十八 下見と事故
二〇二一年、八月二十八日、土曜、午前。
上毛電気(株)に勤務する山田吉昌と木原良司は、前橋市郊外のショッピングモールのスーパーマーケットにいた。二人は調味料売り場で塩と胡椒がいっしょに詰められた物と、数種のドレッシング、焼き肉用のタレを数種類と数種の醤油をカートに入れた。肉売り場で焼き肉用の肉をカートに入れ、魚売り場で焼き魚用の魚をカートに入れた。野菜売り場でサラダ用の葉物野菜と根菜類をカートに入れるとカートは山積みで今にも崩れそうだ。
「バーベキューですか?」
通りすがりの店員が声をかけた。
二人は、そうです、と笑顔で答え、笑いながらレジへ向かった。
通路を移動する二人を、ショートカットの女が見ていた。女は背が高く、長くゆるめのジーンズと地味なトレーナーを着ている。整った目鼻立ちの目の大きな小顔で、顔色が冴えず、生活に疲れた印象が強い。すれちがう客は誰も女に注意を払わなかった。女は他の客と同じように、山積みの商品を積んだカートを押す山田吉昌と木原良司を好奇の目で見ていた。
九月十一日、土曜、午前。
前橋市郊外のショッピングモールのスーパーマーケットで、あのショートカットの女が商品を見ていた。女は長くゆるめのジーンズと地味なトレーナーを着ている。整った目鼻立ちの目の大きな小顔だ。あいかわらず顔色は冴えない。
先月から、毎週土曜の昼近くにこのショッピングモールに来ると、山田吉昌はかならずこの女に出会った。
最初は、地味な身なりだが綺麗な人だと思った。
二度目は、あの人だと思った。
そして、三度目は女を捜した。すると、女は缶詰を選んでいた。
「あの・・・、よくここに来るんですか?」
山田吉昌は女の横に立って缶詰に手を伸ばした。
女は愛想よく山田吉昌に会釈して説明する。
「週末に一週間分を買いだめするんです」
「僕もです。ひとり分だから、たいした量じゃ・・・。たいした量だな・・・」
山田吉昌の呟きに女はプッと小さく吹きだした。山田吉昌が押すカートは、独身男が一週間で食べる量以上の食材でいっぱいだ。
「全部、ひとりで?」
山田吉昌はランナーのような体型だが、身長は女より低く、カートに積んだ食材を一週間で食べるように見えない。女は、山田吉昌がカロリー消費の激しい運動をしている、と思っているようだった。
「ええ、まあ、そうです。あなたも一人分ですか?」
「はい、今のところは」
女は缶詰を手に取った。ラベルを見ている。
「もし、よければ、近いうちにうどんを食べに行きませんか?」
山田吉昌は商品棚の缶詰を見ながらそう言った。
「水沢うどん?」
女は山田吉昌を見ずに缶詰を商品棚に戻し、他の缶詰を見つめた。
「はい、そうです。僕はよく行くんだけど、うどんは?」
山田吉昌も商品棚の缶詰を見た。山田吉昌は女がどう答えるか緊張した。
「ええ、好きですよ」
女がほほえんで缶詰を取った。山田吉昌も女と同じように缶詰を取った。
「そしたら、今からうどんを食べに行くのはどうですか?」
「今日は予定がありますから・・・」
女は缶詰を見てラベルを読んでいる。
山田吉昌は手に取った缶詰を見つめた。
「残念ですね」
「ええ」
女が缶詰を商品棚に戻した。他の缶詰に手を伸ばしている。
山田吉昌は缶詰を商品棚に戻した。
「機会があれば、ぜひ、ご一緒してください」
「来週、土曜のこの時間に連れてってください。駐車場の東の隅で待ってます」
女が缶詰のラベルを見ながら囁くようにそう言った。
「わかりました!」
うれしそうな山田吉昌の言葉を聞くと、女は缶詰をカートに入れ、
「それでは、また」
その場を去った。
九月十八日、土曜、午前。
女はリュックを背負い、ショッピングモールの駐車場の東隅に立っていた。この日も女は、めだたない色のトレーナーに、履きこんだジーンズとスニーカーだった。女が待っている場所は監視カメラの死角で、駐車場で何が起っているか記録されていなかった。
山田吉昌は女を見つけ、車を女の元へ走らせた。女が車に乗ると、山田吉昌は、前橋市から北西に十五キロほど離れた伊香保町水沢のうどん店へ向けて車を発進させた。
その日、夜。
伊香保町水沢のうどん店から十六キロほど離れた榛名山の榛名湖北西の岸から、無灯火の車が湖に進入した。
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