六 隠蔽
翌日、六月十六日、水曜、午前。
佐枝は軽井沢のアウトレットモールのカフェテラスにいた。
「あなたたち、店を見てらっしゃい。お昼にここで落ち合いましょう」
亜紀の言葉で、ふたりの娘とその恋人たちが笑顔で席を立った。亜紀は笑顔で娘たちを見送った。
「いいんですか?娘さんたちに会うのは久々なんでしょう?」
佐枝は、母親としての亜紀が気になった。娘たちとはいつも電話で話していると聞いてるが、健康状態や精神状態など、言葉で伝わらなくても、顔を見ればわかる事もある。
「ゆうべ、いろいろ話したからいいのよ。
ふたりとも相手を信頼してるし、相手も娘を任せていい人たちよ・・・」
だが、娘たちを見送る亜紀の笑顔は寂しそうだ。
「それに、娘たちの話にはついて行けないのよ。
話を理解できないじゃないわよ。興味が湧かないの」
「もしかして、お店を・・・」
「安心して。まだ手放したり、辞めたりしないわ。
でも娘たちが継がなければ、いずれそうなるわね」
「良いお客さんがついているのに残念ですね」
「そうね。でも見た目と裏は違うのよ」
そう言う亜紀の表情がこの梅雨空のように曇った。
「何かあるんですか?」
「人には、知られたくない過去があるでしょう」
「というと?」
「過去から逃れた人が多いのよ。娘たちが店を継げば、いずれその事を知るでしょうね」
亜紀の説明に、佐枝は声を潜めた。
「犯罪歴や人間関係から逃れてる、そういう事ですね?」
「佐枝ちゃんが娘なら、安心して店を任せられるのにね」
亜紀は佐枝にほほえんだ。佐枝は客に気配りするが、決して客のプライバシーに立ち入らない。客に気配りできる佐枝の接客に、亜紀は好感を得ている。
「マダム。私に何かお話があったのではないですか?」
佐枝はなんとなく姿勢を正して質問した。少なからず緊張してる。
「実は話しておきたい事があるの。
年輩のお客の過去は、何年も前の事だから、ほぼ時効ね。
でも、若い客の過去はそうはゆかないわ。
過去を隠したい客がどうしてリンドウに来るか、あなたはわかるでしょう。
あなたを雇ったのも、そうした訳があったからよ」
バーテンダーの求人で、クラブ・リンドウの経営者の亜紀は佐枝に、接客で客のプライバシーにどう対処するか質問した。
佐枝は、
「客に対して気配りするがプライバシーにいっさいタッチしないし、させない。客がプライベートなつきあいを求めても、いっさい応じない」
と答えた。客の応対は店の中だけである。店の外まで客との関係を拡める気は全くなかった。
佐枝の態度は亜紀に気に入られた。
「昨日の若い客、と言えばわかるわね」
亜紀は鷹野秀人について語りはじめた。
鷹野秀人は過去に婦女暴行罪を犯して懲役三年を科せられた。大学を中退して服役し、出所後は母方の再従姉妹と結婚し、再従姉妹の家の婿養子になった。実家を出て長野市に引っ越して苗字も変わったため、当人の過去を知る人はいないと説明した。
「義父に、飲みに行くなら、うちの店へ行くように言われたらしいわ。
義父も、うちの店とは長いつきあいよ」
亜紀は義父の過去について何も話さなかった。
佐枝は亜紀の説明に納得した。
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