第9話 安全圏に居る奴らが騒ぎやがって
休日が終わり、気怠い月曜日がやって来る。
隼人は、恭子のヘアピンを入れている胸ポケットにばかり意識を向けてしまう。
教室へと向かう道中、誰もがこちらに見向きもせず、『あいつに近付くとヤバいよ』などと耳打ちしている。そんな居心地の悪さを感じつつ、席についていつものように窓の外を眺めてやり過ごす。
あくまでも、他人には関心が無いという意思表示である。
(今日も良い天気だな…)
「——ふむ。俺の席はここで合ってるのだろうか…。ところで隼人氏、お前の席は俺の前なのか?」
入学以来ずっと空席であった隼人の後ろの席に、一人の男が腰掛ける。
ぼさぼさで伸び切った髪は後ろで結んでおり、かなり度の強いスクエア眼鏡を掛けた小太りの男。こうして自ら望んで隼人に声をかけたクラスメイトは彼が初めてかもしれない。
そして男は、『元気にしてたか、相棒』と隼人の肩を叩いた。
「それはこっちの台詞だ、オタ。なんせ入院してて今まで一回も登校してなかったくらいだからな」
オタ。それがこの男、
進学前の春休み中に交通事故により入院し、本日が彼にとって初の登校日となったのだ。
「ふっ、案ずるな。この俺が親友を置いて逝くことは絶対にせん‼︎……だから隼人氏、お前はなるべく早くお亡くなりになってくれ」
「親友にそんなこと頼むなよ。……にしてもお前、入院前よりも太ったんじゃないか?」
「何度も隼人氏や
孝介は誇らしげに胸をドン、と叩く。
彼が自ら幸せだと言うのであれば、それで良いのだろう。
しかし、朝っぱらから惚気られた隼人は少々不満げにあしらう。
「へいへい、相変わらず仲の良いカップルだことで…」
「……ところで隼人氏。俺たちは今、浮いているのではないか?」
孝介は、自分たちが奇異の目に晒されているということに気が付き、隼人に耳打ちする。
「そう、だな…。それは多分俺の——」
「——もしかして…俺という重要キャラクターの登場に
隼人の言葉を遮り、孝介は自らの肥大化した妄想を吐き出した。
あまりにも的外れな解答ではあるが、何故だか隼人は、晴れやかな気分になるのを感じる。
「…本当にそうだったら良いんだが、重要キャラクターにしては登場が格好悪過ぎたな」
「な、なんだと…っ⁉︎しかし、魔法少女キラキラスター・レインでは、主人公の親友ルインは病弱故に序盤は学校を休んでいた!最近では、そういった展開もアリなはずなのでは⁉︎」
クラスメイトたちは、オークに何の抵抗も無く接触している孝介に対して、まるで異質な物を見るような目を向ける。
『なぁ、オークと喋ってるやつっていったい誰なんだ?』
『さぁ…知らないけど、物好きもいるもんなんだな』
『もしかして、あいつあの事件のこと知らないんじゃないか?』
『初対面ではなさそうだし、オークの手下とか…?あの事件の犯人は二人組だって話も一時期あったよな』
『嘘でしょ…。今度は誰を狙うつもりなのよ…』
好き勝手に想像して噂する彼らに腹が立ち、那由は我にも無く舌打ちを溢してしまう。
(……心配しなくてもお前らみたいな不細工は、そもそも襲われないっつーの。毎度、安全圏に居る奴らが騒ぎやがって)
頬杖をつき、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべる。
その視線の先には、隼人と孝介の姿があり、彼女はどこか遠い目で二人を眺めた。
自分たちがそのような噂をされているとは露知らず、孝介は隼人との会話を続ける。
「そういえば隼人氏は部活には入っているのか?ここに来る前に職員室に寄ったんだが、担任の中野氏から入部届の提出期限の話をされてな」
「ああ、俺なら文芸部に入ることにしたぞ。オタは何処か入りたいのか?」
「うーむ…。正直、何かあった時に便利な避難所のように使える部活を探しているだけなんだ。つまり、気が向いたら時にのみ参加することが許されるものが良いな」
何かあった時の便利な避難所という言葉を疑問に思いつつ、隼人は話を進める。
「なるほど、それなら文芸部で良いんじゃないのか?一応先輩に連絡しておこうか?」
「隼人氏が一緒なら心強い。その先輩に
「はいよ」
・ ・
件名:入部について
差出人:多玖隼人
内容:俺の友達で、文芸部に入部希望のやつが一人いるんですが、昼休みに部室に来てもらうことは出来ますか?
・ ・
件名:Re:入部について
差出人:葵恭子
内容:良いわよ。ちょうど人手が足りなくなりそうだったから、ちょうど良かったわ。隼人くんと私だけの愛の巣ではなくなってしまうのは残念だけれども…
・ ・
件名:Re:Re:入部について
差出人:多玖隼人
内容:ありがとうございます。
・ ・
『人手が足りない』というとはどういうことなのか分からないが、一先ず話を通すことが出来て隼人は安堵した。
・ ・ ・ ・
「ふう…なんだか面接前の就活生の気分だ…。隼人氏、本当に菓子折りは持って来なくても良かったのか?」
孝介と隼人の二人は、弁当を手に持ち部室の前までやって来ていた。
扉の隙間から光が漏れており、恭子が既にやって来ているのだと容易に想像することが出来る。
直前で怖気付いた孝介は、扉から数歩離れて胸を押さえた。まるで歯医者へ無理やり連れて来られた幼児のようだ。
隼人は呆れ果て、自分が先に入るという提案をする。
「気にしすぎだろ…。俺は先に入ってるから、落ち着いたらお前も来てくれ」
「わ、分かった」
彼が扉を開けた途端、中から恭子が飛び出して来た恭子に強く腕を抱き締められる。それはまるで、飼い主の帰りを待っていた子犬さながらである。
「——待っていたわよ、隼人くん。待ち過ぎて頭に埃をかぶるところだったわ」
「そんな、放置された家具じゃないんですから…」
「ところで、メールで言っていた入部希望者というのは後ろの?」
「…あ、どうも。御沢孝介と申します…」
出会って早々に隼人の腕にしがみつく美少女。それが、恭子に対して孝介の抱いた第一印象である。
どう反応するべきなのか、そもそも触れて良いものなのか、彼は対応に困りつつも自己紹介をする。
「私は葵恭子。この文芸部の部長であり、隼人くんに片想いしている女でもあるわ」
「お、おぉ…」
二人は早速中に入り、長机の一人席から順に恭子、隼人、孝介となるように席に着いた。
「おいおい、登校初日から愛妻弁当かよ…」
隣で蓋を開ける孝介の弁当には、至る所にハートマークが散りばめられており、隼人はなんだか胸焼けしそうな思いだった。
「そういう隼人氏こそ、なかなか可愛らしい物を持って来ているじゃないか」
「そうか……?」
指摘されて初めて中を見てみると、米の上にハートマークに切られた海苔と、スキという文字が目に入った。
「相変わらず、美咲氏は隼人氏にゾッコンだな」
「朝からやけに機嫌が良かったのは、これが原因か…?」
「そういえば、まだ隼人くんの妹さんに挨拶したことが無かったわね。是非会ってみたいものだわ」
「美咲の方は、この前先輩が家から出て行くのを見てたらしいですけどね。あ、その時うちに忘れていったヘアピンです」
隼人は胸ポケットからヘアピンを取り出して恭子に手渡す。
「ありがとう。なんだか隼人くんの温もりを感じるわ」
「変なこと言わないでくださいよ…。ところで、メールで言っていた人手が足りないっていうのは、どういうことなんですか?」
「あら、知らないのかしら。この文芸部はもう廃部になるのよ」
「「えっ…?」」
唐突な告白に、隼人と孝介は言葉を失った。
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