弟がやってきた 1
翌日。優秀な公爵家の使用人の皆さんに朝の身支度を整えられながら1日の予定を聞く。魔法学園に入学する前のカメリアは、だいたい1日中この広大な館の中で過ごしていたようだ。教育は家庭教師がやってくる。欲しいものがあれば商人がやってくる。眉一つ動かせば周りが動く、そんな権力を生まれながらに持っているのがこの私。正直落ち着かない。午前中に家庭教師による教育、午後は自由時間と淡々と予定を説明してくれる侍女の言葉をぼんやり聞き流していく。
「晩餐の前に新しい家族との顔合わせがございます。その後食卓を共にしていただきます」
「はい。…………んん!?」
思わず振り返る私の頭を、髪を梳かす担当の侍女がぐりんっと戻す。正面の鏡には、目をまんまるに見開いた赤髪の美少女が写っていた。
「晩餐後は特に予定はございません」
「あの、新しい家族とは?」
「詳細については存じ上げません。御館様に御自分で御確認くださいませ」
侍女は相変わらず淡々としている。手早く髪を結い上げられながら、私の小さな頭は高速で回転していた。
新しい家族ってあれだよね?ミュゼとそのお母さん。え、待って待って。心の準備ができてない。対策は一応考えたけど具体的にどうするか全然だし。いきなり破滅確定?ちょっ、ええ!?
誰かに相談しようにも相談相手なんかいない。一応歳の近い貴族子女との交流はあるけど、友達というより社交って感じの間柄だ。カメリアが公爵家令嬢というトップの家柄のせいで、幼少のみぎりからナチュラルに忖度を受ける側になっている。彼女の傲慢な性格はそうやって醸成されてきたんだろう。
弟に優しくする、ってどうしたらいい?私は一人っ子で兄弟がいた経験は無い。そもそも貴族的に正しい家族としての接し方ってどういうの?たぶん日本とは違うよね?え、もう夜には来るんだよね?ええ……?
いつの間にやら美しく飾り立てられた私は、運ばれてきた朝食をもくもく食べ、家庭教師の前に引き出されてからも頭はパニクったままだった。家庭教師は穏やかな笑顔の中年の御婦人。伯爵家の女主人で国王陛下にも直言できる高位貴族である。カメリアが我儘を言おうものなら笑顔のまま実力行使も辞さない、怖ーい人だ。
「おはようございます、先生」
「おはようございます。本日もよろしくお願いいたします、カメリア様」
一礼して椅子に座る、その動きすらずっと点検されている。全く気の休まらない時間を、カメリアは毎日過ごしていたんだよね……。貴族的な動作なんて何も知らない私がごく自然にできるほど体に染み込んでいる。中学生の頃の私は……控えめに言って猿だったな。うん。
「何か悩み事でも?」
先生が穏やかな笑顔のまま聞いてきた。今の一連の動きだけで見破られた?怖。いやでも、これって相談するチャンス?
「その、質問があるのですが」
「何でしょうか?」
「今度、新しい家族ができるそうでして」
「そのようですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。それでその、家族とどのように接したら良いのかと」
「普段通りに振る舞えばよろしいでしょう。家族だからといって淑女としての行いに差はございません。私が今までお伝えしたとおり、正しくなさいませ」
うーん、それでいいの?つまり社交で男性と接する時のマナーのまま弟に振る舞えってことだよね?それってなんかこう……家族か?
「先生には御兄弟は?」
「兄が1人、弟が2人おりました。今はそれぞれ別の家に分かれておりますが」
「先生が子供の頃にはどう過ごしていましたか?」
「そうですね、男女の差がありそこまで交流はありませんでした。カメリア様の場合は共に暮らすことになるとはいえお相手は身分差もございます。より弁えた行動が望まれるものと思いますが」
ああ、そういう感じなんだ……。「家族」って呼んではいるけど、要するに愛人と連れ子が屋敷の一部を使うってだけで。今日の晩餐も、単に新参者との顔合わせ。そんな意識なら、そりゃカメリアはミュゼを冷遇する。
「……分かりました。ありがとうございました、先生」
状況は少し理解できたが、心のもやもやはむしろ大きくなっただけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます