どう足掻いても悪役令嬢──転生チートで無双しようとしたら却って拗れました──

田中鈴木

プロローグ

 公爵家の誇る手入れの行き届いた庭園では、春を告げる早咲きの水仙が花盛りだ。小さな池の畔に設えられた東屋は、純白の花が放つ芳香に包まれていた。まだ冬の名残はあるが、昼下がりのこの時間なら、陽射しさえあれば穏やかな風を楽しむことができる。

 東屋には2人の人影があった。豪奢な赤い髪を流し絹の手袋で分厚い本の頁を繰るのは、ディゼル公爵家の令嬢、カメリアだ。赤に統一されたドレスと目尻の吊り上がった顔が印象的な彼女は、傍に控える侍女と午後の読書に勤しんでいるようだった。

「姉様」

 東屋の外から声を掛ける少年がいる。白銀に輝く髪。華奢な体は少女のようだ。ためらいがちに伏せた目は僅かに金を含んでいる。姉とは似付かぬ容姿の彼は、カメリアより2つ年下の公爵家の継嗣、ミュゼだ。東屋の中に入りかねるようにもじもじしている。

「ミュゼ、こちらにいらっしゃい」

 カメリアが笑みを浮かべると、ミュゼは俯いたまま彼女の前に立った。耳を染めて俯く彼に、カメリアが優しく語りかける。

「私を探していたの?」

「うん……」

「あら、どんな御用かしら?」

「あの……」

 体の前で手遊みをして言葉を濁すミュゼに、カメリアの笑みが深くなる。凝った装丁の本を閉じると、控えていた侍女に手渡す。

「マリー、少し外してちょうだい」

「かしこまりました、御嬢様」

 侍女が音も無く東屋から離れ、まだ芽吹き始めたばかりのバラの茂みの向こうに消えた。まだ立ったままのミュゼを手招きし自分の横に座らせると、カメリアは優しく彼の柔らかな髪を撫で始めた。

「今日も?」

「うん……」

「そう」

 髪を撫でていた指がゆっくりと頬から細い首筋へ、薄い胸へと下がっていく。ミュゼの朝露に濡れた蜘蛛の糸のような睫毛が揺れ、薄紅く染まった唇から静かに吐息が漏れる。指が足の付け根の敏感な部分に触れると、彼の全身がビクッと震えた。背中から覆い被さるように身を寄せたカメリアの絹の手袋がズボンの留紐をするすると解いていくのを、恍惚とした瞳が見つめる。

 下腹に沿って差し込まれた手が、熱く怒張した彼に触れる。揶揄うように撫で回す動きに、ミュゼの呼吸が浅く早くなっていった。カメリアの空いた手が、何度も緊張し収縮する腹を優しく摩る。臍回りをゆっくり触れる手とは裏腹に、硬くなった彼を弄ぶ手の動きは早くなっていく。ミュゼの身体がビクッと丸まると同時に、彼自身がカメリアの手の中で熱く脈打ち、下着をじわりと汚していった。

「後始末は自分でなさい」

 真っ赤に染まったミュゼの耳元でそう囁くと、カメリアはすっと体を離して立ち上がった。振り返りもせずに東屋を出ると、手袋を外し茂みの向こうで待っていたマリーに放るように渡す。

「洗っておいて」

「かしこまりました、御嬢様」

 深々と礼をする侍女を連れて自室に戻ると、カメリアは人払いをして鏡台の前に座った。見事な彫刻が施されたそれが、赤髪の勝気な少女の姿を写し出す。カメリアはしばらく自分自身と睨み合った後、ぽつりと呟いた。

「何なん?」

 と。

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