023 半グレなんてそんなモンのようだ

 と、半グレらしく思慮を巡らせていれば、


『性悪女』


 から電話が飛んできた。神谷海凪だ。どうせ問題だろうと、氷狩は溜め息混じりに画面をスワイプする。


「どうした?」

『海藤組の残党どもが、私のヤサを特定して突っ込んできたわ。返り討ちにしてやったけど、そっちは大丈夫かしら?』

「今、山手の家にいる。こんなところに突っ込んでくる連中はいねェだろ」

『そ、そう。夕実の家に、ね……』

「なにか言いたげだな」

『いえ、別になにもないわよ?』


 あれだ。この世界の男どもは、性に貪欲すぎる女どもを嫌い、同性愛者になるとか聞いたことがある。山手夕実は一応男。なにか勘ぐっているのだろう。


「そりゃ良かった。で、山手から訊いた話だけども」

『ええ。身代わりを出頭させてくれるんでしょう? これで、七王会もマッド・ドッグも騙せれば良いけれど』

「騙せるさ。そういえば、あの幹部はどうなった? ほら、この前拉致した」

『生かして返す理由もないけど、マッド・ドッグへ返却したわ。これで賞金首からおさらばできるわね』

「だろうな」


 つくづく思うが、この業界は暴力ばかりだ。暴力の果ては死。嫌気が差すときだらけである。


「つか、警察ポリやマッド・ドッグの連中が盗聴してねェとも限らん。もう切るぞ」

『え、ええ』


 通話を切り、タバコのほとんどの部分が灰になっていることを知る。勿体ないな、と思いつつ、ソフトパッケージを振る。

 が、なにも出てこない。ペリペリと紙を剥がしたが、どこへもタバコがない。


「あー、クソ。ヤニがねェ。買ってくるか」

「我慢できないの?」

「できたら、とっくのとうに禁煙してるよ」

「だけど、海藤組やマッド・ドッグの連中が目を光らせてると思うよ。街は」

「おれにはシックス・センスがある。あと、タクティカルペンも」


 道具ピストルを持ち運ぶのはあまりにも危険なので、刃物同然のペンをお守り代わりに持ち歩いている。相手の頭に刺せば、確実に戦闘不能になる代物だ。しかも、職務質問されたところで、ギリギリ交わせるラインの見た目でもある。


「なら、行ってきなよ。うちはイリーナちゃんでも眺めてる」

「手ェ出すなよ?」半笑いだ。

「こんな可愛い子に手なんか出せないよ」

「どういう意味だか」


 というわけで、タクティカルペンとともに、氷狩は近くのコンビニへ向かっていく。

 山手のマンションは一等地だ。コンビニも徒歩2~3分の場所にある。ここを突いて襲ってきたらなかなかのやり手である。

 街を歩く。相変わらず、すれ違うヒトたちはほとんどが女。香水のキツイ匂いが、氷狩の鼻を苦しめる。


(確かに、ゲイばかりになってもおかしくないわな)


 そう理解してしまうほど、女たちの性欲は露骨だ。こちらをチラチラ見てくるし、意思はピンク色。彼女たちの中では、すでに氷狩とベッドインするところまで描かれている。

 そんな最中、

 氷狩の背中に、鉄製の物体が突きつけられた。


(……感知できなかったか)


 冷静に物事を捉える。氷狩の背後には、おそらく彼へ私怨を持つ者が拳銃でも突きつけている。この業界にいれば、いくらでもあり得る話だ。もっとも、パラレルワールドに入り込む前はハンドガンなんてそうそう簡単に手に入る代物でもなかったし、シックス・センスという異能力もなかったが。


「目的は?」


 あっけらかんとした、言ってしまえば関心のないような声色で、氷狩は敵性に訊く。


「貴方の首獲って、マッド・ドッグに帰ること」

「なるほど、マッド・ドッグか。こりゃあ、敵作りすぎたな」


 こうなると、氷狩にできることは限られてくる。どこかにスナイパーでもいれば話は別だが、いかんせん意思の改ざんというオオゴトをこなすには、それなりの時間が必要だ。


(……いや、待てよ。シックス・センスでテレパスの真似事ができるんじゃないか?)


 なにせ、意思を送信やら受信できる能力。であれば、テレパシストみたいな能力を使えるかもしれない。

 時間は有限。なら、さっさと試すほかない。他の方法も捨てきれない以上は。


『山手、ピンチが来た。窓から見りゃ分かるだろうけど、大ピンチだ。なんとかしてくれないか?』


 そう念じてみる。

 当然、確証なんてものはない。そもそも山手に届くかなんて、さっぱり未知の世界だ。

 さて、意識をこちらに戻そう。


「そこのコンビニの裏行って。ここだと、いつ狙撃されるか分からないから」

「ああ、案外ビビリなんだな」

「ビビらず死んで、それになんの意味があるの?」

「そりゃあ、正論だ。舌を巻いちまうよ」

「分かったら、動いて。私にはもう後がない」

「なら、ひとつ教えておこうか」


『了解。〝オート・エイム〟で狙撃するよ』


「オマエが誰だか知らんが、まさかアウトローに先があると思ってるのか?」


 パコン、という小気味良い音とともに、彼女の頭蓋骨は粉々になった。背中の拳銃もなくなったわけだ。

 氷狩は何事もなかったかのように、


「この世界の銃刀法はどうなってるんだ?」


 ひとまず、あたりに監視カメラがないことを視認し、氷狩は立ち去るのだった。


 *


「ッたく、元マッド・ドッグの女か」


 氷狩はコンビニで買ってきたタバコのカートンを開け、山手夕実の部屋で紫煙にまみれる。


「で、証拠は残るのか。山手」

「残んないよ。この銃弾、マッド・ドッグ製だもん。警察もブルって動けないんじゃない?」

警察ポリが芋引くレベルの権力か」

「そりゃ、国家権力通り越してアメリカやロシアとかと取引してるレベルだし。武器や兵器の数も自衛隊より多いんじゃね?」

「恐ろしい時代だよ」


 タバコを捨て、氷狩はソファーにもたれる。

 イリーナはさも当然のように眠っていた。放っておくと何十時間眠るのか興味が湧くほどだ。


「けどまあ、当面の敵は海藤組の残党どもだ。そこから思いがけない収益が出るかもしれないし」

「おお、乗り気だね」

「しゃーないだろ。半グレなんて、そんなモンだ」

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