二 盗聴盗撮者

 その頃。

 亜紀は、長野市権堂のアーケード街にあるクラブ・リンドウから続く自宅を出て、アーケード街にある馴染みの木村電気店へ行った。この店の木村信一は、亜紀や故人鷹野良平と親しく、信頼の置ける人物だ。今日まで亜紀はそう思っていた。


「信ちゃん。私はあなたを信頼してる。私が怒る前に本当の事を話しなさい。

 そうしないと、只じゃすまないよ」

 店の奥に通された亜紀は、事務所のソファーに座り、信一を睨んだ。

「何の事だ。亜紀さん」

 信一はとぼけているが、亜紀の視線を避けて目が泳いでいる。

「では、警察に連絡していいのね」

 亜紀は、長野中央警察署の知古の警部、佐伯福太郎に連絡しようと思った。

「すりゃあいいだろう。俺が何をしたってんだ?えっ?何をしたんだ?」

 信一は逆ギレした。これは演技だ。亜紀は直感した。

「そんな事言っていいの?警察が照明や電話機やコンセントを分解して、出てきた盗聴器の指紋を調べたら、あなたの指紋が出るわ。

 盗聴器が出なくても、クラブ・リンドウの玲子と何があって、今もそれが続いてるのを私が知らないと思ってるの?玲子は私に何も言わないけど、見てればわかるわ。他の女の子が、証拠があると話してた。

 洋子さ~ん。ちょっとここに来てくださ~い」

 亜紀は事務所から続く住居に声をかけた。はーい、と信一の妻の声が聞える。

「待ってくれ!」

「待てません。警察にも連絡するわ!」

 亜紀はスマホのアドレス帳で佐伯警部の番号を捜した。


 その時、作業服姿の洋子が事務所に現れた。

「いつも、ありがとうございます。今日はどうしました?」

 亜紀はスマホの手を止めた。

「先月取り換えてもらった照明器具から雑音が出てうるさいのよ。直してほしいの。まにあわないなら交換してほしいの。何か不要な物が入っていそうだから、警察に立ち会ってもらおうと思ってるの。洋子さん。どう思う?」

 信一の妻の洋子はこの木村電気店の一人娘で店主だ。電気関係のあらゆる資格を持っている。婿養子の信一より電気に詳しい。


「雑音か・・・。器具から電波が出てるってことね・・・。

 すぐ取り換えます。あたしも行きます。探知機を持って・・・」

 洋子は信一を立たせ、店の外の軽トラに交換の器具を積ませた。

「新しい器具を買うから、古い器具は分解せずにそのまま置いていってください。

 この意味がおわかりね?」

「はい。しんいちっ!ここに来て座りなっ!早く来いッ!」

 信一が事務所に戻った。


「お前、亜紀さんの器具に何を仕込んだ?誰に頼まれた?お前の一存か?」

 洋子が信一に詰めよった。

「・・・」

「オイ、コラッ!あたしを甘く見るんじゃネエぞ!。亜紀姐さんに、何したんだ!」

 洋子が電話の受話器を取った。黙っている信一の顔を、ガツッと受話器で一撃した。

「ウワッ!」

「もっと叩かれたいかっ!」

「まってくれ!話すから待ってくれ!実は盗撮器と盗聴器を・・・」

 信一は、都内にある大物与党議員の後援会から頼まれたと驚く事を話した。


「クラブ・リンドウに来る客を探ってんだな?」

 信一にそう言って洋子は亜紀を見た。亜紀が頷いて言う。

「それなら、取り外すと怪しまれるわね。どの器具に盗聴器と盗撮器が仕込まれてるか調べて器具はそのままにしておきましょう」


「信一!あたしらはなあ、亜紀姐さんにも、鷹野兄さんにも世話になってるだろう。

 恩を仇で返すんじゃねえぞ!またそんな事したら、どうなるかわかってるな?」

「はい。わかってますっ」

「口封じされたくなかったら、盗聴盗撮の事は口が裂けても他言すんじゃねえぞ!」

「そんな事、あるんか?」

「お前、バカか!鷹野兄さんの知り合いは右翼の大物が多いのを知らねえのか?」

 洋子がそう言っただけで、信一が震えはじめた。

「このバカ、やっかいな事を請け負いやがって。

 オイ、コラ!盗聴器の依頼主から連絡があったら、黙って言うことを聞いて、亜紀姐さんとあたしに逐一報告しろ。いいな!」

 洋子が信一に詰めよった。

「はっ、はい・・・」

 信一が怯えてそう答えた。

「盗聴内容と監視映像の中継器はどこにある?」

「なっ、何の事ですか?」

「しらばっくれるんじゃねえぞ!都内にいるヤツが、どうやってこの長野の盗聴を聞いて盗撮映像を見るんだ?盗聴記録と盗撮映像を転送してるだろう。中継器はどこにある?!」

 洋子は受話器を振りあげて信一の顔を一撃した。信一の鼻と口から血が噴き出た。亜紀は黙って洋子の行動を見ていた。こうした事は鷹野良平や芳川の行動で見なれていた。

「ここだ。俺のパソコンが情報を転送してる!

 勘弁してくれ。脅されて断れなかったんだ!」

 信一が泣きだした。


「いくらだ?」

 洋子がなおも詰めよった。

「いくらって?」

 信一が白を切ろうとしている。

「いくらで手を打った?いくらで亜紀姐さんを売った?

 黙ってると、玉、潰して、叩き出すぞ!」

 洋子の手がムンズと信一の股間を握った。

「やめてくれ!十万だ。月に十万」

「嘘を言うな!こうだぞ!」

 洋子が力を入れて手を握った。

「ウワッ、二十だ。月に二十万」

「期限はいつまでだ?」

「長くて一年だ・・・」

「その金、毎月、亜紀姐さんに渡せ」

「・・・」

「渡せって言ってんだよ!ホレホレ、潰されていいんか!」

 洋子が思いきり力をこめて股間を握った。

「ギャアッ・・・、ワタスよ・・・」

 信一が白目をむいてソファーにのびた。


「すみません、亜紀姐さん。このバカの言う事は当てにならない。

 盗聴盗撮電波を調べて器具に印つけます。その器具のそばでは注意してください」

 洋子はその場で、盗聴盗撮の電波探知器や工具を工具ケースに入れた。

「わかりました」

 亜紀はソファーの気絶している信一を見た。

 洋子は工具ケースを持った。事件を公にしても、明らかになるのは盗聴盗撮をうちのバカに依頼した奴までだ。実の依頼主の大物与党議員は捜査されない・・・。盗聴器や盗撮器を外せば、盗聴盗撮してる奴が亜紀姐さんに何をするかわからない。そう思うから亜紀姐さんは器具をそのままにするのだろう・・・。


「亜紀姐さんは、盗聴盗撮器をそのままにして、どうするんですか?」

「そうね。店のドアに『ただいま、盗聴盗撮中』と張り紙しておくわ。

 そうすれば、お客さんの政治に関する話が減るでしょうし、お客さんの方で、何があったか理解して対処するわ。その筋の者が多いから」

「わかりました。では、ゆきましょう」

洋子は、気を失った信一をそのままにし、亜紀の先に立って店を出た。

 木村電気店を出た洋子はスマホで、パソコンやスマホのハッキング対策を専門に扱っている永嶋に、ハッキング調査を依頼した。永嶋はすぐ駆けつけると言って通話を切った。


 その後。

 洋子と永嶋により、盗聴器と盗撮器がしかけられた器具が明らかになった。スマホとノートパソコンは、永嶋のセキュリティー対策がしっかりしていたため、乗っ取りもハッキングもされていなかった。

 亜紀のノートパソコンとスマホのセキュリティーソフトは、佐枝と芳川のセキュリティーソフトと同じだ。乗っ取りやハッキングはできない。依頼主がどこから佐枝のメールアドレスを手に入れたか、亜紀は心配になった。

 洋子と永嶋が帰ると、亜紀は盗聴盗撮の依頼主と盗聴盗撮について、佐枝にメールした。

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