十.センスtoセンス

長い道を歩んできた。いつしか自分以外の人間に、興味を持てなくなった。寂しさより、煩わしさが上回った。そうやって、一匹狼であれと生きてきた。しかし、そんな生き方に疑問を持った頃、ふとした出会いから、少しずつ人と関わりだした。ダイヤの魔法を疑って、えらい目に遭ったりもした。やがて金をもらって大人しく過ごすようになった。拝啓、皆々様。俺は今から、デートをします。

来たる土曜日、午前十一時直前。かのショッピングモールで。出入り口を通過して少ししたところで仁王立ち。しきりにスマホを見て、メッセージが来てないか確認する。あの後、急ぎ私服という私服を引っ張り出し、当日の服装に頭を悩ませた。俺のセンスを求めるというのに、当人がダサい格好では、出オチも良いところだ。ただ恥ずかしいことに、俺はファッションにとんと疎く、自分の服を自分で買ったことがほとんどない。ワイシャツとカッターシャツの違いも分からない。だってテストで聞かれないし。兄のお下がりもあるし、ちゃんとした服を着て休日に出かけるような趣味も無い。あの帽子を選べたのは、マジ奇跡だった。なんとか、柄が無く黒っぽい半袖シャツと、これまた柄が無く黒っぽい長ズボンで誤魔化すことにした。そして当日までに、ファッション系のネット記事をいくつも読み漁った。苦痛だった。何を言ってるか分からん。退屈だし。脳がやる気を出さない。大学の過去問読んでる方がマシ。結局何か身についた感覚無しに、この舞台まで来てしまった。

『あと五分で入口につくよ。』

ぞわっ

全身の毛が奮い立つようだ。だがしかし。逆に言えば五分担保されたということ。つまり四分はだらだらしても良いということだ。ちょうどそこにベンチがある。ネットサーフィンしてくだらない芸能記事を読んでおこう。さっさと指を動かし、局所的な時事問題を把握する。全く、不倫というものは後が絶たないな。そうして記事を四つ読んだところ、

ヒュポ

な?!思わず立ち上がる。メ、メッセージの通知が、来た。

『ついたよ。』

なにィ?!まだ三分ちょっとだぞ?!そんな馬鹿な!辺りを見回す。すると、入口付近に、見慣れた立ち姿。スマホを眺めているが、黒髪、身長そこそこ、丸顔、制服、だ。カズで間違い無い。が、ん?ゑ?ずかずか対象に向って歩いていく。彼女が視線を上げ、こちらに気づく。

「どうもどうも。」

やはり本人。いや、それはともかく、だ。

「制服、ってマジ、かよ…。」

見慣れ過ぎた制服。それ以外見たこともない。内心、どんな私服で来るのか、ちょっと楽しみにしてたのに。

「あらら、がっかりさせてしまったかな。」

そうだよ。

「うるっせぇ。」

「そんなに言わないでおくれ。学校から帰ったらそのまま仕事、休日も外に出ず仕事、そんな日々だったんだ。服なんて、買う必要性も無かったんだ。だからこういう、TPOを満たす外着が、制服以外に無かったのさ。私も不本意なんだよ?」

カズは両手を広げて首を振り、さもやれやれ、と言ったポーズをとる。その気持ちは分かる、分かるけどさ。俺、思春期の男子ぞ?もっとこう、トキメキみたいなの、くれよぉ。

「だからこそ、今日買いに来たんだ。頼りにしてるよ、イッセー。」

屈んで、俺を指差してくる。見開かれた目が真っ直ぐ俺を掴んで離さない。

はぁ

目の前のカズに気づかれないくらい小さく溜息をつき、

「もう、分かったよ。」

俺は観念した。

「よろしい。早速、この帽子に合うのを探していこう。」

気付いた。俺があげた紙袋を右腕に下げている。中が見える。あの白いのが入ってる。もう腹括るしかないか。やってるよ、自信無いけど。

「行くか。」

「あぁ、行こう。」

二人は息を合わせ、喧騒を分け入った。


「服屋はどこだい?」

「俺も知らん。」

引き返して、案内板を見るところから始まった。


「選択肢が多いのも困りものだねぇ。」

「全くだ。」

フードコートにて。時刻は午後一時を少し回ったところ。昼時を過ぎて空いた頃を見計らって、小休止がてら昼食を摂りにきた。今回はラーメンセットではなく、有名ハンバーガーチェーン店から。カズはベーコントマトバーガーセットにシェイク。俺はハンバーガーとチーズバーガー二個ずつとお冷。何?俺の頼み方が変?うるっさい。コスパ考えたらこれ一択だよ。

「ざっと見て回って、候補もいくつかあるけれど、これだ、というものが無いねぇ。イッセーがズバッと決めてくれたら良かったのに。」

シェイクを吸いながらそうぼやく。正直、カズに似合う服はいくらでもあった。服の名前は分からないが、肩や腕のところにレースみたいなのがついてる、黒っぽいシャツみたいなやつ、夏用カーディガン?みたいなベージュのやつ、なぜか無駄に腹が出てる七分丈シャツ、膝上の黒スカート、デニムの長ズボン、妙に足出すところが広がっている白ズボン、などなど大量にあった。試着もしてみた。チャッと試着室のカーテンを開け、

「どう?」

と見せてくる様は、とてもいじらしかった。赤面した。そして何より、とうとう制服以外の姿を見ることができて、感動した。

「俺、こんなに青春じみたことして、いいのかなぁ。」

とも思った。シンプルにまとめたのも、ちょっとふりふりがあるのも、ワイルドにビシッと決めたのも、モデルが良いから何でも良く似合っていたが、カズが帽子を被った途端、どれも微妙になった。帽子と服の方向性が違う感じがする。そのうえ帽子の主張が強く、服の個性を全部吸い尽くしてダメにしてしまう。

「誤算、だ。」

自分のセンスがこんな大きな障害になるとは思わなかった。あの帽子を起点として、帽子を際立たせるような、調和のある服を見つけ出さなくてはならない。思わぬ難問がまた現れた。人生まさしく、山あり谷ありなんだな。デート気分も形無しだぜこりゃ。

あむ

ごぐり

ハンバーガーの欠片を飲み込む。

「まだ服屋はある。じっくり考えるしかないな。」

「私にも、もう何が自分に合うのか分からないよ。」

そう言ってようやくバーガーを口にし、もっもっ、と食べ始める。ずっとシェイク飲んでたのか。遅ぇよ。

「帽子が白だから、服も白の方が、やっぱり良いものかね。」

「そうだろうな。」

試着したものの中でも、白色の方がまだマシに見えた。色は揃えるべきかもしれない。

「だったら午後は、白っぽいもの中心に攻めるか。」

「そうしようか。」

カズは細かく口を動かす。ハムスターかよ。早うせい。俺がお冷のおかわりをちびちび飲んでいるうちに、ようやくカズが最後の一口を食べ終わった。新しいお冷を差し出してやる。この気遣い流石だと思う。それをこくこく飲み干した後、席を立つ。後半戦、開幕。


午後の戦いだが、戦況は芳しくない。色を揃える方針を固めたことで、全体的なまとまりは、まぁ悪くはなくなったが、結局イメージが合わない。Tシャツは論外だし、カーディガンチックなやつも、何か違う。はぁ。無駄に頭を悩ませたせいか、どっと疲れてきた。ただ、疲れ具合ならカズの方がひどい。ずっと着せ替え人形だからな。疲れが溜まり過ぎて猫背になってる。目も虚ろだ。顔も険しい。お前が誘ってきたんだから、もうちょい楽しそうにしろよな。でも、もうお互い嫌になってきた。帽子のせいで、俺達の思考も行動も制限されている。もはや呪いにも思える。何で買っちゃったんだろうな、本当に。こら、過去の俺。今の俺はこんだけ大変だぞ、分かってんのか?

「次が、最後かい?」

「あぁ、これで服屋は全部、制覇だ。」

そうか、というカズの返事は雑踏に消えた。死屍累々といった感じの足取り。引きずり引きずり前へ進む。最後の、店。暖色系の灯りに照らされて、老若男女にそれぞれに合わせた衣服が佇んでいる。ヴィンテージの匂いがしなくもない。ゾンビのように入店。道なりに進み、両脇の服をざっと見ていく。レディースは、あっちか。一縷の希望をかけて、足を踏み入れる。他の店でも見るような、シャツとか上着とか(もう名前を考える余裕も無い)、それにデニム生地のズボンやスカート。背丈の大きいラックに、どれもこれも積まれている。ダメ、か。試着せずとも分かる。微妙、だ。

がくっ

俺もカズも膝が折れた。薄々分かっていた結末に直面し、精魂尽き果てた。

「無さそうだね、特に。」

「あぁ。」

「最初の方が良かったかもね。」

「あぁ。」

「戻ろうか。」

「あぁ…最初の二、三の店をもう一度見て、気に入るのがあれば買おう。無ければ、また今度にしよう。」

「賛成、それで行こう。」

踵を返し、出口に向かう。結局、何も見つからなかったな。俺にもっとセンスがあれば、今まで見てきたものの組み合わせで、マリアージュ的なものがあったのか?悔やまれる、俺にそんな才能が無いことに。ふぅ。帽子、ねぇ。前何で見つけられた?この俺が?確かあの時は、こうして歩いている時に、視界の端にこの白さが目について、

「あ。」

店の敷居を跨いで出ていく、というところで足を止める。カズが気だるげに振り返る

「どう、したんだい?」

「あれ、あれは?」

そうして指を差した先、店の隅に、真っ白で、長ぁい、ド、ドレス?のような服が垂れ下がっていた。偶然か?白いものに縁があるのか?何で今まで、気付かなかった?

「ん?どれだい?」

「ほら、あれ。」

「見えない、見えないよ。」

ぴょこぴょこ跳ねるカズ。あ、そうか。俺の目の下まであるラックのせいで、カズの身長じゃ視界が遮られて見えない。俺も俯きがちだったし、それに、

「良いの無いだろ。」

って先入観があったから、視界に入らなかった、のかもしれない。とにかく、とにかくだ。あれは、すごそうだ。目線をそれに据えたまま店に戻り、ラックやワゴンを押しのけ押しのけ、近づいていく。カズも何だ何だ、と後をついてくる。

ガタン

密林を抜けた先に、ようやく目の前にしたそれは、あまりにも荘厳だった。

「おぉ…。」

感嘆、だけじゃない。若干引いてる。やっぱドレスじゃね、これ?上から下までベージュっぽい白、生地はレース?腰のところに縛る紐がついていて、襟や裾にはフリフリがついている。てかカーテンじゃね?もはや。ほら、メインのカーテンの内側にある、妙に薄くてレースっぽいやつ。あれに似てる。カーテンの再利用?

「これはこれは…随分なワンピースだねぇ。」

ワンピ?ありったけの夢?見つけた?

「イッセー、これを着てみろと?」

「ん?あぁあ、これ、これね?うん、良いんじゃない?ほら、白いし。」

「何だいキョドキョドして。まぁ良いか。」

すみませーん、と、カズが店員さんを呼びに行った。んで試着の許可をもらった。出来る女。試着室の前で待つ。

ぱさ、ぱさ

すっ、すっ

衣擦れの音に思わず聴覚を鋭敏にさせる。コホン。それにしても、良く見つけたな。さっきまでは無かった気がするのに。まるで都合良く現れたかのようだ。疲れた俺に神が微笑んだか?

シャッ

うわっ、と。いきなり試着室のカーテンが開いた。思ったより早い。慌てて姿勢を正す。

「どう、かな。」

目を疑った。カーテンが開いて、別のカーテンが現れたかと思った。嘘だ。

「…良い、すごく良い。」

見惚れてしまう。既に帽子も被っていて、白い、ワンピースとの組み合わせは、この上ないほど格別だ。ほんの僅かに色味が違うといえば違うが、どちらも白だ、全く気にならない。そのままセットアップとしてマネキンに着せてあっても違和感無い。改めて見てみよう。つば広の真っ白なストローハット(麦わら調の帽子)、スラっと伸びる黒髪、ぱっちりおめめ、ちんまりとした鼻、大きな口、触り心地の良さそうな首、危ない危ない、それと、肩を覆い手首まで伸びる袖。袖先にはフリルもついている。襟のところは緩やかなV字に切れてて、鎖骨がチラリズムする。その縁には半円が重ねられた?感じになっている。セーラー服の雰囲気がしなくもない。昔っぽいが、逆にオシャンティかもしれん。そこからややふくよかな胸を抜けて、腰のところできゅっとすぼまっている。カズがスタイル良かったから良いが、腰回りが気になる人には残酷な仕様だな、と思う。そこから足首まで、まるでカーテンのように長いスカートになっている。サイズも問題無さそうだ、素晴らしい。あ、うん?そういや裸足なのが惜しいな。白のサンダルでもあれば良かったかもな。とまぁ、このカーテンもどきは、とても良い印象をもたらした。今日一がここで来た。本当に漫画のヒロインみたいだ。

「そうか、良いよね。ちょっとやり過ぎかと思ったけど、帽子のことを考えれば、むしろこのくらいがちょうど良さそうだ。」

鏡の前でくるくる回るカズ。良い、可愛い。写真を撮りたい。スマホのカメラアプリを起動しようとしたが、目の前でパシャパシャ撮るのも、なんだかな。スマホをポッケに突っ込む。

「アリじゃないか?少なくとも俺は、最高だと思うけど。」

「ふむ、確かにね。」

回転を止め、スカートの裾を掴んでぴらり、とする。こらこら、生脚が見えてしまうからやめなさい。勿体無い。

「ここで最適解を見つけ出すとは、イッセー大先生のセンス、お見逸れしたよ。」

偶然だ、という言葉は飲み込んだ。できれば実力ってことにしたい。

「まぁ、な。上手くいったようで何よりだ。」

本当だよ、と会話が弾む。お目当てのものが見つかった喜びと、重圧から解放された安堵で、二人してテンションが高い。さて、ここまで来たら、もう決まりだとは思うが、

「買うか?」

「うん、買おう。」

ぱちぱちばち

自然と拍手が出た。互いを労う。コングラッチュレイション。

「じゃあレジに持っていくか。」

「うん、待ってね。」

良し良し…あ、そういや、

「値段、見てなかった。」

ふっ、と気が遠くなる。まずい。この展開はまずい。折角良いのを見つけたのに、不穏な気配が、プンプンする!

「カズ、値段は?」

額に滲む汗を感じながらすかさず問いかける。まずい、まずいぞ。

「値段?あ、これの?いくらなんだろう、値札あるかな。」

身体をくねくねさせながら値札を探すカズ。エッティ。言ってる場合か。値札も無さそうだ。そんな商品あって良いのか。埒が明かん、こうなったら。

「すみませーーーん!店員さぁーーーん!」

叫び声手前の大きな声で店員さんを呼ぶ。カズはびっくりした後、口元を押さえて笑いを堪えている。じわじわきたか。こちとら真剣なんだぞ。払うのはお前かもしれんが、薦めたのは俺だ。責任を感じる。

ぱたぱた

「は、はぁーい。」

早足で店員さんが来てくれた、すみません。二十代後半くらい、黒髪ショートの女性だ。

「これ、いくらでしょうか。」

「あ、これ?これですか?」

えーっと、いくらだっけな、と呟きながら、カズの身体を弄る。言い方が悪いな、値札を探してる。おいおい、大丈夫かよ。探すこと十秒。

「あったあった、こちらです。」

店員さんは、カズの背中側のフリフリをたくし上げて、値札を指で引っ張る。そこにあったのか、見えなかった。顔を近づけてよく見る。あ、カズの匂いがする。いくらだろうか。なになに?

カンマがあって、その右横に、二、ゼロ、ゼロと続く。ふむ。そして、左横に、ゼロ、四と書いてある。ほう。

顔を離す。

すぅー

はぁ

ここで深呼吸を一摘み。もう一度だけ、値札を見る…うん、見間違いではない。

「いくらなんだい、勿体ぶらずに、教えておくれよ。」

あぁ?それなら教えてやるぜぇ、こいつは、こいつはなぁ、

「よんま、」

「四万二百円ですね、税込みで。」

オメエエエェェェが言うんかいいいぃぃぃ?!

店員さんは当然の働きをしたまでだった。色んな衝撃を受けて茫然自失してる俺を余所目に、売買取引が進んでいく。

「四万円ですか、分かりました。」

「はい〜。元々は六万円だったんですけど、今は四十パーセント割引になります。」

「そうなんですか、お得ですね。」

「そうなんですよ。どうされます?」

「買います。」

何事も無く決断するカズ。値段はどうでも良いです、か。お前はもう仕事してるから気にならんかもしれんが、四万って、高校生には、超大金ぞ?それ、分かってんのかぁ?

「ありがとうございます。」

店員さんが恭しくお辞儀する。俺、蚊帳の外。

「このまま着ていかれます?」

「良いんですか?」

「えぇ、元の服は畳んで紙袋にお入れしますから。」

「ううん、どうしようかな。イッセー、どう?」

「へ?」

俺に聞くの?まぁ、もう、良いんじゃない?恥ずかしくなければ。

「俺は良いと思う。」

「じゃあ、着ていきます。」

はっや。

「かしこまりました。じゃあ、値札取っちゃいますね。」

ぷちん

慣れた手つきで値札を取り除く。これで所有権がカズに映った。

「四万と引き換えにな。」

「うん?何か言った?」

「なぁんにも。」

かくして、カズは帽子を被ったまま、ワンピースを着たまま会計を済ませた。左手には制服がつまった紙袋。おい、カードで支払いやがったぞ、こいつ。高校生なのに。自分との差、を痛感してしまう。

「良し、行こう。」

「良いのか?」

「?何が?」

「そのままで、って。」

「?イッセーが良いと言ったんだろう?」

心底不思議そうなきょとん顔。なんで全幅の信頼を俺に寄せられるんだよ。訳分からん。

「ほら、行こう。」

ぐいっと、左手が引っ張られた。

「お、おい。」

静止も聞かず、そのまま店の外に出る。眩しい。室内灯に照らされてるだけなのに、カズが、眩しい。全身真っ白づくしのカズは、胸を張って歩を進める。その自信はどこから来るのか。いつもは年齢の割に幼い印象があるが、今この瞬間だけは、大人びて見える。白に挟まれたその横顔は、とてもとても美しい。

「いや、ちょっと!」

ハッとして、繋いだ手を振り払う。流石に大勢の前だ、俺が恥ずかしい。それに今のカズは注目の的だ。さっきからすれ違う人々の目線が、明らかにカズを追ってる。見た目には砂浜にいるべきだしな。

「寂しいね、どうしたんだい?」

手をニギニギさせながらカズが言う。その顔は少し赤いものの、俺ほどじゃない。テンション振り切って感情がバグっているのかもしれない。

「…どこに向かってるんだ。」

「あ、そうか、決めてないね。どうする?帰る?」

はぁ、と自分を落ち着かせるために息を吐く。欲を言えば、靴も白いのを調達すべきかと思うが、そこまでしなくて良いだろう。四万円も使わせてしまったのだ。気が引ける。

「ねぇ。」

こつ

俺の額に帽子のつばが辺り、ずい、とカズの顔が視界いっぱいに広がる。

「な、何?!」

この感じ、前もあったような無かったような。

「何か言いたいことがあるんだろう、言いなよ。」

「な、何で、何も、」

「顔を見れば分かる。イッセーは顔に出るからね。」

マジ?頬に手をあてる。そんなこと、言われたことない。マジ、か。ショックだ。

「ほら、言ってごらん。」

何よ、もぅ。気を遣ってやってるのに…いや、そう思う必要も無いのか、そうかもな、これが、正しいのかもな。天井を見上げる。真っ白だ。室内灯を直視してしまった、目が痛い。

「どうしたんだい。」

「靴だ。」

「え?」

「靴、だよ。靴も揃えた方が良いんじゃないかって、今、学校指定のローファーだろ?だから、白いサンダルとか、もしかしたら合うかなって。」

「ほぅ、靴かい。」

カズが目線を落とす。ローファーでも悪くはないが、細かいところまで白に揃えるなら、という話だ。気にしなくても問題無い。

「確かにね。」

マジ?

「マジ?」

「どうせなら、そこまでこだわるべきだと思う。違うかい?」

「いや、そりゃそうではあるけど。」

パチン

カズが指を鳴らす。何で?

「よしきた、イッセー、まだ暇だよね?」

嘘、本当に?

「そりゃ、時間はあるけど。」

「なら良し。だったら早速、その白いサンダルを探しに、もう一度出発しようじゃないか。」

あー、きた。あー、きた。もぅ、まじかよぉ。

「疲れて、ないのか?」

「疲れてるよ。」

「だったら、」

「でも、善は急げという。」

カズがにやっと、笑う。あ、この顔ダメだ。悪いこと考えてる顔。こうなったら諦めるが吉だ。

「良いだろう、付き合う、よ。疲れてるけど。」

「そうだとも、元はイッセーから始まったんだ。責任、取っておくれよ。」

「言い方、おかしい。」

ふふ

笑みを零しながら、また俺の左手を掴む。そして、足早に駆け出す。

「さぁ行こう、靴屋を回る旅へ!私たちの戦いは、まだ始まったばかりだ!」

「だから変だって、不吉だって、言い方ぁ!あと、手を繋ぐ必要、ないっ、だろぅがぁ!」

周りのことなんてお構いなし。若人が二人、傍目には青春を謳歌しながら、昼下がりのショピングモールを駆けていく。果たして、白サンダルは見つかるのか?頭の上から爪先まで、真に白く染めることはできるのか?


「あぁ?!このまま終わんのかよ!」

終わるよ、そりゃ。

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