二章 狙い撃ち
一 暗殺依頼
二〇二二年、八月八日、月曜、午前。
佐枝と芳川が暮す前橋市千代田町のマンションで、ノートパソコンのシグナルが点滅した。佐枝がメールを見ると送信者は匿名、メールタイトルに
『標的情報送付、一年以内に指示住所の主を始末してほしい』
とある。
ノートパソコンのメールアドレスを知っているのは金融関係だけだ。仕事の依頼は全て亜紀を通すため、ノートパソコンに依頼は来ない。仕事がら、佐枝と芳川のスマホも、亜紀のスマホも、万全のセキュリティー対策をしている。スマホをハッキングできないからノートパソコンをハッキングしたのか?このマンションを斡旋したのは鷹野良平の関係筋だと亜紀から聞いている。佐枝は鷹野良平の実態を知らない。このマンションが盗聴盗撮されている可能性が高い。
佐枝は亜紀に連絡するため、芳川とともに買物に出た。
食材を買った帰り、公衆電話から亜紀のスマホに連絡した。『緊急時、マダムを「お母さん」と呼びます』と約束したとおり、佐枝は亜紀を「お母さん」と呼んだ。
「お母さん、私の話を黙って聞いてね」
「わかったわ。元気なのね?」
「元気よ。お母さんの家が盗聴盗撮されてると思う。私のパソコンにメールで仕事の依頼があった。お母さんが依頼者を知っているか、確認のために公衆電話からかけてる」
「あなたから連絡ないから何もわからないわ。知らないことばかりよ」
「依頼者はメールのタイトルで、『標的情報送付』と書いてる。
断れば『仕事を知られた』と判断され、私たち皆が始末されると思う」
「あらまあ、大変ね」
「依頼を受けたふりして時間を引き延し、私が標的から依頼者を調べるから、お母さんは動かないでね。スマホは、お母さんのも、私と芳川のも、セキュリティーが完璧だから、依頼者はお母さんと私の家を盗聴してパソコンのメールアドレスを盗んだか、ハッキングしてると思う。
お母さんは盗聴監視されてないか調べて周りを警戒してね。良平さんの関係筋も調べてね。私たちのマンションを斡旋したのは関係筋の人だから」
「わかったわ。私も気をつけるね。守さんによろしくね。二人でがんばんなさい」
「はい。それでは気をつけてね。またね」
佐枝は通話を切って電話ボックスから出た。
「マダムは依頼を知らないと言ってる」
佐枝は買い物袋を持つ芳川の腕を取ってアーケード街、弁天通りを歩きだした。
亜紀は鷹野良平の遺言に従い、佐枝の個人的な標的四人の情報と現在の住居と仕事を提供した。亜紀と佐枝はいつもスマホで連絡している。亜紀は佐枝のノートパソコンのメールアドレスを知らない。亜紀から鷹野良平の関係筋に佐枝のノートパソコンのメールアドレスは漏れない。
芳川は佐枝の耳元に口を寄せた。
「標的の情報から依頼者を探ろう」
芳川は佐枝の意を理解していた。
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