第6話

アデルは、舞踏会の華やかな喧騒の中で、青年のことを考えていた。彼の名前はギュスターヴ、詩人として名を馳せ始めたその若者は、周囲の人々からも一目置かれる存在であった。彼の言葉には、まるで魔法のような力が宿っていて、彼が詠む詩は聴く者の心を掴み、時には涙を誘った。


ある夜、彼の詩集が贈られてきた。その表紙には、洗練された文字で彼の名前が記されており、アデルは胸の高鳴りを抑えきれなかった。彼女はそっとその本を手に取り、静かな隅に移動した。ページをめくるたびに、彼の言葉が彼女の心に響く。美しさと哀しみ、希望と絶望が織り交ざり、彼女の心に深い感動を与えた。


しかし、読み進めるうちに、アデルの心に別の感情が芽生えた。彼の詩の中に描かれる女性像は、彼女自身が求める理想とは異なり、時に冷たく、時に神秘的で、彼の心の中にいるのは自分ではないと感じさせるものだった。彼の言葉の中には、他者への賛美と称賛が溢れており、その対象となる女性たちは、彼女の知らない誰かであり、また彼が描く美しい幻想のようでもあった。


アデルは、その女性たちに嫉妬を覚えた。彼女の心の中に渦巻く感情は、単なる恋の高揚感だけではなく、自分が彼の詩の中で無視されることへの苦痛でもあった。彼女は自らの存在が、彼の詩においてどれほどの影響を持っているのか、真剣に考えるようになった。


「どうして私ではないのか。」その問いが、彼女の心に重くのしかかる。ギュスターヴが描く女性は、どれほど美しく、自由で、詩的であるのか。それは彼女の持つ理想像であり、同時に彼女の自信を蝕む存在でもあった。彼女は、彼の詩の中に描かれる夢のような女性たちと、果たして自分が同じ舞台に立つことができるのかを悩んだ。


一行一行、彼の言葉が心に響くたび、アデルは自らの存在に疑問を持つ。彼女はただの一人の女性であり、華やかな舞踏会の一部に過ぎないのだろうか。彼の心の中で自分がどう位置付けられているのか、彼女はその真実を知りたくなった。


詩集を閉じ、アデルは静かに深呼吸をした。彼女の心の中には、嫉妬と同時に、彼に対する強い愛情が渦巻いている。その二つの感情は、彼女を翻弄し、彼女の心を複雑にする。しかし、どこかで彼女は感じていた。彼女はただ嫉妬するだけではなく、彼の心に自らの存在を刻むために、何かを成し遂げなければならないのだと。


彼女はギュスターヴの詩の中に映る理想的な女性像に抗い、自らがその光を放つ存在であることを証明したいと願った。彼の心を射止めるために、彼女自身の美しさや魅力を引き出し、彼が描く詩の中で自らの名を刻む、その未来を夢見るのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る