十九 事故報道
九月二十一日、火曜、午後六時前。
前橋市のアーケード街弁天通りのクラブ・グレースはミーティングがすみ、開店までしばらく時間があった。ボックス席のスツールで、高橋智江子ママは店内ディスプレイのテレビニュースを見ながら、タバコに火を点けた。
ニュースは榛名湖の死亡事故を報じている。死亡したのは、前橋市岩神町在住の会社員山田吉昌、二十六歳だ。榛名湖北西側の湖底から引きあげられた車中から、山田吉昌と大量の酒類容器が見つかり、群馬県警は『山田吉昌が泥酔して運転を誤り、車ごとを湖に転落して溺死した』と発表した。死亡推定時刻は九月十九日日曜未明だった。
「いやねえ。二十六歳よ。最近の若い人は何考えてんのかしら。飲むなら家で飲めばいいのにねえ」
バーカウンター内の佐枝は、グラスを晒布で磨きながら、高橋智江子ママの言葉に愛想笑いした。芳川は黙ったまま、顧客の予約を確認している。
午前〇時すぎ。クラブ・グレースがはねた。
佐枝は歩いて十分ほどにある、広瀬川の南、前橋市千代田町のマンションに帰った。
脱衣室でバーテンダーの仕事着を脱いでクリーニングの紙袋に入れ、ワイシャツや下着を洗濯機に入れてバスルームに入った。
シャワーコックを開いて全身に熱いシャワーを浴びると、シャワーコックを閉じてシャンプーで髪を洗い、ボディーシャンプーで身体を洗った。胸と下腹部に手を触れ、そっとやさしく撫でた・・。
『佐枝・・・。身をもって贖わせた。当然の報いだ・・・』
しばらく身体を洗い、佐枝はシャワーを浴びた。髪のシャンプーとボディーシャンプーの泡とともに 、また一つ、おぞましい佐枝の記憶が流れていった・・・。
シャワーコックを閉めて佐枝はバスルームを出た。脱衣室でバスタオルで身体を拭き、髪に大きめのフェイスタオルを巻いてバスローブに身を包み、ダイニングキッチンへ移動した。佐枝はパーコレーターでコーヒーをいれ、簡単な夜食を作った。
「ただいま」
吉川が帰った。洗面所で手を洗い、ダイニングキッチンに現れた。
「お帰り。ご飯食べれる」
芳川は佐枝を抱きしめようとした。佐枝は芳川の肩を押さえた。
「慌てなくていい。シャワーしてからだ」
「ああ、汚れを落してくる」
「ゆっくり浴びてこい。飲むか?」
「ああ、飲みたい」
「用意しておく」
芳川は脱衣室に入った。
芳川がバスルームから出た。ダイニングキッチンの佐枝を抱きしめると、心なしか芳川は震えている。芳川の口から、安堵するかのようなため息が漏れた。
明日、九月二十二日、水曜は、クラブ・グレースの定休日だ。
ダイニングのテーブルに、グラスとウィスキー、ローストビーフと野菜サラダ、ポテトサラダ、マグロのマリネ、そして、小松菜の胡麻味噌和え、笹掻きした金平ゴボウ、大根の千切りツナサラダが並んだ。
「ご飯は?」
「食べる。佐枝さんも食べるだろう?」
「食べる。飲みながら」
芳川は茶碗とお碗にご飯と味噌汁をよそい、それぞれをテーブルの佐枝と芳川の前に置いた。
佐枝は二つのウィスキーグラスにウィスキーを注ぎ、もう二つのグラスに水を注ぎ、それぞれを芳川と佐枝の前に置いた。
ふたりはウィスキーのグラスを取って軽くグラスを合わせて口へ運んだ。
芳川はローストビーフを小皿に取って食べ、佐枝はマグロのマリネを小皿に取って食べた。佐枝は脂肪の少ない魚介などを好む。芳川も同じだが肉類も食べる。好みが異なると食事の準備に手間がかかるがふたりにその必要はない。
「佐枝さんが飲むのは珍しいな」
「たまには飲む。明日は休みだ」
佐枝はマリネを食べながらウィスキーを飲んで考えた。
上毛電気(株)に勤務する山田吉昌と木原良司の住居は、前橋市岩神町の上毛電気(株)社員寮だ。山田吉昌が死亡したため、木原良司は会社から、しばらく飲酒と外出を制限されるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます