第1話
ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐり、ゆっくりと目を開き起き上がってみると、
私はどうやら花畑の中心に寝そべっていたようだった。
一面に広がる花畑。
チューリップ、マーガレット、フリージアが色とりどりに咲いていた。
綺麗だなと思わずぼんやりと眺めてしまうが、
これまでの経緯を思い出し頭を抱えた。
私は図書館で本を読んでいたはずだった。
それが今はどうだ、見知らぬ花畑に寝転んでいたのだ。手元に本は無い。
あろう事か携帯も何もかも無い、身一つで寝転んでいたのだ。一体いつから寝ていたのだろう。
「困ったな…。」
見知らぬ土地を歩くのは少々怖い気もするが、
ここで寝そべっていてもなんの解決もしないだろう。
そう思い、数歩歩いてみると花畑を分けるようにできた土の道が見えた。
花々を眺めつつ、道なりに歩くと
ログハウスのような建物にゲートが付いたさながら検問所みたいな建物が目に付いた。
「あの……、すみません。」
声をかけると奥からお爺さんが顔を覗かせた。
「おや、あちらの人間さんかい。随分久しいね。前々回ぶりか。」
前々回とはどういう意味なのだろう、と思いつつ
ここはどこなのか、夢なのか現実なのか、現実だとすればどういった経緯でここにいるのかと聞きたい質問で頭が埋めつくされ、
あの…、えっと…と声が漏れ出る。
「ははは、ゆっくりでいいよ。何か聞きたいことがあるみたいだね。」
「ここは夢、なんですか?」
「うーん、夢ではないけれど現実でもないといったところかな。
本を読んで来たんだろう?」
やっぱり本が何かのきっかけだったのか!
と思いながら夢ではないけど現実でもないという言葉に引っかかった。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
「二月の世界だよ。」
「……二月の世界?」
二月の世界とは一体なんなんだ。
暦の世界?ますます謎が深まるばかりだった。
「お嬢ちゃん、すまないけど私は詳しいことはあまり知らないんだ。何せ私は検問所勤めのただの爺だからね。ただあちらから来た人を通せとしか言われてないからな。
詳しいことはアメジストの魔女に聞くといい。
彼女なら君の聞きたいことや帰り方を知ってるはずだ。
ただ、彼女はひどい放浪癖があるからなぁ。
今頃どこをほっつき歩いてるのやら…。」
「そんな、私はどうしたら……。」
「ここからしばらくまっすぐ行くと川を跨ぐ橋がある。
橋を通ると目の前は森の入口なのだが、
森を抜けると砂漠に出る。
その砂漠の中心にヴァレンタイン王国と呼ばれるこの世界で一番大きい国があるんだ。
そこを目指すといい。」
「そこに行けば会えるかもしれないってことですか?」
「ヴァレンタイン王国の女王とアメジストの魔女は姉妹でね、確証は無いが何か力になれるかもしれない。」
魔女と女王が姉妹とはすごくファンタジーみを帯びてきた。
聞きたいことはたくさんあるし、どうやったら帰れるのかも知りたい。
そうなれば答えは一つだ。
「分かりました。ありがとうございます。
行ってみます。」
「お嬢ちゃん、ちょっと待ちなさい。
通行証を持たないと通してはいけない義務があるからね。今発行するから。
お嬢ちゃん、お名前は?」
「……レンです。」
「…よし、出来た。
レンちゃん、少し心細いとは思うが
ちょっとした旅行のようにこの世界を楽しんでいきなさい。」
お爺さんはランチボックスサイズの小さなバッグに
Lenと書かれたチケットのような紫色の通行証と簡単な地図と
旅のお供に、とレモンキャンディーを数個入れ渡してくれた。
どこまでも親切で優しい人だ。
「ありがとうございます。行ってきます。」
手を振り、足を踏み出した。
せっかくだからとレモンキャンディを一つ口に放り込むとほんのり酸っぱくてとても甘かった。
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