見る目が鋭くなるが、自覚が無い。

「ありがとうございます、とりあえず、一回で。」

カズが千円札を手渡す。しまった、遅れた。

「一回で良い?!良いの?!」

そう言ってんだろうがタコ。無言で睨みつける。

「はい。」

「よっしゃ!じゃあそこ一個引いて!どれでも良いよ!あ!その前に!三百円のお釣りね!」

お釣りを受け取った。目の前のトレーには無数の三角折りのくじがある。

一、特等でゲーム機本体(絶対空)

二〜二十、好きなゲームソフト(空)

二十一〜四十、好きなエアガン(多分空)

四十一〜七十、すぐ壊れそうな最低ランクのエアガン

七十一〜、お子様ランチに付いてきそうな玩具

悩む必要も無い。どうせ四十から上は無い。九割強七十より下で、ほんの少し四十一〜七十を混ぜておいて、当たり感を演出してるんだろう。それに下限が無いのも終わってる。子供騙しにもならん。カズはちょっと悩む素振りを見せた後、一つ摘み取った。

「それかい?!それで良い?!良いの?!」

本当にこういう人は、鼓膜に悪影響しか無い。耳を塞ぎそうになる。

「はい。」

「開けて開けて!」

端からめくる。

ぺり、ぺりり

『百十一』

の文字。ほらな。

「あー!惜しい!惜しいねぇ!ほらこれ、七十より上だったら!うん!この辺、もらえたんだけどねぇ!」

こめかみがひくつく。舐めてんのか?俺の熱い視線に気づいているのか、俺と全然目が合わない。

「ここの!好きなの一つ!持ってって!」

ゴミ箱を指差される。

「選べってさ。」

それで早く立ち去ろう。

「うん、えぇと。」

ガラガラと、何があるか確かめるように探すカズ。もう良いって、全部一緒だって。結局、光る腕輪にしたようだ。いそいそと腕にはめて、光らせる。赤、青、緑が目まぐるしく点滅してる。目に悪い。あと十五分以内に電池切れになるだろうな。愛しそうに腕輪を撫でるカズ。ゑ、そんなので良いの?そんな、戦利品みたいにうっとり見つめなくても。騙されてますよー?もしもーし?

「ほんなら!兄ちゃん!彼氏さん!あんたも引いた方が良いんじゃないの?!」

ほーう?カズだけでなく俺もか?俺達の関係を土足で踏み荒らすとは、良い度胸してんじゃん?眼光はそのままに店主ににじり寄る。迫力があったのか、店主が少し引っ込んだ。びびんなって。しかし商魂たくましく、セールストークは止まらない。

「彼女さんに格好良いとこ見せたいんじゃないの?!なぁ?!」

言われるまでもねぇよ。

「五回引かんか?!五回!」

掌をばっと突き出してくる。

「あぁ?」

ふざけんな。何でお前なんかに三千五百円も払ってやらなきゃいかんのだ。そんなんならこいつに、良い飯でも奢ってやるわ。

「格好良いぜ五回は!よっしゃ!まけたろ!三千円で良いわ!なぁ!彼女さんも見たいやろ!良いとこ!」

勝手に話進めんな。後、カズ巻き込むんじゃねぇ。カズはというと、

じっ

何も言わず、口元だけにまにま笑ってこちらを見つめる。何それ?!どうしたら良いの、俺?やれってか?私だけ損するのは可哀想だからやれってか?!この俺が?!こんな、こんな店に俺の大事な金をやれって、かぁ?!

「ほら!やらんのかい?!やるのかい?!」

いちいち喋るな、思考にカットインされて邪魔なんだよ。ゆっくり店主の方を見る。ようやく目が合ったなぁ。

「やってやる、よ。」

目を見開いたまま宣言した。財布をノールックで取り出し、千円札を鷲掴みにする。三枚あるのを確認し、店主に押し付ける。

「よ、よっしゃ!じゃあ引こうか!五回ね!」

カズを見やる。さっきと同じ顔。何考えてるのか分からんが、見てろよ?どうせなら引き当ててやる、上の賞を。確率がどれだけ低くても、俺ならできる、やってみせる。

ざっ

足を肩幅に開き、腕を振りかぶる。狙いは、山に埋もれてるくじ。そこが狙い目、な気がする!後は気合で運を呼び込むのみ!

ふぅー

目を閉じ、息を吐く。全神経を前腕、手、指先に集中される

かっ

目を開く。

見知りおけい!これが、

がっ

くじの山に手を突っ込む。

お前の、男の、生き様じゃあぁぁぁ!

複数個のくじを拾い上げた。

四個。一個足りない。追加でもう一個選ぶ。これにしよ。


「あっはっは、いやぁ良い、いやぁ良い。久々にイッセーらしさ、というのを見せてもらった気がするよ。」

くじの出店を離れ、散策に戻っていた。結果は、

『百二十四』

『百五十六』

『八十九』

『百二十三』

『六十六』

微妙だった。最後に引いたあれが当たりで、銃身二十センチくらいのエアガンをもらった。

「当たった当たった!やったやん!引いて良かったやろ!」

店主の叫び声が耳に残る。全部外れだった方がマシだったかもしれない。こんなもん、高校生が使うわけあるか。後の四個は、適当な玩具を引っ掴んだ。そのうちの一個がカズが先に取った腕輪と同じだったので、あげた。今カズの両手首は無駄に発光しており、周囲の視線をいっそう集めている。

「もうちょっと喜んだらどうだい。」

「喜びよりも、疲れた。何だか、色々なものを失った気がするから…」

「ふっ、何だい、それ。」

ケタケタ笑われる。せめて笑顔が見れて良かった。三千円の価値…は無いけど、少しは、救われた。

エアガンを手にした生気の無い男と、両手首が光る白装束の女のコンビは、根無し草のようにふらふらと歩き回った。

「次はどうしよう、ねぇ。」

「次、ね。」

正直休みたい。ざわつく雑踏。人混みにいるというだけで体力を消費する。加えてこの暑さ。うら若き俺でも、精神がやられてくる。出費も痛いし、あとこのエアガン邪魔過ぎる。

ピキーン

誘うか、家に…?盆踊りにしてもまだまだ時間があるし、ここから近いし、休憩場所として最適だし、なぜか親はいないけど、そんなことは問題じゃなくて、良いん、じゃないか?タイミングも、今、ここが。緊張が走る。カズは、穏やかな目で雑踏と街並みを捉えている。暑いはずなのにその顔には汗が滲んでいる感じは無く、風に揺られる帽子とワンピースを見ていると、むしろ涼しげに見える。邪な考えは無い。きっと、無い。俺はただ休みたいだけ。そうちょっと、休みたいだけなのさ。俺は菩薩のごとき優しい目、聖母のごとき笑み、天女のごときオーラをもって、カズに話しかけた。

「カズ、そろそろ疲れたろう、」

ん?カズ?

そっ

カズが、掌を空に向けて固まった。な、何?何なんだ?

すっ

瞬間、俺の目の前を小さな何かが上から下へ過ぎ去った。

「うっ。」

何何?ちょっと後ずさりしながら周囲を見渡す。すると、ぽつ、ぽつとカズと同じポーズをする人が出てきた。え、あ、そういうこと?いやそんな馬鹿な、確かに予報では…俺も、掌を上に向けて確かめる。あ、

「雨だ。」

カズが呟いた瞬間、

ぽつ、ぽつ

ぽつぽつぽつ

ぽっぽっぽっぽっ

地面が斑模様を描いて濡れ出した。その間隔はすぐに短くなる。俺の頭皮にもそれを感じる。マジ、か。

「イッセー、どこかで雨宿りしよう。」

ハッとした。思わぬ契機、やはりここしかない!

「俺の家、家に行こう。すぐそこだ。」

しっかりカズの目を見て言う。カズは、ちょっと目線が泳いだ後、

「うん、悪いけど、行こう。お願い。」

「良し、ついてきて。」

バッグで傘を作り、駆け出す。カズは帽子を抑えながら、懸命についてくる。すぐに、

バララララララ

ジャアアアアアア

本降りに変わった。こりゃ、家に着くまでにびしょ濡れだな。全く、何なんだよ!

人々も、

わー

とか

きゃー

とか言いながら散り散りに駆けて行く。

バタタタタタタ

顔に、目に雨粒が入ってくる。視界も悪くなる中、時々振り返ってカズの様子を確かめながら、急ぐ。頑張ってくれ、もう少しだから。

神様は気紛れ過ぎる。良いこともあると思ったのに。この日をどれだけ待ったことか。俺は頑張った。カズも凄く頑張った。何日も何日も、集中力を切らさず努力を続けた。それがやっと報われたというのに、これか。これだから現実は、面白く、無い。

やるせない思いを胸に、雑踏から離れて行く。もう取りに行けない思い出を背に残して。

ぐしゅ、ぐしゅ

ばしゃ、ばしゃ

濡れてふやけたスニーカーと、素足を守り切れなかったサンダル、それらが水を踏み潰す音ばかりが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る