第6話 女裸淫芸武って何かしら

 隼人はしばらく漫画を読んで時間を潰し、二人が風呂を出た頃にリビングへ戻った。


「お兄ちゃん、洗面所にヘアピンが置いてたんだけど、これもしかしてあの先輩の?」

「あー、そうだな。俺から渡しておくよ」


 彼が美咲から渡されたクロスラインヘアピンを見て、千隼は『あらまぁ…』と呟く。


「もしかしなくても、その先輩っていうのは女の子だよね…?」

「まぁ…そうだけど…」

「——まあ!とうとう隼人にも好きな人が出来ちゃったわけ?お母さんうきうきっ」


 目を輝かせて追究する姿は、まるで友人との恋愛話に花を咲かせる女子高校生のようだった。

 このような光景、はたから見れば仲の良い家族と評価され、決して悪く無いものであるはずだが、しかし、隼人にとってそれは、千隼には触れて欲しい話題ではなかった。

 彼女の追究から逃れる為、彼は美咲の手を取ってリビングから出て行く。


「お、俺たちこれから一緒にオンラインゲームする約束してるんだっ!だから母さんは一階でゆっくりしててくれ!」

「そんな約束してたっけ?まぁ…一緒にしてくれるのは嬉しいから良いけど…」

「そういうわけで、ご飯の時間になったら降りて来るからっ」

「えー、隼人のいけずぅ…。それにしても女裸淫芸武おんらいんげーむって何かしら…?年頃なのは分かるけど、あんまりえっち過ぎることしちゃダメよ〜」


 階段を駆け上がる二人の背に向けて忠告するが、誰一人としてその意味を理解する者は居なかった。


(母さんはいったい何を言ってるんだ…)


 相手にするだけ無駄だとため息をつく隼人と、『へっ⁉︎別にそんなことしないよ⁉︎』とあからさまに動揺を見せる美咲。

 そして二人は互いの自室に入り、PCを起動させる。

 なんとか誤魔化すことが出来て隼人は、ほっと胸を撫で下ろした。


(いつまでも誤魔化せるわけないんだけどな…)


 画面が明るくなり、彼は『マジdeクラフト』と書かれたアプリアイコンをクリックする。

 どうやら美咲は既にワールドに入っていたらしく、フレンド一覧から協力プレイを申し込む。

 ドットで描かれた地上に立つ女キャラが、目の前で手を振っている。その頭上には、☆MisaKING☆と表示されているが、これが美咲のユーザーネームである。

 画面左上に表示されている彼女の名前の横にマイクのマークが表示され、少しばかり劣化した声がイヤホンから聞こえてくる。


『お兄ちゃんと一緒にゲームするなんて久々だね。私はちょいちょい一人でやってたけど、お兄ちゃん全然ログインしてなかったんじゃない?』

「そうだな。もしかしたら下手くそになってるかも」

『マグマダイブして全ロスとかやめてよねー』

「流石に俺だってそこまで初心者じゃないよ…」

『ユーザーネームを【あああああ】にしてる人の言葉は信用出来ないなぁ〜』

「うるさいな…」


 『マジdeクラフト』は横スクロールのゲームであり、探検や採取、採掘などを主に行う物である。

 その後は入手したアイテムから武器を作ってモンスターの討伐に向かったり、街で販売して金貨を稼いだりとユーザーそれぞれの楽しみ方がある。

 動画配信サイトでも、まったりとスローライフを送っている者や、装備を強化して強敵を次々と倒す冒険者ライフを送っている者たちが多く存在している。どちらかというと美咲のプレイスタイルは後者であり、モンスターの討伐による報酬でかなり金貨を稼いでいるようだ。

 その為か、ほとんど初期装備の隼人とは違い、彼女は全身をレア装備で覆っている。


『お兄ちゃんの装備相変わらずザコザコだね…。何か素材アイテム持ってないの?チェスト見せてよ』

「そういえばかなり貯まってた気がするな…。ほら」

『…うげっ!土掘りばっかりしてるからか鉱石めっちゃ持ってんじゃん!これなら、結構良い装備作れるよ!』

「えー、なんか自分が強くなると、だんだんスローライフから遠ざかる気がするんだよなぁ…」

『はぁ?』


 美咲とは対照的に、隼人は採取や採掘に専念し、そこから得た金貨を元に家を建てて平和に過ごすというスローライフ派である。

 『あくまでも人間らしく』をスローガンとして掲げており、あまり卓越した強さを手に入れないという、ある意味縛りプレイのようなものをしている。そのようなこともあり、レベルアップ時に割り振り可能になるステータスも、ほとんどが手付かずの状態で残されている。

 ただ、そのような甘い気持ちでこの世界では生き残ることは出来ないと考えている美咲は、怒りから彼の装備を全て破壊した。

 素早く繊細な槍捌きを見せつけられ、隼人は土下座のエモートを連発する。


『あのね、お兄ちゃん。この世界はそんなに甘くないんだよ。ザコモンスターは何処にでもスポーンするから絶対に戦う機会はあるし、集団で襲われたら、その装備とステータスじゃ絶対負けるよ?このゲームは人生なの!だから、一回死んだら終わっちゃうんだよ⁉︎私はお兄ちゃんにそんな目に遭ってほしくないの!だから装備を作って‼︎』

「わ、分かったから落ち着けって…」


 言い忘れていたが、美咲はこのゲームでただの冒険者ライフを送っているだけではなく、一度ダウンしたら最初からやり直すという人生縛りをしているのである。

 その為、現在隼人の目の前に立つ☆MisaKING☆は、十一人目となっている。しかし、知識や経験は美咲自身に積み重ねられてゆく為、ある意味強くてニューゲームであることには変わりない。


「とりあえず先に、ここの洞窟だけ探検して良いか?」

『むぅ…。それなら私も一緒に行くけど、気を付けてよね』

「任せろって。これでも俺は『採掘王』の称号を解放してるんだからな」

『土掘りガチ勢じゃん…』


 隼人の操作するキャラクター、あああああは得意げに自慢のピッケルを振り回す。それは耐久力だけでなく作業効率までも最高レベルまで上げられた物であり、彼が自作した自慢の品でもある。

 彼が解放したという『採掘王』の称号は、洞窟内でノーダメージで二百万以上のブロックを破壊するという条件があり、一部のトッププレイヤーのみが所有しているものだ。

 そもそもそこまで採掘のみに集中する者が居ない為、美咲の感想は『ガチ勢じゃん…』となってしまうのである。


「この俺が洞窟内で怪我することなんてまず無いねぇ…っ!…………あ」


 調子に乗って自身の周囲のブロックを破壊し過ぎたせいで、彼は頭上から流れて来たマグマに焼き尽くされてダウンしてしまった。

 取り残された美咲は、彼のドロップしたアイテムを拾い集め、無言で神殿へと向かった。


『……それで、初心者じゃない採掘王さんはどうしてダウンしちゃったのかなぁ?』

「それは俺の注意不足で…」

『それだけじゃないでしょう?』

「……装備とステータスが弱かったからです」

『分かればよろしい。次からは気を付けてよね。んじゃ、そろそろ宿題するから』

「あいよ」


 互いに手を振るエモートを使い、ログアウトしようとする。そしてメニュー画面を開いたところで美咲が話しかけてくる。


『……あのさ、お兄ちゃん。文芸部の先輩って、お兄ちゃんの彼女なの?』

「突然だな。別にあの人とはそういう関係じゃないぞ」

『確かに、お兄ちゃんに限ってそれは無いか。…けどさ、お兄ちゃんが恋愛をしない理由って、傷付きたくないから?それとも、傷付けたくないから?私なら……私ならお兄ちゃんのこと絶対に裏切らないし、幸せにするよ?』

「…何を言ってるんだ。俺たちは兄妹きょうだいだろ」

『でもさ、義理じゃん。私とお兄ちゃんに血の繋がりは無いじゃん』

「……っ!やめろ美咲、それ以上は言わせないぞ。お前が何を言おうと俺たちは家族なんだ。こんなこと、絶対に母さんには言うんじゃないぞ」

『…それくらい、言われなくても分かってるし』


 そう言って☆MisaKING☆はワールドから消え、しばらくして隼人もログアウトする。

 美咲はそっとPCを閉じ、机に突っ伏した。


「……お兄ちゃんのばか…。そんなの全部分かってるし…。分かってるけど…理解出来ないんだよ…っ」

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