九 疑惑

 翌日、七月七日、水曜、午後。

 佐枝は芳川の車で鷹野秀人の事故現場に近い地附山公園に着いた。

 車を降りた佐枝と芳川は、車で上った車道を徒歩で下った。梅雨の合間の曇り空の下で、地附山公園から見える善光寺平北部の長野市は、東に菅平高原の山々を従えて春霞に包まれたようにくすんで見えた。


 地附山公園から下った大きな右カーブは、アスファルトが鋭くえぐり取られた左路肩に、いくつもの花束と水のペットボトルがたむけられていた。居眠り運転しない限り、道路から林へ転落するような所ではなかった。

「泥酔してれば、ここから落ちてもしかたない」 

 芳川は下り車線の路肩にたたずみ、路肩にたむけられた花束の前に、持ってきた菊の花束を置いた。そして路肩から続く道路下の急傾斜の山林を見ながらタバコに火を点けた。

 芳川は二回タバコを吸うと吸いかけのタバコを、たむけられた缶ジュースの上に置き、ふたたび道路下の山林を見つめた。

「酔ったままなら、恐怖も痛みも感じなかったな・・・」

 芳川の話し方は、横にいる鷹野秀人と道路下の山林を見ながら話している感じだった。


 しばらくすると、芳川は、缶ジュースの上のタバコを路面に置いてタバコの火をもみ消した。ポケットから簡易の吸い殻入れを出して吸い殻を入れ、吸い殻入れをポケットに戻した。日頃、佐枝は芳川がタバコを吸うのを見たことがない。

 芳川は佐枝の眼差しに気づき、

「タバコはやめてたんだ。鷹野秀人が吸うんで線香代りさ。奴へのたむけだ」

「鷹野秀人さんと親しかったんですか?」

 訊いてはいけないと思いながら、佐枝は芳川に訊いた。

「俺はヤツの義父の口利きで店に入った。息子を頼むと義父に言われてた。

 うちの店が休みの時に限って深酒するなんて、ヤツらしいぜ。

 いつも、俺に監視されてる、と思ってたんだろうな。

 鷹野秀人と高校で同期だったが、高校での面識はなかったんだ」

 芳川は道路下の山林を見つめ、鷹野秀人との関わりを話しはじめた。


 高校を出て数年後。

 芳川は権堂の繁華街で地元の暴力団員に絡まれて警察沙汰になり、鷹野秀人の義父に助けられたことがあった。芳川は空手四段だ。へたに空手を使えば、芳川が逮捕される。芳川は手を出さずにいたが相手側だけでなく、芳川も乱闘容疑で逮捕されてしまった。

 乱闘の一部始終を、鷹野秀人の義父鷹野良平が見ていた。鷹野良平の証言で芳川の疑いは晴れた。

 この時、鷹野良平は芳川に、クラブ・リンドウで働くように持ちかけた。鷹野良平は娘婿の鷹野秀人が酒で羽目を外さぬように出入りする店をクラブ・リンドウに限定し、何かあった時は鷹野秀人を諫めて助けてくれ、と芳川に依頼した。

 鷹野秀人は義父の言いつけを守っていたが、リンドウが休みの時、どこで飲んでいたか、芳川は知らなかった。


 地附山公園の駐車場へ車道を上りながら、芳川が呟いた。

「義父は俺に、ヤツが死ぬ前にどんな動きをしてたか調べてくれ、と言った。義父の話では、リンドウが休みの日にヤツが飲み歩いてた所を調べてたらい・・・」

 いったい芳川は何を調べるのだろう。やはり、芳川は警戒しなければならない・・・。

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